第十三話 日記〜知ると言う事〜
”十月三日
小夜がとうとう自殺を図った。
もう私にしてあげることはないのだろうか。”
目を疑うようだった。少年も隣で同じ文章を読んだのだろう、私の方をちらりと見た。そして私はページを捲ると、次々と謎が解け始めた。
”十月十日
小夜の意識が戻った。
その途端病室で小夜から結婚を申し込まれた。
三途の川で隆弘と会ってきたのだろうか。私は申し出を受け入れた。”
”十月十四日
小夜の様子がおかしい。”
そして日記はそこから数ページ誰かに意図的に破られているようで時が飛んでいた。
”大正十五年 一月一日
小夜と夫婦になる。
小夜は前より美しくなった。一生私が守ると誓った。”
そしてそれからは夫婦生活や日常の様子が書かれていたが特に詳しく隆弘については触れていない。そして何ページか捲ったとき、小夜に変化が現れた。
”五月十日
小夜が子供を身籠った。まるで隆弘の生まれ変わりのようだ。
だって今日は隆弘の誕生日なのだから。”
私はページを捲る手を早めた。だってこの話のままじゃ隆弘の生まれ変わりは少年のお父さんじゃない。
”六月十六日
小夜が不思議なことを口走る。
私が子供が男なら”隆弘”にしようかと尋ねると、小夜は”この子は隆弘さんじゃないわ。’と言った。
そして私が”生まれかもしれない”と言うと、小夜は真剣な顔で答えた。
”この子じゃないの。隆弘さんの生まれ変わりは。”
なんとも意味深い言葉を吐いた。”
”七月七日
時過ぎるの早し。
もうすぐで隆弘の電報以来二年が経つ。小夜の腹は日に日に大きくなっていく。
腹に向かって”正樹”と呼んでいる姿を何度か見た。
”正樹”とはどこから来た名前なのだろう。”
「親父の名前だ。」
「え?」
「正樹は親父の名前だよ。」
捲るページを止めて少年は言った。
”十月十四日
小夜が長男の名前を”正樹”にして欲しいと頼んできた。
どうしてこの名前かと聞くと、答えない。
私は長男を”正樹”と命名した。”
”十二月十八日
小夜が早くも産気づいた。
一月程も早い。今夜は病院に泊まるらしい。
男はこんな時何もしてやれない。なんとも情けない。”
”十二月二十二日
小夜、長男”正樹”を出産。
小夜の顔が母となった。
私は小夜という女と子供を持てたことを神に感謝する。
そして今は亡き親友、隆弘。小夜を絶対泣かせたりはしない。
私は隆弘の墓の前で誓った。”
ずきん。
私の胸が痛む。ケイジロウはこんなにも小夜を大切にしているのに、まだ小夜の中には確実に隆弘が残っていて、それをケイジロウも分かっている。そんなケイジロウの気持ちが日記からひしひしと伝わってきて苦しい。
少年をちらりと見ると、少年も同じように感じているのだろう。もちろん少年にとっては実のおじいちゃんとおばあちゃんだ。現実を知ったようで辛い気持ちは私以上だろう。
この日記を読む事をやめた方がいいのだろうか、と手を止めたが少年が私の気持ちを察したように次のページを捲った。
そして私達の間には不思議な空気が漂い始めた。