突入
ページの捲れる音がする。手帳に書かれた予定では深夜、満月の日に復活の儀式を行うらしい。日めくりカレンダーは、4月の終わりを迎えようとしていた。
事務所には屈強な男が数十人たむろっていた。その中心にふんぞり返る我らが女王
「……御機嫌ですねィ、ヴァレン女王」
赤いライダージャケットに、ビシッときまったライダースーツ。髪を高いところでポニーテールに括っている。化粧もばっちりでこれからカチコミに行くというよりかはツーリングに行くといったようないでたちだった。しかもライダージャケットはオリジナルデザインなのか見た事のないお洒落なデザインだ。無駄に高そう。女王様は厳ついお兄さんにちやほやされてご満悦だ。このままでは調子に乗ってシャンパンでもあけそうなので回収する。御機嫌なおかげてはたかれはしなかった。
「貴方は緊張しすぎではないの?スーツってなんですのスーツって」
自分は前にパーティーで着たスーツだ。これが案外身体によく馴染む。今見た目もよく、動きやすいのがコレと甚平ぐらいしかなかったのは秘密だ。それにネクタイだって武器になる事は悪い事中間から教わった一つだ。ガラの悪いお兄さん達からは女たらしっぽいホスト、売人と好評だったが。全く嬉しくない事をここに記す。
「さて、作戦はこの前教えた通りですわよ?覚えてますわよね」
「へぃへぃ、覚えてますよゥ。しっかし大胆な事考え付きますねェ……」
脳内で再びヴァレンの作戦を復習する。なるべく自分のところは怪我や命にかかわるような事はないといえ大胆である作戦だ。どこの映画撮影班だと突っ込んだ事は記憶に新しい。
「残党狩りは久木田さん達に任せて、私達は本陣をぶったたければいいんですの。怪異目の前にして戦車のように突っ込めるのなら個別スカウトしたいぐらいほしいですが」
「そうしたら俺はお役御免で解放と。いつまでニートでいられっかな~」
今回の報酬はいくらぐらい貰えるのだろうか。きっと危険だから弾んでくれるはずと夢の自堕落生活に夢を見る。のんびりゲーム三昧でもいい。布団をかえる事もいいかもしれない。
「は?本置いてってくれるまでは視界に入れておきますわよ」
「……ストーカーって言葉分かります?本でしたら残念ながら未だに見つかりませんね」
美人からそんなこと言われたら誰でも喜びに飛び跳ねるだろうが自分は飛び跳ねない。法律について少し学んだ方がいいのかもしれない。
黒い高級車に日本では持ってる事すら許されない物を詰め込み準備は完了したらしい厳ついお兄さん達が次々出ていく。時刻は午後8時。少しばかり肌寒いが夏も近づいているからか、そこまで苦に感じない。自分は何を持っていこうかと大量にどうやって日本に持ち込んだか分からない物を見る。ヴァレンはレンタカーに昼の間に撃ちたいものを突っ込んだらしい。よくばれなかったと思う。
「うーん、やっぱ俺はいいですかねェ」
「あら?前はあんなにノリノリでしたのに。怖じ気づきましたの?」
「なんか、周りが肉体労働頑張ってくれるそうなので、俺は証拠品や呪いを祓うモノとかさがしやす」
怪我は痛いのでしたくないキリッとすればこのヘタレと罵られる。本人目の前で罵ってくるのはやめていただきたい。自分達も車に乗り込む。
しばらく走らせて、目的地に近付くと、やはり緊張してきた。もし失敗してあの蛇が起きたらどうするのだろう。その時、彩さんがいる病院は大丈夫なのか。生きて、帰れるのだろうか。きっと自分は兄や厳ついお兄さん達と違い、未知にも人にも弱いだろう。そんな自分が、足を引っ張らないで済むだろうか。
隣にいるので難しい顔をしているのが分かったのだろう。ヴァレンがガムを無理やり口に入れて来た。
「生きて返しますわ。今回の件は過激な職場体験とでも思っておきなさいな。無駄に力む必要はありませんわ」
過激すぎるのだが、と言えばまだ可愛い方と答えが返ってくる。これで可愛い方なのか。スースーするガムを噛む。彼女なりの励ましと受け取っておくことにした。肩の力がいい具合に抜けた事は感謝した。
海のさざ波が聞こえる。もう決戦の地が近い事を示している。本拠地には向かわずに、少し離れた場所で止めて歩いて行くことにした。
作戦1、正面にヤクザを設置する。
この日、会社は完全に休みなので一般人は出入りしない。するのは信者と一枚噛んでる幹部、社長のみ。完全に全ての信者が入っている事を確認すると、お兄さん達はいろんな武器を持って正面に突入する。雄叫びが猛獣が出しているように聞こえるが人間なんだよなぁ、と裏方に回り込む。非常口がよく見えた。聞き耳を立てると走ってくる足音。ジェスチャーで人が来る事を教えればヴァレンは拳銃を構え直す。サイレンサーもつけたあたり発砲する気満々と言う事が嫌でも伝わった。自分には耳栓を配られていないのでサイレンサーは外さないで欲しい。
どんどんと近くなる足音に舌を舐め待つ。ヴァレンがドアノブを持ち、準備完了だ。ガチャっとノブの回る音が聞こえる。それと同時に男が飛び出してきた。
「ひ、ひぃぃぃぃ!」
情けない声で悲鳴を上げる男を捕まえる。がっちり腕をまとめて背中で固めた。手錠があればもっと楽だが仕方ない。無い物ねだりはよくはないから。
「hello日它教さん。今日の月は随分まん丸だと思いませんかねェ?まぁ?立ち話もなんですし?中でちょっとお話しましょうや」
「な、なんの真似だ貴様ら!こんなことして生きて帰すとでも!」
「命の御心配をなさるのは貴方の方ではなくて?」
かかさずヴァレンが拳銃で近くの壁を撃ちぬく。その後、男の額に銃口を向ける。ほんのり温かいのはきっと彼女の優しさだろう。外は寒いからな、同情する。
「な、何が目的なんだ……」
可哀想なぐらい震える信者。なんせ銃の安全装置外したままコンコンと額を一定のリズムで叩いてくる聖母のような頬笑みを浮かべた美女がいるんだ。こういう時に美女だとなぜか絶望感が半端無い。その美女はなにが嬉しいのか笑みを深くしてもっと銃口をめり込ませる。
「私達、ぜひとも美しい大蛇の復活を見たいの。最高の特等席でね。貴方、そのためのチケット、持っているのでしょう?私達に譲って頂戴な。お礼はそうねぇ……」
少し考えるとヴァレンは銃を下す。信者はあからさまに安堵し、力が抜けていくのがわかる。だが、それで許す女王ではない。グイッと顎を持ち上げると、銃先を口に突っ込んだ。
「鉛玉のキャンディはお好き?お嫌い?yes or no?」
女王様はキャンディがお好き。しかし目の前の彼女はもう女帝と名乗っていい。味方のはずなのに怖い。信者もマナーモードのように震えている。早く答えてくれないとこっちに脳髄が飛んできそうだ。ブンブンと縦に勢いよく首を振る信者に気を良くした女帝は「good boy」なんて言いながら顎をなでた。長い爪が首輪のような跡を作った。
無理やり立たせて前に見た倉庫の前まで向かう。建物内では信者とヤクザが乱闘していたのでばれないように進むのは中々スリルがあって面白い。腕の中の人物は気が気でないようだが。あっちの乱闘に混ざりたそうにウズウズしている女帝を引っ張り何とか倉庫前まで来た。さて
「ここの正面に確か扉が隠されているんですよ」
「へぇ~?魔術か何かかしら?」
ぺたぺた壁を興味深そうに調べる。二分ほど調べても扉らしきものは見当たらない。前に来た時に拾った紋章も試してみるがどこにもない。だんだん機嫌が悪くなるのが背中越しでもわかる。始末が終わったのか数人のお兄さん方もやってきた。赤い液体が手に塗られている人もいるが見なかったことにした。
「ねぇちょっと、開きませんわよ」
「っへ、だ、誰が部外者にオオシロ様のところに行かすか……ヒィィ!」
「とても優しい私はもう一度言ってさしあげますわ。開きませんわよ」
そっと腕に力を込めて首を絞める。それだけで効果抜群だったらしく、扉をあける呪文を教えてくれた。
「ったく、手間取らせるんじゃありませんってのですわ」
面白い口調になっているので絶好調のようだ。ゴゴゴと地響きがすれば壁が砂になって消えていく。砂埃が収まれば見た事のある扉がそこに鎮座していた。改めて銃を構え、自分は信者を逃がさないよう腕に力を込める。前のお兄さんが「突撃ィ!」と叫んで扉を蹴破れば、流れ込むように中に入っていく。倉庫の中はほぼ暗闇で、何も見えない。誰かがライターで明かりを灯した。すると
「つわ!?」
「な……はぁ!?」
「なんだこれ…蛇か……?」
床は白い蛇が自由に這いずりまわってる。突然の訪問者に威嚇をしたり、気にせず這いまわったりと自由に動いていた。
動くのは当たり前だ。それは動物なら何でも動く。しかし、ここにいるモノは全て陶器で出来ている蛇だ。透き通る腹のうちに、吸っていたであろう赤黒い液体がこびりついている。
「こんなものに邪魔される筋合いなんてありませんわ!おどきなさい!」
甲高い、気高い声と共に銃声が響く。それと共に砕け散る音も聞こえた。
「ここに居るのが陶器ならば全て壊してしまえばいい。そこにいるのが生き物ならば全て殺してしまえばいい!何を怖じ気ずくことがありますの!?」
喝を入れながら素早く銃弾を放ち破壊する。それに続いて誰もがすぐに破壊活動に移った。
「古本の兄ちゃん!そいつ邪魔だろ!?オレがネンネさせといてやるよ!」
「ありがとうごぜェやすぜェ兄貴!頼ンました!」
名前は覚えてないが気のいいお兄さんに信者を投げつけヴァレンに駆け寄る。丁度銃弾を装填していたところだ。
「とにかく、地下に行けばいいのよ!地下の階段は!?」
「アッチです!奥の棚の横にある!」
指差したところは一層陶器の蛇が満ち溢れている。腹をくくって行くしかないようだ。踏みつぶせば壊れるという事が救いだと蹴散らしていけばそっと腕を引かれる。何だとそちらを見れば服を漁って何かを探している姿が見えた。
「貴方本当に丸腰できたのね……護身用の武器ぐらいは持っておきなさい」
そう言って小さい拳銃を渡される。装弾数も少なく可愛らしい銃だ。一応安全装置の確認をして胸ポケットに突っ込み再び突撃した。
階段はもう蛇の巣ではないかと思うぐらいに蛇が溢れかえっている。もう地面が見えない程だ。
「爆竹あれば楽なんですがねェ」
「爆発で一気にふっ飛ばせれば、さぞかし心地いいと思いますが破片が飛び散って余計危ないですわ」
しかし、ここを進まねばならない。足で蹴り、踏み潰しながらちまちまと進む。たまに噛まれたりしたが元は吸い出す為の道具なので毒やらは持っていなさそうだ。牙に残った血液による感染症は怖いが。
半分まで進めば後ろからバールで殴りながら二人程加戦に駆け付けてくる。どんなに壊しても壊しても後ろも前も埋もれそうになる。首や足に纏わりつかれれば転びそうになった。ぼろぼろになりながらも何とか最下層にたどりつく。
踊り場に足を踏み入ればあんなにしつこく纏わりついて来ていた蛇はスルスルと離れ、階段に戻って行った。気味が悪い。
「……帰る時にコイツら黒幕に何とかさせましょう。ええ、絶対、絶対に!」
所々噛まれたり巻きつかれてバッチリ決めていた髪型やメイクが崩れている。こんな時にそんな綺麗に身を整えるからと呟けばギロリと蛇のような目になり睨まれた。
「古代より化粧と言うモノは魔除けも兼ねてますのよ?ニホンの武将も戦に行く際は戦化粧といって紅を塗ったなど言われてますわ!」
ぐりぐりと口紅の付いた指で顔を弄られる。化粧の由来など知らなかった。しかし口紅を瞼に塗りたくるのはやめて貰えないだろうか。
「お、いいねぇ!古本、お前男前度がグンッとあがったじゃねぇか」
「ぎゃはは!隈取みてぇ!歌舞伎役者かっての!」
散々な言われようである。鏡が無いのでどうなってるか分からないが酷いことに変わりはないようだ。拭ってしまおうと頬や口周りを擦る。袖は真っ赤になっていてヴァレンについていたほとんどがつけられた事が分かった。目元を拭おうとすれば三人に止められる。ヴァレンは分かるがお兄さん方まで?と首を傾げれば手鏡を見せられた。
「悪い物は目元から入るといわれてますわ。瞼の紅は気休め程度に残しておいた方がいいですわよ」
瞼の上が、真っ赤に染まっている。ヴァレンの方を見れば確かに赤いアイシャドウを使っている。信じていいのかとお兄さん方を見ればうんうん頷いている。
「あ、ちなみに下瞼の紅は歌舞伎だと若さの象徴になるぜ」
歌舞伎好きなのか。特に知らなくてもよかった雑学をありがとう。
息を整え、時計を確認する。時刻は9時過ぎ、儀式が始まる一時間前だ。ここで時間まで待とうかと提案すればすぐに却下された。
「相手はこちら側の侵入に気付いている可能性がありますわ。そう言った輩がする事と言えば人質の始末や出来る事なら儀式を早める事。今回人質はいませんので儀式早める事一択のみですわ」
「途中でやめて逃げるなんてことはないんで?俺なら逃げます」
「貴方の国の有名な降霊術にもあるでしょう?コックリサンとやらに。呪術的なものは途中で辞めると何をされるかわかったもんじゃありませんわよ。途中で振り返ってはならない、途中で手を離してはならない。よくある話よ」
なるほどなるほど、確かに一時期そんな話題が学校ではやっていた。今回の件はちょっとヤバい集団コックリさんと同じようなモノなのか。ではもうこの扉の向こうには儀式を行っている可能性があるという事らしい。少し待ってくれ、すごい嫌な事が頭をよぎった。
「え?今から邪魔するんですよね?俺らに被害とか」
「んなもん気合いで跳ね返しますわよ。呪われたら腕のいい祓い屋や拝み屋ご紹介しますわ。神父でも牧師でもいいかしら?」
なんてことだ。帰りたくなってきた。治療費は出してくれるんだろうなと恨めしい目を向ければ鼻で笑われる。目がこのチキン野郎と罵っているのが分かった。目は口ほどにモノを言う。
震える心を叱咤して、ドアノブに手をかける。扉に耳を当てても冷たい温度しか伝わらない。ヴァレンも耳を当てるが聞こえないらしく首を横に振る。ならもう、強行突破するしかあるまい。それぞれ顔を見合わせ、頷く。そして
「御用改めであるですわァオラァ!!」
作戦2、勢いに任せて突撃開始だ。勢いよく扉を開け放つ。それにしてもなんだその掛け声は、どこの幕末の武人だ。
そんな掛け声にあっけにとられたが、すぐに正気を取り戻し辺りを見渡す。正気は取り戻さない方がよかったのかもしれない。
白い塊が地面のそこかしこに出来上がっている。それは、よくよく見れば人が蹲って出来上がっていたのが分かる。それはピクリとも動くことはなく、ただ、ひたすらに同じ言葉を繰り返していた。
『太古ノ』『大蛇』『今此処ニ』『我ラノ身ヲ』『捧ゲル』『捧ゲル』『復活ヲ』『復活ヲ』『復活ヲ』
数人の声はこだまして、何百、何万人の声のように聞こえる。ただの声なのに、言いようのない威圧感があり頭がグワングワンとゆっくり大きく揺らされているようで気持ち悪い。立っている事が辛くなってくるほどにうるさい。吐き気もする。
「しっかりなさいな!」
頬に衝撃と共に崩れ落ちる。ついでに蹲っている信者に倒れかかった。衝撃のおかげで気分は少し良くなった。床に転がっていてもとり憑かれたかのように詠唱は止まない。虚ろな目は何処も見ていない様に感じる。トランス状態に入っているんだと勝手に納得して差し出された手を掴んで立ちあがった。立ちあがった先には光る地面の模様を消しながら信者を次々気絶させて行っている二人が見えた。
「魔除け、効きませんでしたね?」
「初めてこんなのに触って気分が悪くなるだけなら効いてますわよ。あの方達入ってすぐ一瞬気絶してましたわ」
もう手が痛いと少し赤くなった手を軽く振っている。三人それぞれにビンタして起こしてくれたのか。もう少し優しく起こしてくれてもよかったのだが。
ブツブツと唱える信者を縛って辺りを見渡す。ここにはコイツら以外にはいなかったようだ。眼前にある赤黒い水槽は中身が無くなっていた。ここまできて教祖と青桐の姿が見えない。
「ちょっと資料室とか仮眠室とか見てきましょうか?」
「なら二手に分かれましょう。そちらの方が効率がいいわ」
「じゃあワシら見てくんでお嬢と古本はこの辺り調べといてくれや」
それぞれ別れるが全く見当がつかない。空っぽの水槽に近寄る。ガラスは微妙に温かく、ここについ先ほどまで何かがいた事を思わせた。なにか動かす装置やボタンは無いだろうとウロウロ辺りをぐるっと見渡しても何もない。手詰まり状態に両手を上げる。
「上手くすればここに青桐か教祖辺りがでてきてくれると思ったのですが、あてが外れましたのでしょうか?」
「突然呪文が聞こえなくなったり、供給が切れたら誰でも怪しんで出てきてくれますからねェ。下っ端ならば女帝にお任せ、黒幕直々ならば最高。とっ捕まえて吐かせますのに」
物騒な会話をしながら地面の模様を見る。前回の訪問で潰した場所も綺麗に直されていた。それ以外特にかわった場所は無い。
上から水槽を見れる場所に上る。よく見れば水槽の底に大きな印が薄らと発光しているのが見えた。ひらがなの『み』にも似た奇妙な印だ。ヴァレンを呼べばその印をみて、考え込む。知っているモノなのだろうか。現状打破のきっかけになりそうか心配になってきた。ただの模様ならどうしよう。
黙りこくってしまったヴァレンに声をかけようとしたらガッと肩を掴まれた。ヒイィなんて情けなく声が漏れるがヴァレンの顔はご満悦で満面の笑みだ。
「よくやりましたわ!ここに突っ込みますわよ!」
そのまま水槽に飛び込もうとする。突拍子もない行動に慌てて止めに入った。
「いやいやいやいや!?今水も何もないんですぜ!?落ちたら怪我待ったなしですぜ!?」
「なによ、貴方も入りますのよ?それとも怖いのかしら?大丈夫ですわ。運が良ければオオシロ様の本体に間近でご対面出来ますのよ?」
「は!?いや怖いもなにも怪我しますって!?下手したらこの高さ頭打って死にますよ!?」
「ごちゃごちゃうるせぇですわよオラァ!さっさと行きなさい!」
ドンッと背中を押されて身体が中に浮く。内臓の持ちあがる感覚が身体を支配した。落ちている、自分は今落ちているのだ。こんな高い位置からの受け身の取り方など全く知らない。上からは続いてヴァレンが落ちてくるのが見えた。
ああもう南無三!と固く目を閉じて来るであろう衝撃に頭を守るようにして備える。そろそろ地面だろうかと薄眼を開けた瞬間に、思っていたよりも随分小さい尻への衝撃に呻いた。目を白黒させれば、可憐に着地しているヴァレンと目が合う。
「なんてみっともないのでしょうね?」
憐れんだ目を向けるがなんも説明なしに紐なしバンジーしたら誰でもこうなる事間違えなしだと思うのだが。自分を見てクスクスと隠さず笑う悪魔をジドッと睨んだ。
「昔、似たような模様による場所移動のギミックがありましたの。似ていて同じではないから少し心配でしたけど大丈夫だったみたいね」
その心配が本当になって大怪我した時の事は考えないのか。最近、彼女は大胆というか大雑把なのではと疑い始めている。
移動してきた場所は何処かの地下水路だろうか。袋小路になっていて進むべき場所は分かるのは幸いだ。薄ら潮の香りがするのであの場所から近いところだろう、流れていく水はこれまた赤黒く鉄臭い。
立ちあがり目を慣らして道を見れば数名の足跡が見える。最近も出入りしていた形跡もあるのでここで間違えなさそうだ。
お互い、銃弾を装填する。最終決戦と行こうではないか。先に自分が行き、様子をうかがう。後ろは彼女に任せた。




