潜入
最初は探るだけで帰ってきなさい、危ないから
そう一階のカフェのマスター、くま男に釘を刺されたのでしぶしぶ下見をするために会社に向かっている。出る時に手慣れたボディチェックを受け、弾丸の一つも持っていけないのは悔しい。代わりに空のボストンバックを持っていけとわざわざ渡された。ヴァレンも用意したが、バックの底に拳銃が隠されていたのを発見されそちらは没収。電池はメリケンの代わりとなるとヴァレンが言っていたのでそれぞれのポッケに単三一本が己の武器だ。そんな自分達が向かう為に取った移動手段はもちろん、自分の運転するレンタカーだ。久しぶりの運転は怖かったが何ともなく目的地に着いた。途中、海沿いを心地よく走れたので武器のない心もとなさは我慢する事にした。
「しかし、海の近くでこんないい物件よく小さい会社が取れましたねィ。今ならともかく、昔からここで場所は変わってないんでしょう?」
「最初は草壁夫妻に頼っていたらしいわよ。起業するのも援助してもらってたのに……なのになんであんな酷い事するのかしらね」
適当に相槌をうちながら車を駐車場に止めておく。目の前についに来た。青桐と書かれた看板が出迎えてくれる。赤茶色のレンガで覆われたビルは、レトロと言った感じでお洒落だ。
建物に入る前に、何かめぼしい物は無いかと辺りを軽く見渡してみる。すると草むらに隠れるように、何か星の形をしたネックレスを見つけた。ハンカチで指紋を付けないようにくるんでポケットに入れておく。あとでちゃんと持ち主に届けなければならない。もし、持ち主を騙る輩が出ては困るのでなるべく拾った事は言わないでおこう。ヴァレンにはバッチリ見られたので拾っていたのは黙っておくようにのジェスチャーをする。呆れたと言わんばかりの顔を隠す気もなくため息を吐かれた。
「あんまり拾い食いしてますと腹壊しますわよ」
自分の扱いは犬猫のそれかと思ったが口にチャックをしておいた。今ここで争う時間はない。
ロビーに入るといたって普通の会社のロビーだ。ヤバい物を隠しているような素振りは微塵も感じない。お姉さんににっこりと笑顔で対応される。
「こんにちは、青桐グループへようこそお越し下さいました。何か御用件がございますでしょうか?」
丁寧に接してくれる顔にも特には怪しいところはない。観察しているとヴァレンが前に出て来た。
「ええ、おありですわ。ここの社長さんにお話がありますの」
「社長ですか?アポイトメントは……」
「とってませんの、急ぎで父からの連絡をお伝えしに来ましたので。ヴァレンティーナ・ネルソンが来たと言えば多分通じますわ」
いけしゃあしゃあと嘘が出る。よそいき用の声色と表情は人畜無害のお嬢様なので大抵は騙せる。受付のお姉さんは電話をかけてくれた。
数分後、一階の一室に通される。顔を見合わせて内心ガッツポーズを決めると、置いてあるソファに腰掛けた。
「社長は一時間ほどでお戻りになります。お時間がよろしければここでお待ち下さい」
一時間もどこに行っているのかは知らないが好機だ。構わないといえばお姉さんはお茶を入れる為に席をはずす。その前に
「しっかし、ここもずいぶん変わっちまいましたねェ。そういやあの倉庫も位置をかえられたんですか。前の位置が気に入らなかったんですかねェ?二階の右奥でしたっけ?」
「?いえ、倉庫の位置は一階の北側のままですが……」
「こらこら屋秀、あなたそれ青桐さんの会社じゃなくて赤桐さんの会社の話じゃないの」
「あれ?そうでしたっけ?」
「もう、お恥ずかしい……ごめんなさいね」
自分の質問に首をかしげながらも教えてくれてありがとう。といった気持をこめてお茶を受け取る。そのまま彼女は退室していった。さて
「一階の北側……丁度トイレに行く道のさきですねェ」
「あら、それならトイレの場所をうっかり通り過ぎないように気をつけなさいな。ここのトイレの表示、きっと分かりづらいと思いますので」
そうなっては大変だ。しかし不可抗力だ。分からないのなら仕方ない。ヴァレンと自分のお茶を飲み干す。
「鍵開けのイロハは教えなくてもよろしいかしら?」
「悪ガキは真夜中のプールで遊ぶべく針金技の習得に必死になってたんですよ」
針金でどうにかなる優しいセキュリティならいいのだが。バックを片手にひらひらと手を振って目的の場所に向かう。途中でトイレによって清掃用具入れにバックを隠しておく。後は人の目がそれるのを待つだけだ。その好機はスグに来た。
白い服を着た男が四人、一人はおどおどと落ち着きがない。真中にいる初老の男性が日它教の教祖様なのだろう。横二人の信者がへコヘコと頭を下げている。全ての視線がそちらに集まるおかげで誰も見ていない。ささっと北側の死角に移動する。第一関門はクリア。そのまま倉庫に向かう。防犯カメラがどこにもない事に少し違和感を感じるが、運が良かったと前向きに受け取る。
倉庫の周りは扉もなく、冷たい両開きの扉がそこに鎮座しているだけだ。窓も何もなく、普通の倉庫にしか見えない。鍵はやはりかかっているが、昔ながらのカギ穴なのでちょっと粘ったら開けられそうな事に安堵する。かちゃかちゃ弄っていると、遠くから声が聞こえた。こちらには近づいて来ていないようだが、慎重に、最低限音を立てずに鍵を弄る。
「全く、あの紋章を無くすなんてどう言う事だ。アレが部外者の手に渡ったらどうするつもりだ!」
「す、すみません、教祖様……」
「ッチ、次は無いと思え。オオシロ様直々の贄にするからな!」
あってはいけない人だ。会話で分かる。小物の臭いがするがこれは俗に言う黒幕だ。声はだんだん近づいてきた。急いで扉を開けて中に入り込む。中は薄暗いが綺麗に整えられており、普通の倉庫より綺麗に見える。窓がないし、換気扇もないのに空気は綺麗な気がする。それ以外はなんてことない普通の倉庫だ。積まれた段ボールの中身を確認してみると、ポスターやチラシなどで怪しい物は見当たらない。
はて?こちらの倉庫ではないのかとドアに耳を当てる。すると男の声で何かをブツブツ呟く声が聞こえた。まずい、すぐそばにいるんだ。慌てて鍵を内側からかける。どうか見つかりませんようにと祈るだけだ。
息を殺して外の様子に聞きいる。男の声はしばらく続いたがいつからかシンと、何も聞こえなくなった。
これはどこかへ向かったのだろうか。不安だが見てみないと何も始まらない、いざとなったらヴァレンのお父様に何とかしてもらおう。鍵を外して、隙間から外を窺う。外の景色が目に入ると、その目を疑った。
向かいの壁に扉が生えている。来る時はなにも無かったはずなのに。
クリアリングをばっちりしてゆっくり近寄る。聞き耳を立ててみるも何も聞こえない。
「……こいつは、どうしましょう」
とにかくメールでヴァレンに教える事にした。返信は直ぐに帰ってきて「覚悟と勝利の算段ができしだい突入。不味いと思ったらワンコール切り」とだけ。一応ヴァレンにすぐつながるようにスマホの画面を設定しておき、扉に手をかける。開けてみれば湿った空気が頬を伝った。中に誰もいなかったのは不幸中の幸いだ。中は向いの倉庫と同じ造りになっているが、奥に地下への階段がある。他にも段ボールの中にはチラシでも何でもない蛇を模った陶器が詰まっていた。あ、もうこれは真黒ですねと音の出ないカメラで撮る。ついでに一個拝借しよう。持ってみればプラスチックのような手触りで、中々にリアルだ。成人男性の腕ぐらいの長さをしていて、渦を巻いている為、腕輪のように腕に通せば持ち運べそうだ。非常に嫌だが仕方ないのでつけておく。重くはないが存在感が強い。ついでに替えのローブも見つけた。雑管理過ぎると思いながらも頂戴する。
「あ、そういやこの首飾り、奴ら持ってたな」
ポケットからハンカチにくるんでいた物を取り出す。星にヘビが複雑に絡まっているデザインで、星にしてはよく見る五芒星と言うやつとは違うようだ。文明の利器に手伝ってもらい、形について調べると七芒星という形らしい。ローブを身につけて、七芒星を首にかければ何処からどう見ても信者に見える。フード付だったのでこれをかぶっておけば変な事をしない限りばれないであろう。適当に言い訳を考え突入。階段は薄暗く下手したらこけそうだ。
最深部まで降り立つと、トンネルに良くつかわれる明かりが辺りを照らす。噎せ返るような鉄と錆の臭いに顔を歪めた。
(これは、ここまでひでェなんて思って無かったな)
部屋の中心に赤黒い液体に浸された蛇のミイラが見える。その大きさはテレビで見るアナコンダよりも大きく、まるで恐竜のようだ。その怪物の水槽とは別に小さな透明の水槽もある。これは何か調べようにも怪しまれそうなので後ほど調べる事を決めた。
干からびて、窪んだ眼を閉じている姿は、病室で横になっている女性を彷彿とさせる。その後ろで数人が忙しなく動いているのが見えた。
腕から陶器を外し、水槽に繋がる機械に今まで採ってきたのだろう血液を入れている。他には何か資料を運んでいる者、地面に何かを描いている者がいた。どちらも眠そうに頭をゆらゆらさせている。
そのうちの資料を運んでいる者に近づく。ここでおどおどとしていれば逆に怪しまれるのだ。悪い事をする時は堂々としておく事が大切とは悪い先輩から引き継いだ教えである。
「資料代わりに運びますよ」
「あ……?なんだアンタ」
「新人……というか命令で手伝いに来た者です。手伝いは向こうの連中から聞けって言われたんですけど」
運んでいた男はなんだ、と言って資料を渡してくる。最近は忙しくて眠れてなかったから助かったなんて言うと奥の部屋に入って行った。その後に自分も続く。
「おいおい、資料室は向こうだぜ?」
「いやぁ、今にも倒れそうなんで心配になっちゃって……」
「ハハッ、悪いなぁ。多少寝たら楽になるよ。早くオオシロ様を目覚めさせないといけねえし。ふあぁ」
向こうは仮眠室らしい、後で調べないとな。と教えて貰った資料室に向かった。
扉は木製で開けば正方形の小さな部屋に一脚の椅子と机、小ぶりな本棚が二つある。一つは何やら怪しい本、もう一つはファイルがぎっしり詰まっている。扉は鍵がつけられるタイプだったのでこれ幸いと鍵をかけた。読書タイムは邪魔されたくない。十分したらどんなに収穫が無くとも撤退しよう。
しばらく漁れば『オオシロ様』と書かれたファイルに研究資料を見つけた。本の方は『白様の怒り』と書かれた童話を発見する。これだけあれば上々だろうとローブの下に隠す。扉を開けば、誰も注目していない。地面の模様制作に必死だ。ふと、水槽により死角ができる場所に模様が見える。ついでとばかりに足で消しといた。中々複雑な模様なので又書き直す人はドンマイである。軽く仮眠室と思われる場所を覗き見る。先ほど仕事を代わった男が大きないびきをかいて眠っているだけで、誰もいない。なにか目ぼしい物は無いかと起こさない様に脱ぎ捨てられたローブを漁れば手帳が見つかった。今後の集まりや予定が書かれていたのでシメシメと頂戴する。
後は悠々と倉庫の外に向かった。途中何人かに引きとめられたが「ウ○コしに行ってきます」といったら大人しく引き下がってくれた。「ここのトイレ和式だもんな」って言われたので何か知りたくないものを知った気がする。
外に出ると、丁度教祖様らしき人とはちあった。おどおどしていた信者も一緒だ。動揺を悟られないように軽く挨拶をしてゆっくりトイレに向かう。
「……おい、お前」
神様は中々に思う通りに行かない。呼び止められ背中に冷や汗が伝う。振り向けば険しい顔をした教祖。ばれたかと服の下の手に力がこもる。
「はい、なんでしょう」
声は震えていなかったか?変に引き攣ってはいなかったかと思考が乱れる。ここでばれたらせっかくの情報が水の泡だ。
ガシっと腕を掴まれた。不味い、ばれたかと単三電池を片手に滑らせる。すると
「フム、中々健康だな。寝不足なのが気になるがまあ良いだろう、いい顔、服の上でもええ身体しとるのが分かる」
顔を見られた。が、何を言っているんだこの爺はと言う気持ちがわき出る。頬をなでる手つきが気持ち悪い。腰に手が回ってきそうになってハッと意識を戻した。持ちかえった品物を見られるのはまずい。
「っの!俺、便所、行ってきます!」
振りはらって全力でトイレに向かう。なんだあの爺さん。あれか、アッチの人だったのか。ゾゾっとなでられたヶ所が寒気立つ。隠してたボストンバックを引っ張り出しローブひっくるめて全部入れる。パンパンになったが知らない。ここを早く出なければ、何か知らんが身の危険を感じるのだ。
スマホを確認するとヴァレンからの定期連絡が入っている。だいたい地下にいた時間が40分。うち四件と言う事は向こうも無事だという事だ。何食わぬ顔でヴァレンの元に戻る。何か遠くに白服が見えたが気にしない。一応ノックして部屋に戻るとお代わりのお茶に口をつけていた所だった。青ざめた顔にぎょっとしている前を通りお茶を一気に煽って椅子に座りこむ。呼吸も乱れ、未だにサブいぼが収まらない。腕を必死にさする。
「……恐ろしかった」
「何がありましたの、すごい顔色してますわよ」
心配そうに顔を覗いてくる。背中までも擦ってくれてありがたい。落ち着きを取り戻し、息と共に余分に込めた力を抜く。湯呑みを持つ手が震えて仕方ないが伝えなければ、と口を開いた。
「あの教祖……とんだやべぇ奴でした。あれ、その……男しょ、おうぇぇ」
「やだちょっとやめて下さる!?この服も高い物ですのよ!?」
さっきまでの心配は何処へやら。突き飛ばしてきたせいで床の上に転がる。痛さで悶える事しかできない自分なんて知らない、心配して損したと言わんばかりにツンとそっぽを向かれる。これでも危ない橋を渡って来たのだぞと文句を言おうと起き上がりかけた、それと同時に扉がノックされ開かれる。
「失礼、青桐です。これはこれは、ヴァレンさん。大変お待たせして申し訳な……い……?」
部屋の空気が凍った。