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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

小さな部屋

小さな部屋 〜ある少女の場合〜

作者: 瑞多美音

 

「あれ、ここどこ……」

『くすくすくす……』

『クスクス……ねえ、つかまっちゃった?』

『捕まったの?くすくす……』

「だ、誰?」


 聞き慣れない声を不審に思い目を開ける。

 辺りは薄暗く壁に囲まれた狭い部屋にいるようだ。


『くすくす、目が覚めたよ』

『やっと起きたのー』


 足は自由に動いたものの、手は拘束されているのか思うように動かない。

 朦朧とした意識の中警戒しつつ、簡素なベッドからゆっくりと起き上がる。


「なんなの、ここは!」


 自分の声で頭がズキズキと痛む。

 ついさっきまで大学にいたはずで、友達とご飯食べて午後からまた頑張るかぁ、なんて話してたのに……なんで突然こんなところにいるの?


『クスクス……』

『くすくすくす……』


 ようやく暗さに慣れてきた目であたりを見回す。壁に明り取りの小さな窓がある。それも今は役目をはたしていないから、外は日が落ちたあとのようだ。

 狭い部屋には隠れるような場所もない。

 私以外誰もいないのに変な声が途切れることなく聞こえてくる……


 薄暗い中、部屋にある唯一のドアへ向かい、拘束された手でなんとか開けようと試みるが……


「なんでドアノブがないの……」


 ドンドン、ドンドンッ

 半ば体当たりするようにドアを叩く


「誰か!開けてください!ここはどこですか?誰か、助けて……」


 息が切れるまで続けるもののドアはピクリとも言わず一向に開かない。


『くすくす、そんなことしてたらあの人が来ちゃうよ』

『そうだよ来ちゃうよ!』

『あ、来た来た』

『あーあ。来ちゃったよー、クスクス』


 何者かの足音が近づいてきてガチャリと部屋の鍵が開けられドアからナニカが入ってきた。

 まばゆい光で目がくらみ、よく見えない。

 ナニカは複数の手で私を押さえつけた。


「いやぁ、離して!」


 押さえつけられた私は体を捩り抵抗するも、突然腕に刺すような痛みを感じた。

 漠然と暴れたから刺されたのだと思った。

 そのうち思考がまとまらなくなりいつのまにか意識を手放していた。

 バタンと扉が閉まる音と遠くで誰かの笑う声を聞きながら…


『クスクス……だから言ったのに』

『ねー、くす、くすくす……』



 ◇ ◇ ◇



 ゴウンゴウンという音と刺激臭を感じ目が覚めた。いつの間にか天井から小さな部屋を照らすには十分な電気がついていた。


「あれ、私……あっ、刺され…た?」


 血に染まっていてもおかしくないはずの服に血の跡はない。


「あれ、夢……」

『夢だってーくすくす』

『クスクス、夢じゃないよー』

「なんなのよこの声は……いい加減にしてよっ」


 不気味な声に耳を塞ぐ。

 目が覚めてからどれくらい経ったのだろうか……しばらくするとドアの横にある小さな穴から食事が押し込まれた。


「え?ご飯……」


 もしかしたら毒が入っているかもしれないと思いつつ空腹に耐えきれず手を伸ばす。拘束された手で食べるのに苦労した。


「よかった、毒はないみたい」

『くすくす、いーなー美味しそー』

『いーなー、いーなー……くすくす』


 食事をしたことで次第に眠くなりベッドに丸まる。手の拘束が邪魔だけど仕方ない。

 これが夢なら……もしかしたら覚めるかもと希望を抱いて。


 その希望は叶わなかった。

 ただ寝ている間だけはあの声がしないとわかった。


 それからしばらくは同じような日々が続いた。食事のおかげで唯一時間の感覚が狂わずにすんでいた……トイレも部屋の隅で済ませる。

 隙を見て私が外に出ようとすると何故か必ずナニカはやってきて時に血を奪い、毒を盛る。

 これは逃げようとした制裁なんだろうか。血を奪われ毒を盛られても私はまだ、生きている。食事も出る。いつか喰うための準備とか?

 唯一あの声だけは消えない。

 私が何かをする度にくすくす笑う複数の声……

 この声の奴らが私を見張っているんだ。だから逃げられない。消えろ消えろ消えろ消えろっ!


「消えろぉおおお」

『あーあ、またあの人来るよ』

『来ちゃうよ、クスクス』


 もう嫌、こんなところ……



「うう、ん……あぁぁっ!」


 え、ここは……私の部屋?あの薄暗い部屋じゃない。見慣れた自分の部屋だった。


「夢だったの?ほんとに?……よかったぁあ」


 嬉しさからポロポロと涙が溢れる。

 悪夢から解放された私は元の生活に戻ることができた。

 いつも通りに大学へ行き、授業を受け友達と遊んで帰る。

 戸惑ってしまったのはたった一晩の悪夢に振り回されているからだろうか。不安に思いながらまた眠りにつく……目が覚めたとき見慣れた自分の部屋だった。よかった。本当によかった。

 今度こそ安堵し、日常へ戻る。

 今日は朝から授業でそのあと学食で私は洋食Aランチのオムライス、友達はきつねうどん。

「このオムライス、デミグラスソースなんだねー」とか他愛無い話をしながらご飯食べて

「午後からめんどくさいけど頑張るかぁ」なんて話して……

 あれ、おかしいよ。これこの前も同じこと言ってたよ?デジャヴ?

 そんな矢先に……どうしたんだっけ?

 そうそう後ろから知らない男がやって来て……あ、れ?……友達の梨奈がストーカーの男に何度も刺されて私も巻き添えでお腹刺された?

 ……うそ、嘘だ。だって夢から覚めたはずで、ようやく日常に戻ったのに……いや、嫌……

 血に染まった手や倒れたままの梨奈……取り押さえられたストーカー……あたりの景色がどんどんぼやけていく。



「ここは、あの部屋……なの……」


 その後何度眠りについても目が覚めるのは薄暗い部屋。自分を殴ってみる……痛い。諦めきれずお腹を確認する。そこにはくっきりとミミズ腫れのような跡が残っていた。

 すべて夢だった…何度も夢から覚めたと思っていたのにまだ夢の中だった。


「いやぁぁああああああーーー」


 悪夢が現実で、現実すら悪夢……この事実から逃れる術はない……



 ◇ ◇ ◇ 



「あれ、ここどこ……」

『くすくす、また楽しくなるね』

『くすくすくす……くすくす…』


 そして何度も何度も繰り返す……



「先輩、山野さんまた混乱しているみたいですね」

「そうね、先生に一度相談してみましょうか」

「一時は回復が見られただけに残念ですね」

「そうねぇ、友人が目の前で殺害されて山野さんも瀕死の重症……からもう十年だものね」



 手が拘束されていたのは錯乱して自分を傷つけないようにするための措置で、時折血を抜かれていたのは採血、同じく毒だと思っていたものは薬、押さえつけられたのは暴れていた彼女に鎮静剤を投与する為だった……

 彼女は気付けなかった……いや本当は気づいているのかもしれない。

 ただそれを見なかったことに都合のいいように解釈しているのかも……

 だって彼女は自分の小さな世界に閉じこもっているのだから、今までも。そしてこれからも……



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