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語り部奇譚  作者: 缶詰
13/15

夢現

 一人の男がいた。男には歳の離れた従妹がいた。

 ひどく泣き虫で、小さく弱い彼女を守らねば。そう最初はただ言いつけ通りにしていた事が、接していくうちに少女を愛おしく感じ始めてきた。

 男は約束した。

「大人になったら、何不自由ない暮らしをさせてあげる」

 その言葉に頬を染めて、楽しみにしていると小指を絡める少女。しかし、運命とは残酷なもので上手くいかなものだ。

 立ち上げた会社も、倒産寸前。大した当てもなく、みっともなく少女の両親に縋る。

 辛い、苦しい、恥ずかしい、そんな感情がどっと押し寄せる。

 そんな時、白い男がやってきた。気味の悪いカミサマを持ってやってきた。

 ―――ああ、これはチャンスだ。

 もう一度、彼女の横に立てるように。男は手を取ってはいけない者の手を、しっかり握りしめた。


 キャハハ、と子供の遊ぶ声が聞こえる。目の前には三歳や五歳ぐらいの小さな子どもたちが遊んでいた。そこにある懐かしい遊具、懐かしい景色に、実家の方にある昔よく遊んだ公園と言う事が分かる。清々しい青空は絶好のお遊び日和だろう。

 はて、自分はどうしてここに居るのか。確か、銃で撃たれて。ハッと腹のあたりを触ってみる。そこには傷一つない新品のワイシャツを着ている身体があるのみ。おかしいなと首を傾げれば後ろで吹き出す音が聞こえた。何がおかしい!と振り向けばその怒りが吹き飛んだ。ベンチに、一人の男が座っていた。

「相変わらず、お前は変なことしてるな、秀」

 短く整えられた黒髪、自分より彫の深い顔立ち、自分より濃いが色素が薄い優しげな眼。その瞳が自分を捉えた。

 おかしい、おかしい、いる筈がない、目の前にいる筈がないんだ。震える唇からその人の名前が絞り出される。

「兄、貴……?屋典……?」

 名を呼べばその人……兄は優しくいつもの笑みをこちらに向けた。

「……俺、死んだ、んですかねェ?」

 誰に語るでもなく、ポロリと出た言葉に、今度は隠さず笑い出した。その笑い方は間違いなく兄貴だ。

「はは、半分正解、半分不正解だな。……まあこっち座れよ」

 そういいながらベンチをポンポンと叩く。そろりそろりと腰かければ少し目を見開いたのち、ワシャワシャと頭をなでられる。キモいと手を叩けばしょんぼりと身体を縮こませる。その仕草はよく自分があたったときにした仕草だった。よく考えれば生前、兄の隣に大人しく座った事は無かったかもしれない。

 自然と沈黙が流れる。ここはどこなのか、何故隣にいるのか、聞きたい事があったが中々に言いだせない。言いだすのを待っているのか兄は兄でこちらを見ているだけだ。

「……事件って、怖いんだな」

 ポツリ、と言葉が口から漏れれば、後は堰を切ったようにあふれ出る。

「こんな痛くて、頭がおかしくなりそうな事、解決するんだな。これだけじゃないんだろう?これ以上ヤバい事もしていたんだろ?」

 兄は困った顔をした。その顔が一番記憶に残っている顔だ。そんな顔しかさせてこなかったから。

「きっとアンタの事だから巻きこみたくねェとか思ってたんでしょォけど、最後の最期に、面倒くせェモン遺しやがってよゥ」

 色んな感情がごちゃ混ぜになる。理不尽に巻き込まれたと被害者ぶったこの怒りの心は、胸の内で暴れ狂い始める。

「どうせこんな事に巻き込まれるなら……どうせならッ!」

 胸のあたりが苦しい。たまらず胸の辺りを掴めば心配そうに背中をさする。ああ、いつもそうだ。

「ッ!いつも、いつも、俺を下に見て……ガキ扱いで話は受け止めて来るだけ!それは今もかわんねェで一人で危ねェ事してる!俺は、俺は!」

 ―――アンタと話がしたかった。

 対等に、平等に、弟としてではなく、好敵手として。同じ怪異を知った仲間として。一方的に言葉を投げるのではなく、投げ返してほしかった。兄は、自分にとって憧れで、いずれ超えたいと思った存在で。なのに、自分には他人に接するよりも子供のように接してくる。だが隣に並ぶ権利を、自分はこの手で捨てたのだ。なんて自分勝手で、子供じみた我儘なのだろうと自分でも思う。ほら、また困った顔だ。恥ずかしさで顔を伏せる。しばらく兄もあーだのうーだの呻いていたが、自分の頭に手を乗せた。

「そっか、秀はそんな事いつも思ってたのか。うん、察してやれなくてごめんな、話してやれなくてごめんな」

「その態度が!」

「おっと、そうだった、すまんすまん。……オレな、お前との関わり方よく分かんなかったんだよね」

 唐突に語り始める。その話に顔は背けたままで聞き耳を立てた。

「あんまり、人と接するのも苦手だったし、なんか品よくしてれば好かれたから、それで行けばお前に好かれるんじゃないかって思ってな……うん、でも、なぜかお前は俺を嫌っていくし、優しくすればもっと嫌いになっていったしで、どうすればいいか分からなかった」

 ポカン、と思わず顔を見る。嘘は言っていないようで赤くした顔を照れくさそうに歪める。なんだそれは、一度も聞いた事がない。人づきあいが苦手なんて知らないしあの友人や人徳で苦手なんて思わないだろう。

「でさ、この怪異の世界に入ったのも、この人付き合いが苦手なのを直してくれるって聞いて飛び込んだのがきっかけ。まぁ直してもらおうとしたらこれで苦手と言えるかって怒られたんだけど」

 当たり前だ。あれか、万人とは渡り合えるが仲は一定の良さしか保てないという奴なのか。呆れたと溜息をつきジドッと睨む。頬を掻いて照れているがちっとも可愛くなんてない。

「……なんでィ、俺達ただ話し合って無かっただけだったのか」

「うーん、そうみたい。俺はみんなと凄く深く仲良くなれる秀が羨ましかったよ。だから、ちょっとした悪戯のつもりだったんだがなぁ」

 ポリポリと頭をかく。ちょっとした悪戯とはなんなのかと続きの言葉を催促すれば息を大きく吸い込んだ。

「……ヴァレンをけし掛けたのは、ほんの些細な悪戯のつもりだったんだ。俺が怪奇について黙ってたのはもちろん心配もさせたくなかったけど、言う必要無かったかなってのもあって。だからいきなり全く関係性の無いあんな美人がやってきたら面白いだろうなって……」

 まさかの悪質な悪戯だった事に腹が立って脛に重い一撃を喰らわせたのは許される事だと信じている。本なんて無かったのではないかと嫌な予感が脳裏をよぎった。

「まさか、そのヴァレンの欲しがっている魔導書って無いんじゃ?」

「えっと、それは今こうして俺と秀が話している事に繋がるんだけど」

 空中で何かを書くような仕草をすると、何もない空間から一冊の古びた本が現れる。自分がもうその程度じゃ驚かなくなってきた事にびっくりだ。

 現れた本の表紙や題名は、海外の見た事ない文字で書かれていて、理解できそうもない。だが、自然とその題名を口が紡いだ。

『星繋ぎの書』

 中を兄がペラペラ捲って見せてくる。内容は天文学の本に見えたが所々に呪文らしき言葉や、魔法陣らしき幾何学模様が載っている。

「この本には死者との交信とか蘇生とか載ってるんだよね。でねこれ面白い事に体内に収納されるんだ」

 ちょっと言っている意味が分からない。体内に収納。見たところA4のファイル並みのデカさに辞書並みの分厚さがある。どう言う事だ。すると兄は胸に本を押しあてる。本はみるみる胸の中に入っていった。

「何このファンタジー」

「だっろぉ?」

 なんども得意げになって出し入れする。そうではなく

「で?この本とこの空間が何の関係があるんで?」

 改めて話を元に戻すと、兄は真面目な顔になる。その顔を向けられた事は無かったので、少しばかりこそばゆい。兄は目を合わせると、話し始める。

「俺が使った魔法は一つで二回。魂の保管。どこにも行かない様に強制的に時縛霊にするんだが、こうして使用者の心境を映した空間に入れるんだよ。それが、俺とお前が話せる理由の一つ。二回目はお前にだよ。俺が死ぬ前に会っただろ?実家で酒盛りしてさ。その時に試しにお前にも魂の保管をかけてみたんだよねぇ。お前最近モノ覚えいいとか文字読めるーとかない?多分俺がかけたから魂とかそういうのが繋がってこの本の恩恵受けたりとかしたと思うよ」

 とんでも爆弾発言を喰らった脳みそは機能を停止した。あの酔いつぶれた時の事か。弟に魔術使うなんてどんな神経しているんだこの人は。ケタケタと御機嫌に笑う顔が恨めしい。

「じゃあ俺死んでんじゃねェですか。なにが半分正解不正解なんでィ」

 きょとん、と一瞬何を言っているのか分からないといった顔をされ、すぐにアアそれか!と手をポンと叩く。今の今まで忘れていたなさては。

「うん、俺ね、秀にこの本譲るよ」

 ずるっと胸元からまた分厚い本が出てきて渡される。訝しげに受け取れば満足そうに頷いた。

 表紙は革製だが、どこかラメとは違った輝きを独自にはなっている。アンティークとして売れば中々いい値段を叩きだせそうだ。

「そこにある蘇生の魔術を使いなさい。今お前の身体が居る所はいい具合に魔力が溜まっているから絶対に成功する。それに、魂はここにちゃんと留まっているから、迷いなく肉体に還れるさ」

 なるほど、そういう事か。ペラペラと目当てのページを捲り、探し出す。探している間、兄はジッとこっちを見つめていた。穴が開くのではないかと思うほど見つめられれば恥ずかしさが勝って、つい手が出てしまう。それにも痛いなぁ、なんて暢気に笑ってさらりと流された。

「なァ、兄貴はどうすんの」

「そうだな、もう成仏する事にするよ」

「冥府に行くんで?それとも輪廻で?」

「さぁ?逝ってみないとわからないなぁ」

 まるで旅行にでも行くような口調だ。目的のページを開いて、方法と呪文を覚える。なんて簡単なんだろうと思うが、きっと魔力とやらを膨大に使うので早々使えないんだろうな。パタンと閉じて、兄がしたように胸に押し当てれば、体内に溶けていく。

 兄が懐かしのベンチから伸びをしながら立ち上がった。差し出された手に素直につかまり、立ちあがる。周りの景色は、別れに相応しい茜色の空になっていた。何処からか、五時を知らせる音楽が聞こえる。

「それじゃあな秀、さようなら。母さんや父さんによろしく」

 一度、強く手を握られる。その手を弱く握り返した。

「ああ、さようならだ。お袋も親父も任せとけよ」

 もう安心だな、と言いたげに笑う。つられて兄も笑って、手を離した。そして、公園の外に向かって歩き始める。振り向けばきっと、いつもの笑顔で手を振っているのだろう。

 もう外まであと少しと言ったところで名前を呼ばれる。つい振り向けば兄は消えかけていた。

「お前さ!もし怪奇の世界に入るんならさ!よかったら俺の死因でも、死んだ原因でも解決してみろよ!きっと、俺が出来なかったから無理だろうけどな!」

 安い、精一杯の挑発だ。普段なら言われないし、別の人物から言われても無視するだろう、そんな挑発。

 消えていく、消えていく、超えられなかった人が、最期に遺した事件だ。完全に振り返りしっかり息を吸う。

「お任せくだせェ!俺ら、ルーマー探偵事務所が華麗に解決してやりますよゥ!」

 そう叫んで、出口を潜った。眩しい光が、温かい温度が身体を包む。なんだかこんなにワクワクしているのは初めてだ。軽い足取りはドンドン進む。目的地はもちろん、まだ解決していない仕事場だ。

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