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語り部奇譚  作者: 缶詰
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葬式

 雨だ。ぽつりと小さい水が頬に当り、重力に従って落ちてゆく。

 今日の天気予報では晴れのはずだったのだが、雨は次第に強くなっていくばかりで、一向に止む気配が無い。

 まるで、兄の死を悲しむかのように、空が泣き始めたようだ。我ながらポエマーの様な事を思いつく。

 冬の、寒さが本格的になってきたある日、突然に兄は、古本屋典(ふるもとおくのり)は死んだ。その近日はいつも通り笑って騒がしかったのに、人知れずコロリと亡くなった。

 勇気があって、優しくて、顔も頭も人当たりもよかった、自分とは正反対の勝ち組の兄が、どこかの山奥で上半身がペシャンコのぐちゃぐちゃな肉塊になっていたそうだ。遺体は写真のみ見せて貰えたが、最初はコレが人であった事などわからないほどで、母は気絶、父は嘔吐と、こちらも酷い有り様であった。

 コレは兄ではない、別の人だ。自分を含めた家族誰もがそう思っていた。しかしその願望は、警察で行なわれた検視であっという間に打ち砕かれ、この肉塊が兄本人だということが判明。判明した時の空気の悪さというものは、生きた心地が全くしない。濁った溝の中のように重苦しいものであった。

 それからというもの、トントン拍子に葬式の準備が始まり、資金の調達だの会場だの坊さんの用意だのと瞬きする間もなく気がつけばもう葬儀当日。なんともまぁ

「……あっけねェもんだねェ」

 独りごとを呟き、空を仰ぐ。雨は本降りになってきていて、目も開けられない。たくさん来ていた弔問客も雨なぞ気にせずに、ひたすらに死者との今生の別れを嘆き悲しんだ。空にも、周りの人間にも泣かれるなんて、全く罪な男だ。

 ふと、泣き崩れる母と、悔しそうに拳を握る父の背中を見つめる。彼らのもとに残ってしまったのは、落ちこぼれでみそっかすな、ろくでなし代表の自分一人。思わず、乾いた笑いが出そうになったのを寸前で堪える。

 嗚呼、兄よ、涙すら出ない、笑ってしまいそうになった薄情な弟をどうか許してほしい。

 もう一度、忌々しいこの泣き空を仰ぎ見た。こうしていれば涙を流しているように見えるだろう。乾いた両目に降りかかる雨は多少沁みる。

 水を吸って重く、黒くなる背広は、まるで自分の心情を表しているようだった。

 事件の捜査が打ち切られたと警察から連絡が来たのは、葬式から三日後の憎たらしいほどの日本晴れな春の日だった。

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