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語り部奇譚  作者: 缶詰
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探索開始②

 カンカンと固い階段を上っていく。目的地まではあとどのぐらいだろうか。膝はもう悲鳴を上げていた。

 昨日、機嫌直しのスイーツバイキングに付き合わされて重くなった胸辺りを押さえて、もうひと踏ん張りする。エレベーターで来ればよかったのだが、あいにく整備中だった。荒くなった呼吸を整え、数メートル先の扉を目指して歩き出す。表札を確認すれば「小林」と書かれていた。

 今日も今日とて聞きこみ調査なのだが、小林さんは大丈夫なのか。ショックで引きこもったのならいくら探偵でも話してくれなさそうだ。額の汗や衣服の乱れを整えて、インターホンを押して待ってみる事にした。

 数分も待てば少しばかりやつれた男性が現れる。小林圭はいるかと聞けば、家に入れてくれた。家の第一印象はとっ散らかったゴミ屋敷だ。無造作にゴミが置かれ、生活に苦労していると言った事がありありと伝わってくる。黒い立派な髭をもった虫もネズミもいそうで怖い。

 ここがアイツの部屋です。と、一つの部屋の前に案内された。男性は部屋の前に置かれた空のお盆を回収すると、リビング(だと思われる)に引っ込んでいく。さて

 コン、コン、コン

 親愛の意味を込めて三回扉を叩いてみる。返事はなかった。

「えー、小林圭さん。ルーマー探偵事務所の者で、古本と言います。今朝がた連絡した通り、ちぃっとばかしお話を聞きたいのですが」

 返事はない。やはりだめか、引きこもりに面会なんて難しい事なんて出来る訳がない。アポはヴァレンが勝ち獲ったりと叫んでいたが本当だったのか。三十分ほど部屋の前で粘ったが一向に出てくれる気配がない。もう帰ろうかとあきらめたその時、ゆっくり扉が開かれた。中は薄暗く、カビ臭い空気が頬をなでた。うすくパソコンが照らす室内に髭つらの不潔な顔が浮かび上がる。

「聞いたぞ。あのヘビ事件、調べてるんだってな」

 かすれた汚いダミ声だ。小林はのそりとけだるそうな動きで部屋の中に戻っていく。扉は開けっぱなしなので遠慮なく入る。ゴミを足でのけて座るスペースを作ってくれたが座りたくない。体育座りしたい。せっかくの服が汚れるのは嫌だがこうなってはしかたないので大人しく正座する。ヴァレンにあとで請求してやろう。

「やめといた方がいい。ありゃ人間にどうにかできるやつじゃねぇ」

 いきなりやめろと言われた。こういう事を言うやつは何かしらいい情報を持っている事がある。もしや当たりを引いたのでは、と内心舌舐めずりをする。そんないかにも情報持ってますなんてアピール、嬉しさしかない。しかも中に入れてくれるあたりもしかしたら一押しさえできれば話してくれそうだ。

「何か知ってるんですかい?」

 疑問形だがこの人が何かを知っているという事は先ほどでもう分かっている。何度か追及してみるがあくまで教える気はないようで、調べるのをやめろの一点張りだ。強情な。

 これはこっちを心配しているが話す事で自分の立場が危うくなる事を危惧している……と、みた。

「今、苦しんでる奴がいるから助けてほしいってより、俺ァこの謎を解いて平和に過ごしたいと思ってるんですよ。もしかしたらアンタもお天道様の下で元気に遊べるようになるかもしれませんねィ」

 ポイッとヴァレンから受け取っていた解決した怪事件の資料を投げる。これは写真付の結構エグイものだが、説得にはこれぐらいしないといけない。だいたい写真が最後まであるのが狼男のような怪物の事件だけなんて。最後に討ち獲ったりと言わんばかりのいい笑顔で狼男の首を掲げているヴァレンの異様さと言ったら、絶対になんとかなると言った説得力はあるが女性としては……。

「……本当にそうしてくれるんだな?」

 読み終えたらしい小林圭は、紙面からゆっくり顔を上げる。心なしか顔色が悪い気もするが気のせいだろう。営業用の笑顔を輝かせた。

「保証しますぜ、知っている事隅々まで教えてくれりゃの話になりますが」

 そっとボイスレコーダーに電源を入れて準備完了だ。小林圭は唾を大きく飲みこむと、ポツリポツリと語り始めた。

「俺の、働いていた会社、しってるか?調べた?」

「一応は。『彩雛(あやひな)』という小さい貿易会社ってのは知ってますが」

「あれさ、今は青桐グループって名前になってんの」

 青桐グル―プ。久しぶりに聞いた名前だ。だが、おかしい。なんせ自分の持っている情報では彩雛グループはもう潰れているはずなのだ。新しく持ち直したとか、そんな話は聞いていない。まして青桐と関係ある事なんて。小林圭はにたりと不気味な笑みを浮かべて続ける。

「なんであんなに大きくなったのかわかるか?ありゃ手を出しちゃいけないモンに手を出した結果だ」

「ほう?どうして断言できるンで?」

「みたのさ、最後に。もう倒産が決まって、荷物運んだり片付けたりしてた時に。よくわかんない変な白服着た男が三人来て、社長となんか話をしてたよ。そしたら何の因果が働いたのか、あっという間に会社を持ち直したんだ。あの頃は楽しかったな」

 懐かしいと噛みしめるように呟く。とても充実していた過去の話なのだろう。これがどうしてこうなってしまったのか。次の言葉を紡ぐため、渇いたのどをコーラで潤している姿は、寂しさを感じる。

「最初の、一か月たった時だ。白服と青桐社長が倉庫に入っていくのが見えた。倉庫はさ、立てなおした時に、ビルも新しくしようってして作ったんだが社長と白服しか立ち入り出来ないんだよ。俺はそん時急ぎの書類持っていたから仕方なく後を追った。まぁ何があんのか気になったってのがあるけどな」

「まぁ悪びれもなく……」

「いいだろ、男はみんな秘密基地に憧れるもんだぜ?……憧れた結果が、酷いもんだったけど」

 ふるりと、肩を震わせる。恐怖を飲みモノと共に飲みこんで誤魔化しているようだが、喉にほとんど入っておらず、口からこぼれている。

「……そこにあったのは、でっかい蛇さ。でっかい蛇が水槽に沈んでた。しかもだ、あの水槽、赤茶色に変色してんだ。鉄臭いってよく言われてているけど本当なんだな、血って、あんなに錆ついた臭いすんだな」

 目の焦点がだんだん外れ息が荒くなってくる。

「蛇の他は?なにかなかったんです?」

 肩を掴んで強制的にこちらに意識を戻らせる。ここでトんで貰っては困る。意識がこちらに戻ってきたのか、呼吸が正常に戻った。

「陶器だ、血を集めて、あのヘビ起こして、あの白服の奴ら会社を救ってやるからって、血を集めさせてたんだよ!おれ、怖くて、怖くて、逃げて逃げて……お、驚いたよ、まさか俺が吸血ヘビに狙われるなんて思ってもいなかったし、悪い夢でも見たんだって、思ったのが本当に、なっていて」

「はいはいOK把握しましたわ。そんで?白服について知ってる事は?」

 背中をさすったり、肩を叩いたりして話を聞きだすが、この精神状態ではもう難しいかもしれない。もう少し聞きたいので精神頑張れとしかいえない。

「あ、あぁ、し、ろ……は、へ、びィ、あ、あ……うぅ」

 ガタガタ身体の震えが強くなり、口から唾液が溢れ伝う。触っていたくないがもう少し聞きだしたい。どうしようこれとこちらもパニックになりかけながら手探りでコーラ以外の飲みモノを探すが見当たらない。コーラでも飲ませるかと手に取ったら両腕をいきなりつかまれた。かなり強い力で掴まれているので痛い。薄暗く、顔も汚いので見ていなかったが、近くで彼を見るとその首には鱗の痣が締め付けているように、ぐるりと一巻き出来ていた。

「し、ろさま……オオシロ、様、祭って、早く、たす、助け……喰われ、る……日它、教」

 そう言い終えると体に小林圭の体重が圧し掛かる。死んだかと焦って息を確認するとかなり浅いが息はあった。ホッと一息をつくとサワサワと何かの這いずる気配を感じた。その正体は視線の下にあった。鱗の痣が、小林圭の身体を這いまわっている。尾がどこにあるのかは分からない、ずるずると音は出ていないはずなのに、耳には這う音が焼き付いてくる。視線を外そうにも、動けない。いや、動けないのではない、動きたくないのだ。

 固く閉じられた瞳がぱちりと開き、目があった。目があったのは薄汚い不潔男の方ではない。

 痣のヘビと目があった。

 それと同刻、とある病室にヴァレンが来ていた。眠る少女は日に日に衰弱している。愛用の美容クリームを塗っていると気がつくだろう。彼女の足先に白い鱗がまとわりついている事に。


「オオシロ様と言うのはこの間の宗教団体の奴らと正式な神社の人が祭っている神様の事ですわ。日它(にちだ)教が喰われた宗教団体、正式な方もずいぶん前に廃れて今は無人の神社みたいですけど。元は日它教だったと聞きますわ」

 あのゴミ屋敷から帰る道、途中ヴァレンと合流したのでそのまま共に帰る事にした。帰る途中に情報を交換すればそれぞれ思う事に対して顔を歪めた。他の被害者とは違い、彩さんのは何かおかしく感じる。これはさすがに

「青桐グループの、倉庫とやらを調べますかい?」

 あえて本拠地に突っ込んでみる。完全に青桐グループは黒だ。敵の弱点は懐なので出さないのなら無理やり行けばいいという事さ。と言った顔をすればヴァレンは何かを考え始める。何かお気に召さないだろうかと決め顔のまま止まって待つ。おもむろに上げられた顔を見て大丈夫と確信した。なぜなら

「貴方、射撃の経験は?というか銃を持った事あります?」

 最高に悪い笑顔だ。これはゲス顔と良い笑顔を合わせたゲス笑顔だ。ノリノリのその顔に拍手しながら過去の経験を思い出す。

「学生時代サバゲを少々」

「獲物は?」

「AK74MN」

「なるほど、オモチャにしては良いモンつかってやがるじゃねぇですの。ロシアン万歳」

 これは武器調達をしてくれるという事なのか。期待に満ちた目を向ければ任せろと言わんばかりのサムズアップ。合法である事を願いたい。免許なんて自分は持っていない。しかし、これは多少わがままを言っても許されるのではないか?昔の相棒もいいがせっかくのチャンスだ、撃った事のない珍しい銃を手に取ってみたい。

「S&W M500なんてものは……」

「あ、それ私が使いたいので却下しますわ」

 貴女がお使いになるのですか、その細い腕で?これでも筋力には自信がありますの、なんて自慢げに腕をまくって見せるが白魚のように真っ白でほそっこい腕にしか見えない。本当にそんな腕で馬鹿みたいに反動の強い世界最強の超大型拳銃扱えるのか?無理そうなら是非自分が撃ちたい。

 じゃああれは?これは?と考えている自分達はすっかり頭から和解の文字が消えていた。それにしても銃撃戦を想定して話を何故進めているのかは謎だ。ここはちゃんと平和の国日本のはずだがいつのまに西部劇の舞台になったのだ。

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