探索開始
ざあざあと雨が降る。じめじめと鬱陶しい空気が支配するのは、天気だけのせいではないだろうと見ていた資料を机の上に投げ捨てた。自分達で命名した「春蛇怪奇事件」の資料で、内容はラインのヘビの会話をまとめたものと、友好関係、吸血ヘビについての情報だ。どれもまとまりがなく、解決に繋がるような情報はない。
「ちょっと!あんまり雑に扱わないで下さいな!」
「てェいってもォ、この事件の進展全くもってねェじゃねェですかい。おまけにこの雨続き……いやンなってきますよォ」
あれからまた三日。双方苛立ちが目立つ。進展の無い泥沼にズブズブと沈んでいた。自分は友好関係を適当にあたり聞きこみ、ヴァレンはパソコンで吸血ヘビについて調べている。やっている事がなんだか地味だと思う。こんなことで解決できるのか。
「だいたい、心霊関係ならもっと、こう……伝説の妖怪探知機とかアンテナとかねェんです?」
「あのね、今時直接人間に危害を加える物好きな怪異なんて本当に極わずかですわ。その場に留まり、条件がそろう事で発動する怪異はありますが、自分から意思を持って動くのはありませんの。もしもいるならそれこそ私達人間には手がつけられないレベルの話になりますわね。だからこういうモノは大抵人間が絡んでいる、今回の事件もその線が強い。なら調べるのは接触してきた人間のほうよ」
「なぁるほどぉ?早めに言ってくれないですかねそういうの」
「シツレイ、ついうっかり伝え忘れてましたわ」
いけしゃあしゃあと何でもない様に言われた。むっとしたがここで強く出れば法廷で会いましょうとか言ってくる。大人しくするのが吉なのだ、こういうのには。大人げないとため息を飲み込んで、ソファから立ち上がる。
「あら?どこか行きますの?」
「まぁ、そういうところですねェ。ちとこの被害者さんにお話し聞いて気やす。ヴァレンはシロヘビについてでも調べていて下せェ」
さっと、上着に肩を通す。ヴァレンが意外だ、と言いたげな目をしているのが見えた。解せない。
「あまり乗り気ではなかった様なので、てっきりおサボりするのかと思いましたわ」
「信用ないですねェ。まあ草壁サンに向かって『私達』が解決して見せますわーなんて豪語されちゃ、頑張るしかないでしょう」
それもそうか、と一つ漏らすとヴァレンは再びパソコンに目を戻した。
外に出ると朝方よりは小雨になってきていた事に安堵する。ポケットに入れていた被害者達の住所や電話番号を取出しながら考えた。どうやって接触しようか。ヘビの被害者は似たような事件を含めて13件。そのうち、近所に住んでいて、話を聞けるようなのが二人。もう一人いるが何やら引きこもっているらしい。どうやって調べたのかは深く追求しない方がいいだろう。なんせ自分のアパートまで突き止めた情報網だ。ちゃんと法的に調べていてほしい。とにかくだ、三人に話を聞いてみよう。何か手掛かりが手に入るはずだ。途中で伺う為に連絡を入れるのを忘れないようにしなければ。改めて、ヴァレンの調べた資料をのぞき見る。
一人目はA型の四十代男性、吉木幸平。いたって普通のサラリーマン。飲み会帰りに一人でいるところ、襲われた。場所は彼の家の近くにある広場。その他、前科ナシ、動物虐待の疑いもなし。
二人目、O型、菊地加奈、十代女性。現役女子高生、吹奏楽部所属。部活帰り、学校の近くの雑木林で襲われる。補導歴は飲酒で一度、動物虐待の疑いは無し。
三人目、AB型、小林圭。二十代フリーター。元々小さな会社に勤めていたがリストラ。しばらくは運送系のバイトで生活を繋いでいたが、配達中に事件発生。それと共に引きこもり、バイトも辞めている。今は実家ですねかじり虫。
それぞれに共通点は無い。母校も違うし、年も血液型も性格もそれぞれ違う。さらには吉木幸平にいたっては糖尿病を患っているため、健康な血を集めているという事はないようだ。少し遠めの被害者達もこれまた共通するところはない。あるとしたら人間って事と夜に被害にあっているという事だけだ。
さっさと一人目に連絡を入れてみる。個人の電話より会社の方がいいと会社に繋ぐと、意外にもすぐ本人が出てくれた。電話番でもしていたのか、人のよさげなのんびりとした声が対応した。ちゃんとフルネームを確認した為、間違いない。
「あ、どうも、自分は『ルーマー探偵事務所』に勤めております古本と言います。実は貴方に起きた吸血ヘビの事について少々お話を伺いたいのですが、お時間の程よろしいでしょうか?」
超常現象や心霊については伏せておこう。吉木さんは構わないと快く対応してくれて助かった。なんだか警戒心の薄い人だなと思いながら、会社の近くだというファミレスで落ち合う話をつけて通話を終える。どれほど役に立つ情報が貰えるかなと伸びをしながら、また強く降り始めた空に対して折り畳み傘を広げた。
「それでは、私はこれで」
「はいィ、お忙しい中ありがとうございました」
「いえいえ、丁度仕事もひと段落した時でしたし、これ以上被害を出さないようにもしたかったですから~」
のんびりとした声のふとった男性、吉木さんを見送る。背中が完全に見えなくなって、机に顔を伏せた。先ほどまでアイスティーを乗せていた机はひんやり冷たい。
聞いた話をまとめよう。その日、吉木さんは帰りが遅くなった為、いつもは通らない人通りの少ない道を使ったそうだ。最初は何ともなかったが、だんだん進むにつれ、首の後ろがちりちりするような、何とも言えない奇妙な感覚に襲われた。まるで、何かに睨まれているように。
こんな所さっさと通ってしまおうと足を上げた時、身体が金縛りにあったように動かなくなった。どんなにもがこうとしても、身体がコンクリートになったかと錯覚するほどに、ビクともしない。これはまずい、何とか逃げなければ。そう、頭では理解しても身体はいう事を聞いてくれない。誰でもいい、助けてくれと心の中で叫んだ時、腕にチクリと痛みが走った。
なにか、棘が刺さったような痛みに声を上げようにも出てくる音は空気の漏れる何とも情けない音のみ。かろうじて動く目玉で、何が刺さったのか、痛みの起きたヶ所に視線をやる。
ヘビだ。白いヘビが噛んでいる。
こんな暗がりにいるのに、なぜか色がわかるのは、淡く発光しているのだろうか。銀の鱗は冷たい光沢を放っている。赤い、赤い瞳と目があった。
耳を澄ませば、何かの流れる音が響く。きっと、自分の血が抜かれている音だ。なぜって、それは……
赤い瞳が美味い美味いと、輝きを増しているからだ。
……らしい。聞いた時盛っているのでは?と怪しんだが目がマジとはこの事を言うのだろう。真剣過ぎて怖かった。
「あの事件の後ね、いつもより傷の治りが悪いんですよ。持病もあって治りにくいのは元々なんですが……それでもやはり治りが遅くて。しかも鱗みたいな跡が浮き出るようになって、だんだん濃くなってくるし気味が悪いったらしかたない」
「鱗のような跡……ですかい?よければ見せてもらっても?」
「ああ、構わないですよ」
腕を見ると確かに噛まれたような跡と、そこを囲むように鱗の痣ができていた。こんな情報は貰ってないので、何か役にたてるのではないか、と許可を貰い写真を撮ってヴァレンに送り付けた。この程度しか収穫できていない。鱗は彩さんには出ていなかったので、後から浮き出るものなか、どうなのかも後で確認しなければ。続いては女子高生なのだが、こればかりは自分ではどうしようもない。下手に話しかけたら通報沙汰になるからだ。飲酒の補導経験ありとのことでその手の伝手をつかって調べる事も出来るが。一日目はこのぐらいでいいのではないか?
追加でケーキでも注文しようとしたらスマホが振動する。メールか電話かと手に取るとお嬢様の文字。
「はぁい、古本です」
「hello古本。今すぐ戻ってきなさいな。面白い事が分かったわよ」
それじゃ、と一方的に切られる。面白い事とはなんだろうか。ケーキ食べてからでいいだろうか。ケーキ食べる旨を送って注文する。そんな緊急と言う事でもないだろうと今勝手に決めた。
追加のケーキが来るまでストローのごみで遊ぶ。何度も振動をくり返すスマホは無視した。
やってきたケーキのうち、三つを綺麗に食べ終わり、なんとなくで外を見る。ついうっかり外を見たのがいけなかった。お迎えがきていたのだ。ただし地獄への。これはかなりの御立腹だ、背後に般若を背負った仁王立ちしてこちらを見る美女と目があった。店内にノシノシと入ってくるのは闘技場でかなりやり手の闘牛が入ってくるシーンと完全に一致している。
「……すぐに、来いと、言いましたわよね?」
「いや、いま、そのケーキ注文した後だったんでモッタイナイなーと、思いましてねェ?」
「ほほー?どうやらお代わりまでしてらしたようですけど?」
「なんのことで」
「このチョコケーキの方は五分前に注文していらしたわよね?」
頬を思いっきりつねられる。全くひどい人だ、甘味は頭を休めてくれるというのに。そう言えば甘味が必要なほど頭を使っていないだろうと頬をぐりぐりめり込んでくる。頬がこけたらどうしてくれるんだ。
「こちとりゃ必死に膨大な数のヘビの神や逸話や災厄を調べまくったといいますのに!このッ!このッ!」
「いひゃいれすれ~おほ~はは~」
「何言ってるのか全ッッ然分かりませんわ!」
ぷんぷんと怒りながらつつかれる。なんとか機嫌を直してもらおうと食べかけのケーキを差し出せばビンタされた。暴力はよくない。しかし食べるようで向い合せに座って奪われ食べられる。ああ、それなら自分で頼んで食べてほしい。
「せっかく、せっかく面白い情報が手に入りましたのに、貴方はぬくぬく空調の効いた店内でケーキ三昧なんて!」
「そうそう、その面白い情報ってなんです?気になってたんですよ~」
わざとらしく言えば、少しは御機嫌が戻ったらしい。しぶしぶと言った感じで話し始めた。
「シロヘビ関連につい最近……と言っても8年前なんですけど、商売繁盛を司るヘビを祭ってた宗教団体が解散してますわ。なんでも、信者全員が腸食いちぎられて死んだから、と言う事でね」
「ほおん?」
「そこから御神体の、ヘビ型の陶器が盗まれてたのよ。シロヘビの、赤いガラスが目にはめ込まれた」
そう言いながら胸元から一枚の紙を取り出す。見てみればつややかな鱗を持つシロヘビが映っていた。
「これって、血を吸い取る事できるんですかい?」
「さあ」
「さあってアンタ……」
しかし、ここまで一人で調べられるのでは自分は不用では?と思うが。そんな考えを当てられたように、アイスティーを奪われ飲まれた。
「いったでしょう?女ってだけで依頼を取りやめられたり、外人ってことで嫌う人もいるの。日本人で男の、私には無い物を持ってる貴方が必要なのよ」
完全にお試しにしないつもりだ。正式に社員にしようとしとしている。来年の話をすると鬼が笑う事を教えたい。
「というか俺の飲みもん食いもん返してくだせェよォ」
「はぁ?この私の電話メール無視してのうのうと食い漁ってましたでしょう貴方。食べすぎですわよ?」
横暴だ、横暴暴君だ。恨めしい視線なんて気にしないといった澄まし顔でそっぽ向かれた。