第十四話 日記〜途中〜
十二月二十八日
小夜が正樹を抱きながら、昔懐かし歌を歌っていた。
小夜が若い頃、私がよく歌ってやったものだ。
それを覚えていたようだ。
一月一日 元旦
正樹の夜鳴きのせいか、小夜の顔に疲れが見える。
それでも義母の手伝いをする小夜を見ていると
確実に母になってきている事に気付く。
私もしっかり父にならないと。
ページをめくる手が遅くなってきた。ケイジロウの気持ちがひしひしと伝わってきて私の心に響いてきた。そして自然と涙が頬を伝った。
少年も下唇を噛んだ。
そしてとうとう、謎解きに決定的な事実が書かれていたページを見つけた。それは普段の日記以上にケイジロウが書いたものだった。
三月三日
不思議な夢を見た。
私と小夜、そして隆弘がいつもの海にいた。
隆弘が私と小夜を待っていたようだ。
そして隆弘は生前と変わらぬ笑顔で小夜にこう言った。
”今世は幸せになっておくれ。来世でまた会おう。”
すると小夜はもう既に隆弘と話していたかのように言った。
”隆弘さん。私はもう母になりました。
今世はケイジロウさんと夫婦になれ、幸せにやっています。
どうか心配しないで。
約束どおり、来世でまた会いましょう。”
そして私の方を見て
”さぁ、正樹が待ってる。戻りましょうケイジロウさん。”と言った。
隆弘は万遍の笑顔を私に向け
”ケイジロウ、小夜を任せたよ。
また必ず俺は会いにいくから、来世で会おう。”
私は焦るように隆弘に訴えた。
「隆弘!待ってくれ。小夜はやはりお前じゃなきゃ駄目なんだ。
戻ってきてくれ。頼む。」
すると消えそうな体のままゆっくりとまた笑顔になり言った。
”小夜はもうお前を、お前の家族を愛してるよ。
俺は小夜を幸せにしたかった。だけどもうできない。
永い間、小夜は苦しんだみたいだが子が産まれてから小夜は母になった。
そして小夜の方から私に別れを告げてきたよ。”
隆弘の言葉に困惑した。
そして隆弘は最後に残すように言った。
”小夜は今幸せだとさ。”
そしてすっと目の前から消えた。
不思議な気持ちのまま起き、横に寝る小夜に目をやると小夜もこっちを見ていた。驚いた顔で
どうしたのか、と尋ねると
”もう大丈夫よ。ケイジロウさん。
私はあなたの妻で正樹の母です。
隆弘さんもちゃんと分かってくれました。
私はあなたと生きれてとても幸せですよ。”
と言ってきたのだ。
なんとも不思議な夢で、そして隆弘が私に言ったことは本当だったと確信した。
そしてその日の小夜は生まれ変わったようにしっかりと家事をこなし、子に乳をあげ、そして私を「あなた」と呼ぶ。
小夜はれっきとしたうちの嫁になったのだ。
あぁ、隆弘。
お前さんがどれほど小夜を愛していたか知っている。
そして小夜がどれほどお前さんを愛していたかも痛いほど分かっている。
しかしお前さんはもういない。
俺は心の底からお前さんたち二人の幸せを願っていた。
しかし運命は何とも厳しいものか。
私はお前さんに同情し小夜は一生私の事を見てはくれないだろうとさえ、思っていた。
しかし今日、私は決めたよ。
小夜と正樹は私の家族だ。
隆弘、私は小夜を心から愛しているよ。
そしてこれからも愛し続けるだろう。
お前さんの無念を尊び、そして私からも今世の別れを告げさせてくれ。
隆弘、来世できっとまた会おう。
そして私をまた親友と呼んでおくれ。
私と少年の間の空気は動きを止めた。
そとは大分日も落ちてきたようだ。日記はこの日以降は家計簿のようになっていて毎日の食費や生活費が殴り書きされていた。