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語り部奇譚  作者: 缶詰
6/15

病院

 騒がしい。その一言に尽きる。

 病院の前には初めて出た吸血ヘビの被害者の情報を我先に手に入れようとマスコミや野次馬が群がっている。その様子を遠目で見つめた。見た事のあるテレビ局のロゴや見た事のあるアナウンサーまでいる。

 他の病人の迷惑も考えないのだろうかとため息をつく。といっても自分があの取材したがり聞きたがりのたむろする正面の入口から入れないことへの苛立ちからのため息がほとんどだが。どうやって病院内へ入ろうか。一人うろうろと遠巻きに見ている姿は大層奇妙に見える事だろう。

 本来、他人の自分が重病人の部屋に見舞いに行く事は出来ない。しかし、自分はここに来ている。なんとなく、自分が最後に会ったのが彼女だったからなのかいてもたっても居られなかったのかもしれない。会えはしないだろうが容体ぐらいは教えてもらえるだろうと高をくくっていたが、まず入る事すらできないとは驚いた。

 もう諦めて帰ろうか、そう踵を返す。この事件は一般人の自分では解決なんてできないであろうから。そういう組織にお任せすればいい。警察なりなんなりに。

「お困りのようですわね」

「オワッ!?」

 突然声をかけられ目の前に現れる。最近めっきり見なくなり安心したところにこの仕打ちとは。転びそうになった体制を何とか持ち直した。

 今日も赤を規準とした服装に大きなサングラス。相変わらず派手な真っ赤に染まっている唇。

「いったいこんな時にどんな御用時で?ヴァレンティーナお嬢様?」

 ふざけが過ぎると目線で訴えれば鼻で笑われ足蹴にされた。腕を組み、堂々としている姿は短い記憶の中でもよく見る姿で、相変わらず元気そうだ。

「そんなもの、ご依頼されたからに決まってますわ」

 すっと胸元から出てくる何かの封筒に、どこにしまっているのだどこの女スパイだど突っ込みを入れたくなったがグっと堪える。ここで突っ込んだら話が進まない。よく見れば封筒には依頼書とデカデカと書かれていた。何の依頼だろうかとジッと見つめればササッと隠されてしまった。

「これは、ルーマー探偵事務所にきた依頼ですわ。一般人にお見せ出来る訳が無いでしょう」

 ふふんと得意げに笑う顔に若干苛立ちを覚える。というか苛立つ。付き合っていられない、用事も済んだしここにいる意味はないので帰ろうとすると、回り道をされた。避けようにも機敏に邪魔をして帰してくれる気が無いのがうかがえる。子供じみた嫌がらせだ。

「一つ、貴方にお願いがありますの」

 サングラスを外し、目線が直に合うと、よく見ていた顔とは少し違った表情がそこにあった。自信たっぷりに輝いた顔はなりを潜め、静かに見つめられる。そんな真剣な顔をして見られると居心地が悪い。改めて畏まれても言われる事の内容は察しているため断る事には変わりないが、美人の真顔は迫力がある。

「……俺じゃなくてもいいんじゃないですかァ?あの請求はもう無しになったんでしょ?」

「あ~ら?誰が、請求をチャラにしたって言ったかしら?してあげてもいいとは言いましたけど」

 嫌なものを見る目で見てしまっている事は分かる。その目にも怯むことなくヴァレンティーナは視線を逸らさない。固い意志を感じる。

「貴方でないといけない理由は、うちにもう損害を与えているという事でいいでしょう?それぐらい埋め合わせはして貰ってもいいじゃありませんか。それに、行動力はマイナス方面にぶっちぎってますが、オクノリと同じぐらいですし?むしろそれ以上ですし思考も似通っている。なぁに、心配いりませんわ」

 ただちょっと、一般人以外の肩書をつけるだけよ。

 なんで自分がこの病院に足を運んだのかは分からない。ただ、心配で見に来ただけのはずだ。それだけの事なのに、自分と別れた後、彩さんの身に何が起こったのか知りたいと思う自分がいる。彩さんの容体よりも、起こった悲劇を聞きたいと思っている自分がいる。そして、自分はその悲劇の原因を知りたいと思っている。野次馬根性だとは思うがどうしようもない。貴方と組んだら楽しそうといった心の内を隠さない顔に白旗を上げる。ここまで熱くアプローチされてはもう腹を括ろう。せっかくの特権を手に入れるチャンスが目の前にある。

「今回限りですぜ。次回からはやりませんからね」

「結構結構。なにも最初はやってみる事が大切と先人も言ってますわ。案外ハマるかもしれませんし?職場体験とでも、いきませんか?」

 挑発的に依頼書を手に持たされる。読んだらきっと後には戻れない。大きく息を吸い込み、吐き出す。勢いよく封を開ければ、形のいい唇がゆるく弧を描いた。

 最後の行まで読み終わり、眉間に指をあてる。内容をまとめると『娘を襲った人間をあぶり出す事。そのためにはどのような手段を取ってもらって構わない。警察は人間の仕業など思っていないのかまともに取り合ってもらえない。それか、後ろになにか大きな組織が警察の上と繋がっていて妨害している可能性がある』らしい。これ手に負えるの?本当に解決できるの?といった目を向けると、やるしかないのといったガンを飛ばされる。もう早速なかった事にしたい。

「まずは依頼者に会って話を聞いたり容体を聞くために病院に入るところからよねぇ。正面、裏口、はたまた家にもマスコミの群れ。どうしましょうかしら」

「普通に通ればいいんじゃねぇです?患者ですよぉって体でいりゃあ流石にあちらさんも諦めがつくでしょうし?」

「あれを見ても言える?」

 指差す先には病院から出てきた患者がまとわりつかれている。可哀想な光景に涙が出そうだ。病院に入る人にも話しかけてなんとか情報を手に入れようとしている。はっきりいって怖い。

「そうですねェ……。調子悪いのに来てるのにこんな仕打ちとか笑えますわ」

「不謹慎ですわよ。病人に成り済まそうとでもああやってまとわりつく。目立てば記憶に残りやすいので下手に動けない。さて、どうしましょう?」

 自分で考える気が無いのだろうか。ワクワクといった音が聞こえてきそうな目をしている。そんな目で見られても満足いくような作戦は立てられないと思うが、悪だくみは得意な方なので早速一つ思いついた。

「思いついたは思いついたんですがねェ?多分ヴァレンティーナさん嫌がりますし、目立つ事間違いなしです。が、絶対ほっといてくれますぜ」

「ヴァレンで結構。ほう?話だけなら聞いて差し上げてもかまいませんわ」

「へェ、じゃあちょいと御耳を拝借」

 耳元で作戦ともいえない突破の仕方を伝える。最初は真剣に聞いていた顔が、みるみる赤く染まっていき、赤く染まった頬は湯気が出るんじゃないかと思うほど熱くなった。今までの鬱憤が晴れるような反応にたまらず吹き出せば肌色が無くなり赤一色。やはりお気に召さなかったようだ。

「んふふふふふ」

「わ、笑うんじゃないですわ!正気ですの!?」

「んふふ、正気に決まってるじゃねぇですかァ。これ結構いい案だと思うんですがねィ?」

 破廉恥な、破廉恥ななどブツブツ呟く。口調も面白い事になっている事に気が付いているのだろうか。意外と初心な反応をかえされて困惑と笑いが入り混じった笑みを返すと、ペちんと叩かれる。優しかったので許されたと判断しよう。この作戦を執行するにあたって、必要な診療科を手短に調べる。スマホと言う文明の利器は便利だ。お目当ての科を見つけ、このままでいいかの意味を込めて上着を渡す。しぶしぶと言った感じで受け取ったのでこれでいこう。

「そんじゃ、行きますよォ」

「うぅぅう、このッ!このッ!」

 自分の上着をなるべくゆるい感じに腰にまかせる。顔は……赤いままでも問題ないだろう。むしろそっちの方がいいだろう。

 ヴァレンはガクンッといきなり身体を曲げた。突然の事だがしっかり受け止める。苦しそうに唸る彼女を心配そうにのぞきこむ。そしてマスコミの輪めがけて行進する。あと少しで接触する所で、一人の記者が気づき、近寄ってくる。ここに生放送をしている局が無い事を祈ろう。息を大きく吸い込み、腹に力を入れる。ヴァレンはすがりつく腕に力を込めた。

「退いてください!退いてください!彼女……痔なんです!!」

「がぁぁあああああああ!!」

 自分が悲痛そうに叫ぶと同時に腹の底から叫んでくれるとは、中々コンビネーションはいいのではないか?笑いそうになる顔を歪めるせいで辛い表情はばっちりだ。ヴァレンも可哀想なくらい赤くなっている事が余計悲壮感を煽る。さすがに質問は無理かとモーセのようにマスコミの海が割れる。心地の良い風景だ。中には「痛いよな……つらいよな……」と同情の声も上がっている。その声を聞くたびに腕をつかむ力がギリギリと音を立てて強くなるので猛獣は刺激しないでくれ。

 同情半分、奇妙なものを見る目半分の割れた海を突き進む。下から「恨みますわ……」と一定の間隔で呟かれてる。その呪詛は自分宛か周り宛か。是非周りに振り巻いてほしい。悪いのは群がったマスコミなので。

 無事に病院に入れたことに感謝してほしい。ロビーには数名記者っぽい人が入り込んでいたが警備員に追い出されている。これは追い出されるかと危惧したが、優しい目つきで中に促される。きっとあの叫びを聞いたのだろう、なんて優しい人なんだ。

 どれほど歩いたか。見慣れない病棟に近づいていくと、突然シャキッと背筋を伸ばす。

「……確かに、入れましたし、ほっとかれましたわね?」

「中年男性多かったですし一人ぐらいは痔になった可哀想な尻があってもおかしくないと思ったんですよねェ。まさか警備員も痔の経験者とは思ってなかったなァ。すんごい偶然ですよこいつァ」

 笑顔で親指を立てれば親指を折る勢いで握られた。握力はマウンテンゴリラとどっこいどっこいか。すり潰されながらあらぬ方向へ折り曲げようとしている。

 ふざけながら進めば、重苦しい雰囲気のある部屋が見えてきた。もしかしてこの部屋なのか?と目線で伝えれば頷く。こんなに簡単に来ていいのかといまさらながらに思うがヴァレンはお構いなしに一室の扉を叩いた。

 一瞬の沈黙の後、そろりと一人の女性が顔を出す。やつれて疲れきった顔をしているが、よく知った顔にそっくりだ。この女性が彩さんの母親なのだろう。ヴァレンが依頼書を見せると、中に入れてくれた。

 白い病室はツンっとした薬品の臭いに包まれており、鼻が馬鹿になりそうだ。やけに明るい蛍光灯にクラリと目眩を起こしそうになった原因も、この臭いだろう。それともう一つ

「……随分と、顔色が悪いのね?」

 その顔は知っていた。否、知っていたはずだった。明るい髪色と同じ色のまつ毛、間違えるはずのないソバカスのちった肌。彩さんの特徴に一致している筈だった。しかし、目の前に居るのは何だろうか。肌は潤いをなくし、かさついているのが遠目でもわかり、目元もくぼんで、頬もこけている。それだけではなく、まるで石を思わせるように、彼女の肌は白かった。

 病的な白さとは言わない。完全に白いのだ。一度水につけたあと、かさかさに乾かした紙を思わせる。

 そこにいたのは、草壁彩だったものと言えるようなものでしかなかった。

「……ッ!?」

 ゾッと背筋に悪寒が走る。見た事もない病状だ。腕に噛みつかれたような赤黒い点が余計に気味悪さを煽る。

「本当に、あの、ヘビ……なんです?」

 こんな危ない症状のでるヘビなんて、この世のものじゃないだろう。本当に怪事件案件が身近に起きているのか。頬をつねるが夢じゃない。鈍い痛みが走るだけだ。

「そう、警察の方は言ってました。しかし、こんな、こんなのは、そんなこと」

 彼女の母は支離滅裂に言葉をくり返す。だいぶ参っているようだ。自分で嫌悪感を隠せないほどなのだから、家族はたまったもんじゃないだろう。ヴァレンさんはそんな自分達をおいて、彩さんの体を調べ始める。よく触れるなと思いつつ自分もできる限り凝視した。

 目立った外傷は腕の二点だけで、ほとんどない。触ってみるとかさりとした乾いた感触を最初に感じ、血が流れているのか怪しいほど冷たい温度が指先から伝わる。血をかなり吸われているようだ。思わず引き攣った声をあげそうになったが、ヴァレンに裏拳をキメられ声は別の意味の引き攣った声になった。

「起きない理由は、血が足りないから、との事ですか?」

「ええ、ずっと、ずっと血液を与えているのに、一向に目覚めず……何度輸血しても、まるでどこかにいってしまうように、血が増えないのです」

 なるほど、それは奇妙だ。毒物は検出されずに血のみがどこかへ行ってしまっているとは。

「おねがい、おねがいよぉ、娘を助けて……っ!ヴァレンさんなら、また、助けてくれるよね?あの時みたいに、そうでしょ?そうでしょ?」

 まだ見ているヴァレンに縋りついて喚き始める。二回も娘がわけわからない事に巻きこまれていると、こうも激しく取り乱すものなのか。ヴァレンは優しく縋る手をほどいて、手で包むように持ち帰る。

「ええ、それが貴女の依頼内容ですもの、全力で取り組ませてもらいますわ。だから、どうか御顔をあげて下さいまし。知っている事をすべてお教え下さいな」

 聖母の微笑みとはこの笑みをいうのか。優しく眩い頬笑みだ。弱った人間にはかなり効果的なことは一目瞭然だ。

「帰り、は、なんともなかったんです。でも、家に戻って、その後、電話……電話が来たらしくて、夜なのに出ようとするから止めたら『近くだから大丈夫』と、言ってきかず……そのまま出て行って、しまって。そしたら叫び声が聞こえて慌てて家を飛び出したら、あの子が、あの子が!ああ、可哀想に!」

 電話、の下りで目線を貰う。言いたい事はなにか大体察するが勝手にいいのかと首をかしげると目が三角につり上がったため、仕方なしにそっと荷物を漁ってみる。警察に出していなかったらしい。机に置かれた、最後に会った時持っていたバックを漁ると難なくスマホを発見した。警察め仕事したらどうだ、なぜ証拠品を押収しない?もう終わってデータコピーが終わった為かえされたのか。電源まで付いているとはこれいかに。ロックもかけてなく、スッと開いちゃうあたりセキュリティガバガバすぎやしませんか。長期戦を覚悟していたのであっさりしすぎて拍子抜ける。

 とにかく、中身を見てみなければ。着信履歴の一番新しいのは自分と別れた6時あたりに家の電話が一件。それ以外にめぼしい履歴は見当たらない。メールの方を見てみてもマネージャーさんとのやり取りばかりだ。ラインも友人たちの話ばかり。心配した友人たちからのメッセージで埋まっている。

 その中で、気になる一言が見つかった。何やら爬虫類の話で盛り上がっている、比較的新しいトークだ。グループ名は『おヘビちゃん大好き』人数は彩さん入れて五人。事件の起きるちょっと前にも返信しているようで『やっぱり、シロヘビ様はお出でにならないんだ……』と返信した後、被害にあったようだ。他にも気になる話がチラホラ見えるので、スクリーンショットをとる。撮った画像を自分に送るとさっさと証拠隠滅した。

 母親を任せっぱなしにしていたヴァレンさんを見る。ちょっとやつれているように見えるがまぁ元気そうでよかった。睨まれてる気もしないではないが、収穫はあったぞとサムズアップを見せれば親指を下に向けられる。このお嬢様中々にお下品だぞ。

「もう、冬弥君も、まともに取り合って、くれなくて……いつも彩を気にかけてくれたのに、酷いの」

「あのォ、青桐社長と彩さんって仲よろしかったんで?」

 よく話に聞いていたがいとこ同士、と言う事以外自分はよくわからない。彩母さんは一つ鼻をすすると深呼吸して話し始めた。

「小さいころから一緒で、仲が良くてね。彩が学校で行方不明になった時も親身になってくれたの。冬弥君が起業に失敗した時も支えてたのに、なのに、どうして……」

 半分興味がなくて聞いていなかった。きっとヴァレンが聞いていてくれているだろう。いつの間にか出していたボイスレコーダーをちゃんとしまっている様子が見えたからもう安心だ。

 もう収穫はこのぐらいしかないと思うと視線で訴えればため息を吐かれて頷かれる。どうやらもうすぐ帰れそうだ。小さくガッツポーズを作った。

「ねぇ、真彩さん、貴女の依頼は『娘をこんな目に合わせた犯人を見つけ出す』事と、『娘の病状を治す』事でいいのよね?」

 母親の名前は初めて聞いたきがする。依頼書に書いてあったかはもう忘れた。真彩さんは涙や鼻水でぐちゃぐちゃの顔を向けて、首がもげるほどに頷ずく。とても汚い。

 ただ一人、その仕草にヴァレンは満足げに一つ頷いて、口角を上げた。

「ご安心くださいな。この日本支部超常現象捜査探偵事務所rumorが貴女の悩みを解決しますわ。もちろん、納得いかない終わりにはお支払いは結構、全額返済のアフターフォローも実施しておりますゆえなんの心配も要りません。私達は怪奇現象におびえる市民の味方ですわ」

 すらすらとよく出るもので、感心する。真彩さんは感激にまた顔面をぐしゃぐしゃにして「ありがとうございます」と何度も繰り返した。

 これはついでの話だが、出ていく時に記者の女性から痔の薬を貰っていた事は彼女の名誉のため黙っておこう。

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