第十話 運命
なんだか体が熱い。フライパンの上にいるみたい。私の部屋のベットの上のはずなのに、なんだか硬いところに寝転んでいるような感じがする。
どんどん意識が戻ってくると、今度は波の音が聞こえてきた。それと同時に目の前が眩しくて目をゆっくりと開けてみると、砂浜は一面に広がっていた。
また夢の中だ。
私は今回はブルーのワンピースを来て砂浜にビニールシートをひいてその上にうつぶせになって寝てしまっていたみたい。私の上には誰かが組み立ててくれたパラソルとその側にはバスケットと水筒が置いてある。
私はゆっくりと体を起こし海に目を向けた。
目の前に広がる青い海。私の地元にも海はある。でもこんなに青々としていないし、砂浜もこんなに白くない。そしてぼーっと海の水平線を見ながら少年の言っていたことを思い出した。
”サヨは少年のおばあちゃんで、タカヒロさんと少年のおじいさんは親友。
サヨとタカヒロさんは愛し合っていたのに、タカヒロさんは戦死しちゃって・・・
それでサヨと少年のおじいさんは結婚?”
また混乱だ。
ぐるぐると頭で考えていると、海辺をあるく二人の男性が見えてきた。
きっと一人はタカヒロさんだと思う。あともう一人は青いシャツにベージュのズボンを履いて、いかにも清潔そうなタカヒロに比べて、やけに野生な感じだ。短パンに白いタンクトップ、足元はビーチサンダルを履いている。二人は笑い合いながら私のところに近づいてきた。
「サヨ!起きたんだね。」
タカヒロがいつもの笑顔で私に微笑む。
「サヨ、お前さん寝ちゃったんだぞ!ははは」
タカヒロの隣りにいる男は歯並びの良い真っ白な歯を見せて笑った。とても愛想の良い人だ。
”私、なんだかこの男の人知ってる。”
そんな気がして彼をじっとみると横からタカヒロは笑いながら私をからかった。
「サヨ、ケイジロウに惚れたのかい?」
ケイジロウ?聞いたことのない名前だ。タカヒロと一緒にケイジロウも冗談を言いながら笑い出した。
「おいおい、俺を振ったのはサヨだろう!ははは」
二人はじゃれ合いながら私を挟むように座った。
「ところでタカヒロ、船はサヨに見せたのかい?」
「明日見せようと思ってるんだよ。ね、サヨ。」
船?きっと明治丸の事だ。この間見た夢ではタカヒロに連れられて明治丸に乗っていたはず。ということは、この夢は船を見る前の日の記憶なのかもしれない。私はぽかんとしてしまい、タカヒロはそんな私を笑顔で見つめながら私の頭にぽんと手を置いた。
「おいおい忘れないでくれよ。明日一緒に船を見に行こうと言っただろう。」
「う、うん!忘れてないわ。」
タカヒロに合わせて返事をすると、まるで愛しいものをみるような瞳で私を見つめた。
なんて素敵な人なんだろう。彼は心の底から私を愛していることがわかった。
そんな私たちの空気を察してか、ケイジロウが
「俺は飲み物でも買ってくるかな。」と言って立ち上がった。
ケイジロウは気の利く優しい人みたいだ。そして二人きりになると、さっきとは違う空気は漂った。タカヒロはそっと私の手を握ると、突然真面目な面持ちになり、もう一度私を見つめて言った。
「サヨ、実はね。今日、政府から海兵としての出国令が来たんだ。」
「え?」
「サヨも知っているだろう?これから沖縄が大変な事になる。
俺も行かなくてはならないんだ。」
戦争だ。
私の頭の中に”戦死”の文字がよぎった。
「ダメ!行かないで。タカヒロさん!」
タカヒロの腕を掴み訴えた。
すると悲しそうな目で私を見つめ
「サヨ、国のためなんだ。馬鹿なことは言ってはいけないよ。」
「でも・・・」
その戦争で死んでしまうのよ。なんて口が裂けても言えない。
タカヒロはまた笑顔に戻るとそっと私の唇に唇を重ねた。優しくて、なんて愛しいキスだろう。私達は本当に愛し合ってる。心からそう思えた。
少し経ってからケイジロウが両手にビンジュースを持って戻ってきた。私は涙でにじんだ目をさっとふき取り、タカヒロはまた私の頭をぽんと撫で立ち上がった。
タカヒロはケイジロウの側に走り寄り、片方のビンを持って何かケイジロウに話した。
遠くから何を話しているかは分からなかったが、ケイジロウの驚いた顔を見るときっと戦争に行くことを話したのだろう。タカヒロは笑いながらケイジロウの胸をぽんと叩き、戻ってきた。ケイジロウは少し遅れを取り、タカヒロの背中を真剣な眼差しで見ながら戻ってきた。
私達三人はたわいのない話をしながら海辺での時間を過ごした。タカヒロには一人姉妹が居ること、タカヒロとケイジロウとサヨは小学校の時から幼馴染みであること、そしてタカヒロとケイジロウは私の二つ上で、小さな頃から私はタカヒロの背中をくっついてあるいていたことが分かった。タカヒロが笑うと私も笑い、私が笑うとケイジロウが笑う、という感じだった。
そしてサヨとタカヒロが恋人同士となったのはサヨが女学生で、タカヒロが海軍教育学校を卒業した時だという。今は両家の親も公認で私はかつてお見合いを申し込まれたが、サヨの両親がタカヒロに惚れこみ今に至るという訳だった。
「そろそろ、行こうか。肌寒くなってきた。」
タカヒロがそう言うと私もケイジロウも一瞬寂しい表情をした。
そしてタカヒロが私に背を向けながらパラソルを片付けようとしたとき、ケイジロウが小声で私に言った。
「絶対泣くなよ。笑顔で見送れよ。」
私はケイジロウを見ると、私以上に悲しそうな目をしていた。
”ケイジロウは知っているんだ。
この戦争が簡単に帰ってこれるようなものじゃないって事。”
私は真剣な目でケイジロウを見つめ、こくりと頭を下げた。
私は知っている。明日、船の上でタカヒロが私にプロポーズしてくる事。この戦争でタカヒロは帰らぬ人になってしまう事。そして私はこの目の前にいるケイジロウと結婚をする事。
しかしこの運命は変えられない。もし変えたのならば、サヨは私として生まれ変われなくなるのかもしれないし、きっと少年タカヒロもこの世に生まれなくなると感じてしまった。
タカヒロとケイジロウが片付ける姿をずっと見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「タカヒロさん。」
「ん?どうしたのサヨ?」
タカヒロは顔を私の方に向けた。同時にケイジロウも私を見た。
私はこの上ない笑顔を作り、言った。
「明日、絶対船見せてよ。」
私の笑顔につられるように二人は笑顔になり
「ああ。絶対。電話するよ。」
「おお!タカヒロ、サヨを驚かせてやれよ。すげぇ船だからな!ははは」
夕日が私達三人を照らす中、笑い声だけが海に響いた。海風を肌で感じ、私は自然と目を閉じた。まるで意識が現実に戻ることが分かったようにそっと閉じた。
どんどん二人の声が遠くなって行く。私はゆっくりと目を開けると、サヨとタカヒロ、そしてケイジロウの三人の後ろ姿が見えた。そしてどんどんどんどん暗い闇の中に吸い込まれていく感覚を感じた。
そして再び目を開けると、私は自分のベットの上に横たわっていた。