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語り部奇譚  作者: 缶詰
14/15

帰還

 帰ってきた。そう理解したのは、涙を目に浮かべて今まで必死に治療してくれたであろう、目の前の美人がいたからだ。髪や顔が濡れているのはきっと血の池に入って自分を持ち上げてくれたから。いまだに固まってサングラスで隠されて、いつもは中々お目に見えない大きな緑の宝石をまぬけに晒している彼女を笑いながら、言葉を紡ぐ。

「ただいま……帰りましたぜェ……」

 ブワッと、ダムが崩壊し、顔の上に温かい水が降り注ぐ。まるで祝福の雨みたいだなんてポエマーのような事を考えながら、目を閉じ、深呼吸した。その後ろでお兄さん達が騒いでいる音が聞こえた。

「で、俺が眠ってる間どうなりやした?」

 休んでは居られない、と身を起こせばまだ安静にしていろとか傷はと言われたりしたが起きる前より断然身体が軽い。自分が沈んでいたであろうプールに近寄れば水がなく、底の方にしわしわに干からびた小さい何かが落ちていた。それはウゾウゾと未だに動いている。

「貴方が落ちて、沈んでいった時からの話をしますわ。……まずはあの始末をしながらですが」

 いつの間にか横に気遣うようにヴァレンがいた。アレとはやはり元オオシロ様だろう。下に降りる梯子を見つけ、そこからゆっくり降下する。その時にきいた話は何とも大変そうだった。

 まず、落ちた自分を助ける前に復活の儀式を今にでも始めそうな教祖をフン縛って猿轡をしっかりと付ける。この時すでにオオシロ様は目覚めかけていて非常に危険な状態になっていた。しかし、生きて帰すと約束したから。その一心で視界の悪い血の池プールに入り、なんと5メートルの素潜りをして引き上げようとした。その時、オオシロ様の瞳が完全にヴァレンと自分を捉えたらしい。これはもしかしたら死ぬかもしれないと、自身の安全より約束した自分を生かそうと思考を巡らせたその時に、自分の身体が淡く発光を始めた。そして冷たく、石のように重いと感じた身体が嘘のように温かく、軽くなっていった。これはチャンスと最後の力を振り絞ってプールの上に何とか避難したのだが、シロヘビも顔を出す。赤い舌をチロチロと出し入れし威嚇すれば、ヴァレンも負けじと発砲するが堅い鱗は銃弾なんて跳ねのけてしまう。とにかく逃げなければと思った瞬間、オオシロ様が突然苦しみ出した。茫然と苦しむオオシロ様を見て、自分の方を見ればあら不思議、血液が自分の体内に入って行ってるではないか。ついでとばかりに退散の呪文を唱えればドンドン小さくしぼんでいく。自分の傷はゆっくりとだが塞がっていく。姿が見えなくなるまで唱え続け、見えなくなって脱力、自分を見れば薄ら跡が見えるだけで、呼吸も心拍も安定。良かった、よかったと涙敷いていればヤクザのお兄さん達が登場。あとは自分が起きたところになる。

 一番下につけば、逃げようと必死になって蠢くオオシロ様がいた。その干からびた姿をヴァレンが掬いあげる。あの大きなツヤリとした鱗は見る影もなくなっていた。

「どうしましょう?多分貴方がコイツの貯め込んでいた魔力をほとんど吸い上げたので彩さんの身体も良くなっていると思いますが……このまま捌いても蒲焼にもなりゃしませんわ」

「蛇革の財布にするにはちと大きさが足りませんねィ」

 噛みつく気もないのかなされるままだ。そう言えばこの蛇の言い伝えに酒に付けているのもあったなとジッと観察する。何をしようとしたのか理解したのかヴァレンは眉をひそめた。

「いやもしかしたら害のない美味いだけの酒作れるかもしれませんよ?ね?今の俺ならいい指南書も持ってますし?」

「はぁ?同じ過ちを繰り返そうったってそうはいきませんわよ?こんなヘビ!こうして、こうして!こうですわ!」

 床に叩きつけ踏みつけ、踏みしめる。足元から声にならない悲鳴のような、はたまたただの空気が抜ける音なのか。情けない音が響いてその身体は砂と散っていく。さようなら、美味しいただ酒生活。そんなことで悲しんでいる自分の姿に、慈しむような目で微笑みかけられていた事は、自分は知らなかった。

 地下から上がり、宗教団体を大きなワゴンカーに敷き詰め何処かへ運んで行く。遠目でみた教祖は何か憑き物が全て抜け落ちたように、何の害もない、ただの弱い老人に見える程変わり果てていた。あの時叫んでいた心の内は本当だったのだろう。自分ももしかしたらああなっていたのかもしれないとしっかりこの目に焼き付けた。そして

「青桐……」

 結局、なんて呼べばいいのか分からず、呼び捨てにした。もう動く事のないそれの顔は、悲しみに包まれたままだ。運ばれていく前に、ヴァレンがそっと近づき、見開かれたままの瞳をそっと閉ざす。

「御安心なさい、貴方の御姫様はきっと無事に戻りますわ。貴方との商談、ぜひとも実践しとうございましたわ」

 祈りを捧げる。やっていた事は立派な犯罪で、町に恐怖を植え付けたという点では、許されないし、知らなかったとはいえ、一人の女性を巻き込んだ事も許されない。だが、この人も被害者の一人に過ぎない。

 ヴァレンによって閉ざされた顔は、幾分かはマシになったように見える。彼の魂が安らかになれますように。

 最後まで見送りをすると、頬に柔らかい光があたった。あたった方を向けば地平線からだんだんと綺麗な赤が溢れてくる。朝日が昇ったのだ。温かい身体は地下で冷え切った四肢を優しくほぐしてくれる。新しい日の始まりと共に、自分達の長く、苦しい冒険は終わったのだと実感した。

「ん~!朝日が目にしみますわ~」

「あ~なんか……本当に久々の自然な光って感じですねィ」

 しばらく、自然の恵みを堪能し、大きく深呼吸をして身体を満たした。

 コホン、とわざとらしく咳をして注意を引く。こちらを向けば眠気でトロンとまどろんだ視線を向けた。

「あー……これって、職場体験、なんですよねェ?」

「そんな事も言いましたわね~。ふあぁ……」

「詰まるところ、今は研修の身って事ですよねィ?」

「ええ~、そうですわね~」

「……なら、その、正社員になるには、履歴書いりやすかい?」

「そうね~履歴書……Why?」

 驚きのあまり母国語になっている。さっきまで半分夢の中にいたようだが今ので完全にこちらに戻されたのだろう。パチクリと不思議そうな目が自分を見つめる。就職なんてらしくないですかね?なんて茶化せばその顔はみるみる歓喜に色付いていく。最後には華やかな大輪の花がほころんだ。

「ええ!ええ!本来ならば必要不可欠な履歴書ですが今は特別特殊、超特大大サービスで私との握手だけでいいですわ!もちろん後の時間がある時に持ってくる事が条件になりますがそんなものこちらで用意でもなんでもしてさしあげます!なんせ私達は日本支部超常現象捜査探偵事務所ルーマー!個人情報の特定なんてちょちょいのちょい!おちゃのこさいさいですわぁ!」

「ちょっと最後の辺りいらねェンじゃねェですかい?」

 そんな突っ込みも慣れたのかホラホラと手袋をわざわざ取ってスタンバイする。これは期待に答えねばとその女性にしては案外ゴツゴツとしていた手を握りしめる。

「古本屋秀。元は地元を締めてた大不良がそのまんま大人になったもんです。腕はまぁまぁですが悪だくみは好きなんで、お任せくだせェ。後は……兄貴からは秀と呼ばれてやした。ヴァレンもよろしければ秀と呼んでくだせェよゥ」

「ヴァレンティーナ・ネルソン。家は王室御用達のジュエリーデザイナーの一家出身。おじい様と国王は大親友ですので大抵の事は無かった事に出来ますの。好きな物は胸躍る最高のスリルと美味しい紅茶。いつも通りヴァレンで結構よ」

 改めて自己紹介をする。ヴァレンの出所を知って一瞬頬が引き攣ったが無理やり隠す。

 5月1日、天気は快晴。今此処に新しい「ルーマー探偵事務所」が完成した。これから先。彼らを待つのはこの程度のモノではないのだろう。いずれ、世界を救う者達の冒険が始まった。テロップを入れるならこうだろうが自分は生憎と平和でいたい。まぁのんびり怪異と付き合い、兄との約束を果たしていこう。

「ところで貴方がたまに口走ってた女帝って何かしら?」

「うっ」


 語り部忌憚……これにて完結(この作中に出てくるモノ、団体は全て架空であり現実とはなんら関係ありません)

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