第一話 始まり
いつも見る夢があって、そこには一面石段が積み重なった壁が遠くのほうまでずっと続いているその長い長い道を進んでいくと、真っ青に染まった綺麗な海沿いに出てくる。
私は決まって膝まである真っ白なワンピースに真っ白なつばの大きい帽子をかぶり、よくある映画の一場面のような、少しヒールの高い白いミュールを履いて歩きにくいこの道を歩いてる。そして絶対同じ人が待ってるの。
背が高くて、私と同じ真っ白なシャツを着て、ベージュのズボンの裾をまくっていて、歩いてくる私に手を振りながら片方の手でまぶしそうに目を覆っているの。私の名前を呼んでいるような、でも違う人の名前のような、ちゃんと聞き取れないけど、私は彼が見えるといつも嬉しい気持ちになってあともう少しで彼の顔が見える、ってところでいつも呼ばれるの。
「ま・・・い。まい。まい!」
そうこれは夢。
もう何度見たか分からないけど、時々同じ夢を見て同じところで終わってしまう。そして目を開くといつもと同じ天井が見えて台所のほうからお母さんの怒鳴り声が耳に響く。
「起きたよぉ。」
かすれた声を台所に届く程度に出して遠まわしに、もう起きたから呼ばなくていいと遠まわしに伝える。
「もう何度目かなぁ、私の運命の人。今日も顔見えなかった。」
私はもう幾度となく同じ夢を見ているため、この夢の男性のことを”運命の人”と呼ぶようになっていた。顔も素性も何も分からないけど、3度目くらいから彼はきっと私の運命の人なんだと思わずにはいられなくなったのだ。そしていつか私はこの”運命の人”と偶然に出会い、ゆくゆくは結婚するのだろうと半分冗談で半分本気で考えるようになっていた。
”運命の人”なんて大それたことを言ってはいるが、現在高校2年の私にはちゃんとお付き合いしている”けんじ”という彼氏がいる。でも夢の中の人なんだから浮気じゃないし、なんて思いながら枕元にある携帯の受信メールを見つけた。
”おはよう、まい。今日は朝練だから先いってる!”
けんじはサッカー部に所属していて、朝練のないときはほぼ毎日一緒に登校しているのだ。かれこれ付き合って8ヶ月目になり、初めは私の片思いから始まり猛アタックの末けんじから告白され今に至っていた。大きい喧嘩もなく、毎日メールと電話、同じ高校、同じクラス、と家にいる以外はほぼ一緒に生活している、誰もが知ってる”恋人”だ。
とりあえずメールの返信は後にして、寝ぼけた顔を洗って台所で待つ母の元へ向かい、母特性の味噌汁と卵焼きを口にほおばり食事と同時に化粧をし始め、そして母にまた怒られるという日課をクリアし、アイロンのかかっていない制服を身にまとい家を出た。
”おはよう、けんじ。朝練頑張ってね!クラスでね!”
送信、と。
待ち受けにはけんじと半年記念で撮った写真が貼り付けてあり、当時買ったおそろいのパワーストーンの付いたストラップが太陽の光に反射して光っていた。パワーストーンとかに興味はなかったのだけれど、このとき半年記念と言う事で、けんじと都会に繰り出し小さな公園の脇にあったアクセサリー屋さんに吸い込まれるように入っていった。その時、どうしても気になり購入してしまったのだ。
私は紫色のアメジストで、けんじは真っ黒のヘマタイト。
けんじもなぜだか気に入ってしまい二人で盛り上がり、お互いに気に入ったものをプレゼントとして買いあった。
このストラップはとてもシンプルで、直径5cmくらいあるパワーストーンを毛糸か紐か何かで包み込むように縫ってあるだけど、(漁師が魚を捕まえるために使う網のような感じ)お世辞にも今時の高校生が携帯につけるような感じではなかった。
しかし不思議なことに、このストラップを付け始めてから私は小さい頃から何度となく見ていたあの”運命の人”の夢の回数が日に日に増えていったのだ。
それと同時にけんじもまた、不思議な夢を見るようになっていた。
ストラップをつけて3日後、授業の休み時間中に突然けんじから聞かれた。
「まい、ハワイって行った事ある?」
「え?ないけど、あるの?」
突然不可解な質問に驚きながらも、けんじのふざけていない雰囲気を感じ質問してみた。
「いや、ないんだけどさ。よく絵葉書とかにあるハワイの写真あるじゃん?
海と山が見えて・・・ほら、なんだっけ有名な山!」
「ダイヤモンドヘッドってやつ?」
「そうそう!それ!俺その山を下から見上げてて、腰みのみたいのして額にもなんか巻いてん の!」
「ちょ、ちょっと待って話が見えないんだけど。」
少し興奮気味のけんじが私の机に身を乗り出して
「夢の話なんだけどさ。俺そこ知ってるんだよ!」
と声を大きくして言った。
普段あまり冗談を言わないけんじなので、こんなに夢の話を一生懸命に説明する姿は少し可愛く見えたので話を聞いて見ると、けんじの夢の内容はこうだった。
白い砂浜と青い海が一面に広がり、かつて見たハワイの絵葉書と全く一緒だったらしい。そして腰みのと額に何か紐のようなものを巻いたけんじによく似た男の人が両足を海につかりダイアモンドヘッドを足元から見上げ何か叫んでいたらしい。
でも言葉は日本語でも英語でもなく、聞いたことのない言葉を叫んでいて、カメラが動くように視界が徐々に山の頂上に向けられると、そこには薄い茶色の布をまとった黒髪の若い女の人がたたずんでいたという。彼女の頭にも同じ紐のようなものが巻きつけてあり木の実を連ねて作られたような大きな首飾りをしていて、黙ってけんじを、いや、けんじに似た男の人を見下ろしていたらしい。けんじ曰く、二人はものすごく愛し合っていて彼女の元に行きたいのだけれども行けない、まるでロミオとジュリエットのような二人なんだと興奮したように説明した。
「で、その子は可愛いの?浮気者。」
冗談交じりで聞いて見ると
「それが黒い長い髪までは見えるんだけど逆光で顔が見えないんだよ。」
と残念そうに言った。
「でもさ、なんで突然夢の話をそんなに興奮して言ってきたの?めずらしいじゃん。」
するとまた大きく目を開いて私の顔を見つめて言った
「それがさ、これで3日連続なんだよ!」
そのとき、私は私のいつも見る夢のことを思い出したが真剣に夢の話をするけんじには黙っておこうと何故だかその時は話さなかった。
確かにストラップを買ってから私も”運命の人”に会う回数は日に日に多くなっていったように感じるし、同時にけんじがサッカー以外でこんなにも夢中で私に話すことは珍しいことだった。
そんなことを思い出しながら登校の道を一人歩いていると、ついいつもの癖で携帯のストラップを持ってグルっと携帯を振り回してみた。
すると手の中からストラップが滑り落ち勢いよく前へと飛んで行ってしまった。そして勢いの付いた携帯は宙を舞い前方に歩く中学生(私より小さくて、ランドセルをしょってないので)の頭にぶつかってしまったのだ。
「いてっ」
軽く5mを飛んだであろう携帯を頭に直撃した中学生はグルリと後ろを振り返り叫んだ。
「いてぇよ!ばばあ!」
えっ・・・
今なんて?
一瞬この目の前にいるまだランドセルから卒業したての男の子から「ばばあ」呼ばわりされ、状況を飲めないでいたが、すぐに携帯を飛ばしてしまって悪かったと思う気持ちよりも先に怒りが込みあげてきて私が発した一言目は
「歩道の右側歩けばいいでしょ!」
だった。
自分でも自分の発言に驚いてしまったが、今もにらみ続ける中学生を前に「ごめん」と言う言葉が出てこず、私も強気になってしまった。
そんな私を睨み捨てながら中学生はまたスタスタと歩き始めた。
私は中学生の頭に直撃した携帯が無残にも道路の脇にまで飛ばされたので、急いで携帯を手にして振り返ってみると、もう既に中学生の姿は見えなくなっていた。
携帯を握り締めながら罪悪感が湧き出てきた。
自分が携帯を振り回して飛ばして、人の頭にぶつけたのにも関わらず「ごめん」も言えないなんて情けない。ましてや自分より若い中学生相手にむきになって大人気なかった。
”今度また道で会ったら謝ろう”
そう思いながら、とぼとぼと学校へ向かった。そのとき私は携帯の待ち受け画面にひびが入ってしまった事に気づかなかった。
携帯の画面のひびが入り、年下に対しての態度の悪かった自分への罪悪感で元気をなくしていたせいか、けんじが気にして私の席にやってきた。
「何かあった?元気なくない?」
優しい目で見つめるけんじに今日の朝の出来事とひび割れた携帯の待ちうけを見せた。
「そっか、じゃあ今度その子に会ったら『ごめん』って言わなきゃな。
待ち受けは仕方ないよ。待ちうけの写真が壊れても俺は壊れないし。ははは。」
そう言うとぽんぽんと私の頭を撫ぜて笑った。
「そだね。ストラップを振り回してたりしたから悪い・・・」
「そういえばさ!俺あの続き見たんだよ!夢の!」
私の話を断ち切るように、けんじはまた机に身を乗り出して言った。どうやら昨夜あの不思議な夢の続きを見たというのだ。気分もけんじのおかげで元気なってきたし、今度はけんじの話を聞こうとまじめな顔をしてみせた。するとけんじは止め処なく夢の続きを説明し始めた。
「場面は同じなんだけどさ、やっぱり俺は下から彼女を見上げてるんだ。
今まではそこで終わりなんだけど、今回は彼女が付けてた首飾りを外して海に投げたんだ よ。んで、海に落ちたその首飾りを俺は必死で探して見つけるんだけど、その首飾りにはな んか言葉が書いてあるんだよ。
でもやっぱり俺は意味が分からないんだけど、その首飾りを握りしめながらまた叫ぶんだ。
そしたら彼女が笑ってさ。
でもやっぱり顔は見えないんだよな。でも笑ってたって感じはしたんだ。」
夢はそんなに詳しく覚えてるものじゃないけど、けんじは事細かに夢の内容を説明しながら、まるでその夢の女の子に恋をしているかのように感じた。だってやけに興奮して言うから。
「けんじぃ。心の浮気が一番傷つくんだからね。」
興奮しているけんじの話に水をさすように言った。
「夢だよ!ただの夢!でも面白くてさ」
なんだかよく分からないけど、私は夢の中の黒髪の女の子に嫉妬しているように感じて気分が悪くなったけど、私の”運命の人”の話をけんじにしていない私の方が浮気者かも、なんて思ったりもした。
「じゃぁ今夜こそは彼女の顔が分かるかもね!」
「だな!」
二人は笑って不思議な夢の話をしていたけれど、この私たちの不思議な夢がこれから私たちの運命を大きく変えていくこととなる事を私たちはまだ知らなかった。