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語り部奇譚  作者: 缶詰
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デート

 ようやく全ての桜が咲き始めた。新しいランドセルや制服が行きがう通学路を見つめながら、公園のベンチで一人、スマホを弄る。周りには早く学校が終わったのか低学年の児童が遊んでいた。

 別に暇だからと言って公園に行くような爺さん精神はしていないし、ましてや子供を見る為になんて来ていない。むしろ子供は嫌いだし暇なら眠る事を選択する。しかも最近はとある探偵事務所からの勧誘が多くなり余計に外に出たくなくなる日々。この世界は自分に優しくない。そんな自分がなぜ外に出て来たのかと言うと、ある人と待ち合わせをしているからだ。人との約束事ならば外に出るしかあるまいと待ち合わせの十分前には集合場所にきていた。家にいると来る勧誘が煩わしいのでちょうどよかったという事もある。

 のんびりと時間が来るのを待ちながらあくびを噛み殺すと少し離れた入口から約束をした人物が現れる。桜吹雪と共に小さな体も飛んでしまいそうな印象を受けたその人は、こちらに気がつくと顔を綻ばせて駆け寄ってきた。

「ごめんなさい、お待たせしてしまって……誘ったのはこちらですのに……」

 チャームポイントのそばかすは化粧で隠しているのか薄くなっており、相変わらずすぐ顔を曇らす彼女は、春らしいブラウスに、青が好きなのだろうか青いスカートを履いている。ショートブーツにも青いワンポイントがある。

「いいえ、ちょっと俺が早く来すぎただけですよゥ。お久しぶりですね彩さん」

 名前を覚えて貰っていた事がうれしかったのか、彩さんはぱっと表情を明るくした。

 なぜ彼女と待ち合わせをしたかと言うと、話は三日前に遡る。いつも通り長々しい勧誘メールを消去する日課をこなしていると、一通の知らないアドレスからメールが届いた。先日の事もあり、警戒しながら開けば見慣れた名前が書かれていた。

『草壁彩』

 今の状況を作るはめになったきっかけ人物からのメールだ。ヴァレンティーナよりはマシと言う事と、いったい何の要件だろうという好奇心で開けばシンプルな文面が表れた。だいたいの内容は兄が死んだという事を人伝手に聞いたという事、パーティーでの失礼をお詫びしたいので食事に行かないかという事だった。別にお詫びなどどうでもよかったが、たまにはいいかと二つ返事で承諾し、今現在にいたる。

 まだランチには早いが今からのんびり散歩がてら歩いていけばいいだろう。女性と遊びに行くのは久しぶりに感じて少しそわそわとしてしまうのを、なるべく表に出さないように堪える。

「さて、駅前の美味いカフェがあるんですがそこでいいですかい?」

「あ、はい!大丈夫です。……うふふ、なんだか男性とこうして遊びに行くのは屋典さん以来です」

 きっと、連絡のなかった数日間の間に心を落ち着けたのだろう。兄の名前を呼ぶ彼女の顔は、どこか大人びて見える。元が柔らかい顔だからか、余計にその表情はちぐはぐで、魅力的に感じた。こんな泣き虫で可愛らしい子にあんな表情をさせるとは、兄はつくづく罪作りな男である。

 駅までは少し遠いのでできれば兄と出会った経緯をちゃんと聞けたらいいと話題をふれば、彩さんは喜んで話してくれた。

「私、大学に入りたての時大学の七不思議にあったんです。第四音楽室にあるピアノを4時44分に弾くと別の世界に行ってしまうってよくある話なんですけど」

 どこの学校にでもある話だが、大学なんて所にも七不思議とやらは存在するのだな。ここでも超常現象が話題になる事に、少しだけ嫌悪感が喉元から上がってくるが、つばと共に飲み下す。過去を懐かしむように遠い目をする彼女はゆっくり続きを話す。

「その日は空いてる教室がそこしかなくって、仕方なくそこで練習してたんです。しばらくは普通に弾いていたんですが、気付くと知らない教室にいて……怖くて色々学校をまわって出口を探してた時に屋典さんとヴァレンさんに出会ったんです。二人とも親切にしてくれて、嬉しかった。でもその後屋典さんが私を庇って階段から落ちちゃって。とろ臭くてごめんなさいって謝る私を優しく慰めてくれて……。ほんの些細で何ともない事なんですけど、私をボロボロになってまで助けてくれた屋典さんを好きになってたんだと思うんです」

「おお、なんてロマンティックなんでしょ。一本お話が書けそうですね」

「……?……あ!」

 しまったというように口元を隠して顔を赤くする。りんごよりもイチゴと表現した方が似合うだろう。小さなイチゴが出来上がる。その様子に笑いが思わずこぼれてしまう。笑われてむっと頬を膨らませているが全く覇気がなく恐くない。やはり好きだったのだな。

「いいじゃねェですか。人を好きになる事なんて素晴らしきことですぜ?何を恥ずかしがることがおありですか」

「でも、弟さんの貴方に今更言うのもと思いまして……」

「そうですねぇ、なら今度は兄貴の仏壇の前にでも来てその気持ちご本人にでも教えてやってくだせぇ」

 死んだ奴が聞いている訳はないがまぁ気休めにはなるのだろう。彩さんは小さく微笑むと「ありがとうございます」と消え入りそうな声で告げた。

 他には幼少期の話やまれに会った時にした会話の事など話し込んでいるとすぐに目的の場所に着いた。花屋のような見た目をしているカフェは、お気に召したらしく感嘆の声を上げる。あまりこちらの駅には来ていなかったらしく、キラキラと顔が喜びに輝いた。やはり女性は花とケーキが好きらしい。駅前という事で、人がごちゃついているかと思いきや、今日は運よく空いていたのですぐに席につける。ランチ前にちょっとした贅沢をした後に、改めて食事をしようと悪戯じみた笑顔を向けると、戸惑いながらも笑ってうなずいた。ということでまずはケーキをたべよう。

 人の喧騒を遠く感じながら、メニューを見る。ここは最近はやりのインスタ映えになるような見た目だけの食べ物はないが、味はいい。見た目も地味なだけだ。彩さんはどれにしようか中々決まらないらしく悩んでいる。別に二個も三個も食べて構わないと思う。自分の分は自分で払ってくれればの話だが。

 ようやく決まったらしくウェイターを呼ぶ。自分は紅茶とシュークリームのセットを頼み、彩さんは散々迷った結果チョコケーキにしたらしい。未練たらしくメニューをウェイターに返しているのをじっと見ていると、恥ずかしそう体を縮めた。

「ごめんなさい、子供っぽかったですよね……。冬弥さんにも落ち着きがないしはしたないって言われちゃったばっかりなんです」

「いいえェ。女の子はケーキが好きですからねェ。悩むな諦めろってぇ方が逆に可哀想で俺はできませんね」

 子供らしさは逆に彼女の魅力の一つだと自分は思う。子供は嫌いだが子供らしい女性には好感が持てるものだ。ちなみに話の途中ででた聞きたくなかった名前は水と共に喉の奥に流し込んだ。そんな自分の態度に彩さんはクスリと一つ笑いをこぼした。

 まず先に紅茶がやってきて少し後にケーキとシュークリームがそれぞれ運ばれてくる。ちらりと様子を伺えばキラキラと瞳を輝かせている。ちょっと派手さが足りないかと危惧していたが問題はないようだ。そっと紅茶をすする。小動物のような雰囲気をしていると思った事は正しかったようで頬を膨らませて美味しそうに食べてる姿はさながらリスのようだ。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。数分もすれば小さなケーキなど皿の上から消えている物だ。物足りないといった顔をしている彼女に食事があるからと宥める。

「そういえば最近ヴァレンさんと仲いいんですね!よくメールで話を聞きますよ!」

 思わず口の中に入れていたお茶を吹き出しそうになる。メル友だったのか。いや助けてくれたと言っていたからその時にでも交換していておかしくない。平常心を乱さないよう息をつく。

「それで、ヴァレンさんの事務所で働いているんですよね!御兄弟共々人助けってすごいなぁ」

「いや働きませんよ!?仲も全然良くないですぜ!?」

 つい言葉が口に出た。この言い方では誤解を生んでしまう。彩さんは目が点になっているではないか。ひとつ、咳払いをして場を濁した。

「向こうがそう勝手に言っているだけなんですよゥ。なんでも兄が遺した物で欲しい物があるとか。その遺した物のありかが俺に関係するとかで追いかけられてるんですわ。俺にも仕事がありますし大変ですよ」

 一応バイトも仕事のうちだ。なので嘘はついていない。大げさにため息をつくと、彩さんはクスクスと笑う。少々恥ずかしくなり目線を逸らせばまた笑い声が聞こえてきた。

「ちょっと強引ですけど、ヴァレンさんはいい人ですよ。よく発表会にもきてくれますし。話せばわかってくれる人です。案外仲良くなれるかもしれませんよ?」

 仲良くはならなくてもいいが勧誘が無くなるのはありがたい。一度法廷以外で話をした方がいいのだろう。法廷だと確実に権力やら使われてこっちが負ける。なんて馬鹿げた事を考えながら、今度はランチ用のメニューに手を伸ばす。例え先にデザートと食べていてもここの料理はデザートを頼むこと前提で作られているので丁度いい量になっている。できたカフェだ。

 彩さんもならってメニューに手を取る。別の客用に料理を作っているのか、厨房からは卵の焼ける匂いが漂っていた。


 夕日が柔らかく桜並木の道に降り注ぐ。今日は久しぶりに楽しかったなと戦利品のゆるキャラぬいぐるみを抱え直した。

 他にも、キャラの描かれたヘッドフォンやお菓子の詰め合わせの箱がそれぞれの両腕に溢れるほどあるのは、今日はオフなのでどこか遊びにいかないかと改めて誘われたからである。その結果、行きつけのゲームセンターではしゃいでクレーンゲーム三昧をしたという事だ。久しぶりに財布の紐が緩んだ。意外と彩さんがクレーンゲームが上手い事に驚いた以外は事件は起きていない。

「今日はとっても楽しかったです!私、ゲームセンターなんて初めて行きました!」

「はァ、いいとこのお嬢さんには詰まらないと思いましたが喜んでもらえて光栄です」

「つまらないなんてそんな!楽しい事ばかりです!それより、私が誘ったのに行き先とか選ばせちゃってごめんなさい」

 しょぼんとした雰囲気だがあまり悲惨そうな顔をしていないので大丈夫そうだ。気にしないでくれと言えばいつもの笑顔に再び戻る。このやり取りにも慣れてきた。

 桜がオレンジ色に染まりながら落ち行く景色を眺めながら、帰り道をゆっくり歩く。素晴らしい景色に甘い雰囲気の一つや二つは流れてもいいと思うのだが甘さよりはノスタルジックな雰囲気が流れる。きっとお互い隣を歩くのが別の人物だったらよかったと思っているからであろう。自分は自分を兄に、彩さんも自分を兄に置き換えることができたら、どんなに幸せだろう。

 見慣れた風景が近づき、公園の入口が見え始める。昼頃とは違い誰もおらず、ひたすらにオレンジが支配する風景はなんだか美しくも不気味に思えた。

「ちょっと重くて疲れちゃったので、休憩しませんか?」

 ベンチを指さし微笑む彩さんに、快く頷いて荷物を置く。思ったより重たかった荷物から解放された肩にふわりと宙に浮くような感覚が一瞬起こった。それは彩さんも同じらしく、二人で同時に伸びをした時に、顔を合わせて笑い合う。

「あ、私飲み物買ってきますね!確かこの先にあったので。何が飲みたいですか?」

「あー、じゃあお言葉に甘えさせていただきます。お茶系ならなんでもいいですよ」

 分かりましたと元気よくかけていく後姿を見つめる。いい子に好かれてよかったなと誰も聞いていない空に向かって語りかける。もちろん返事はない。そんな事、分かり切っている。帰ってくるまでに今日とったお菓子の詰め合わせの一つをへらそうと、箱に手を伸ばす。空けた箱はコインチョコが大量にはいっていてお菓子の詰め合わせと言うよりコインチョコの詰め合わせに見えた。有名な棒状のお菓子より大量にある。もぐもぐと三個ほど食べながら帰りを待つ。

 彩さんは四個目に突入しようとした時に、緑茶を持って帰ってきた。お礼を言って受け取れば照れたように笑って荷物を挟んだ隣に腰かけた。

「お茶、好きなんですか?」

「ええ、コーヒーはどうも苦手なんですわ。香りもダメなほうで」

 あの独特の香りは嗅ぐだけで少し頭が痛くなる。けして職員室に長居しすぎて嫌いになったわけではない。コーヒーが苦手になった原因の一端は握っていると思うが。彩さんは自分のコーヒーをそっと遠ざけてくれた。気がきく人だ。

 十分ほどたった頃だろうか、あたりも薄暗くなり始め、そろそろ行こうと腰を上げる。荷物もほとんど食べてしまい夕飯が入るかなど小学生じみた不安を抱きながら帰路につく。春先は変な奴らもわんさか湧いてくる季節だ。いくら大人でも油断できないので駅までちゃんと送り届けることにする。彩さんなど格好の餌だろう。

「送っていただきありがとうございます」

「いーえ、いいんですよゥ。最近は吸血ヘビなんて怖いもんも出現してるようですし?」

 話題に最近よく聞く単語を言うと、うっすらとだが表情に固さが表れた。はて、どうかしたのだろうか。ヘビは苦手だったのなら話題選びは失敗したと反省する。

「ヘビは苦手でしたかい?なら申し訳ないです」

 素直に謝罪すると首がもげるのではないかと言うほどブンブンと横に振る。

「ヘビは結構好きなんです!ニシキヘビとか余裕で触れちゃうんですよ私!……ただ、その、吸血ヘビの事件はあんまり好きじゃなくって」

 最後のあたりはもにょもにょとしていて聞き取りづらかったがなんとか聞こえた。ヘビが好きだからこの事件が好きではないのだろう。そもそも被害のでた事件に好き嫌いと言うのは不謹慎な気もするが。しかし爬虫類が大丈夫とは中々のギャップを持っている。

 この話題をやめて動物番組の話をしていればあっという間に駅に着く。なんだか長くて短い一日だった。勧誘もなく平和満載。

「今日は本当にありがとうございました。また、いつか屋典さんに会いに行きますね」

 改札を通る前、彩さんは改めて向き直る。いつでも実家に立ち寄ってくださいと快く告げると、笑顔で手を振りホームに向かっていった。

 それから、彼女が吸血ヘビの被害に会い、重症になった事を知るのは三日後の話だった。

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