視界の外れの彼女
消えてくれって思っても消えてくれなくて
触れたいと思っても触れなれなくて
寄せては返す波のように彼女は優しくいつも佇んでいた。
視界の外れ、見せない表情の君は何を思って
何を考えて、何を抱いてそこにいるのか。
いつのまにか抱いていた感情は言葉にできず
伝えられる気がしないで日増しに大きくなっている。
親は二人とも共働き、兄弟もいない僕はいつも寂しかったんだ。だけどいつしか彼女が見えるようになった。両親にその話をしてみても不思議な顔をされてまともに相手をしてもらえなかった。幽霊とかそういうの怖かったから僕は彼女にひどく怯えていた。それでもいつのまにか怖くなくなっていた。朝冷たいご飯を食べているとき、夜の静かになった家がワンワンと鳴いているとき、いつも彼女はそこにいた。静かにゆったりと僕は彼女を理解していった。かたつむりのようにかすかに理解していったんだ。
感情が変わったのはいつだろう。
両親の離婚から変化し始めたんだと思う。
怯えていた小さな僕は何も感じない小さな俺に
成長していった。その間も彼女の時間は進まなかった。チクタクと進む時間に逆らって何も変化せずに
そばにいてくれたんだ。
何も感じなくなった小さな俺も流れる時の波に乗って
次第に大きな俺へと時間を進めていった。その波に乗らず佇む彼女はまだそこにいてくれた。
思春期も越えたせいか、ふと俺は彼女への愛おしさに
気付いた。風流れる春も、汗流れる夏も、流されるような秋も、流れが滞る冬も彼女はずっとそこにいてくれた。
変化し続ける俺と変わらない彼女。
出会ってから10年経った。そんな時間もあれば
流される俺の愛も出来上がるものだ。
そうして俺は、彼女を見たいと思った。
視界の端にいる彼女。
顔の見えないそんな彼女。
届かぬ先の彼女。
愛を吐こうと、想いを募ろうと
変わらず休まず絶え間なく彼女はそこにいる。
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最近、仕事に殺されそうだ。
日課だった日記ももう書くことも出来ず
コンクリートジャングルを走り回る日々。
ヂリヂリ、ヂリヂリと例年以上の暑さが脳を茹でる。
感覚がマヒしてきているのか両足の感覚が無くなって
無重力空間を歩いている気分に落ちる。
信号機が中々青になってくれない。
周りがぐちゃぐちゃとかき混ざる。
そうして俺は、コンクリートジャングルの根元へ
崩れ落ちた。
ふと、懐かし人が見えた気がして、誰だったんだろう
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幼い俺の日記を見つけてくつくつと笑ってしまう。
もう大人になっていると勘違いをしている幼い青年の
ラブレターには、あの頃の彼女が生きていた。
もう目もかすれてきて居るのか居ないのか分からずに
忘れていたあの姿が再び幻影となり見えてくる。
懐かしさに胸がいっぱいで、言葉に出来なかった
思いが溢れてくる。だけれどもそれはもう飲み込む。
視界の外れの彼女の残像は見えない。
読み終わり、丁寧に日記をしまい父に声を掛け
子どもの帰りの準備を急がせる。
まだいればいいのにと母が言うが
妻の実家にも挨拶をしないとなので断っておく。
実家を後にし、次の目的地へ向かう。
息子には私と違って寂しい思いをさせないように
しようとしたが、色々あってかなり寂しい思いを
させてしまっていた。
これでは結局一緒ではないかと反省する。
そうして、もしかしたらと
車を運転しながら、息子に聞いてみる。
「なあ、お前って女の人って見えたりするか?」
我ながら意味のわからないコトだと自嘲してしまう。
「うん、お母さんがいるよ?」