第13話 「ロマンチックじゃないですかぁ」
「こちらが大広間です。先日夜会で使ったのでご記憶でしょうけど」
とりあえず、無難に城案内でもすることになって、ユミルは両皇子を従えて、ヒュールバーグ城内を練り歩いていた。
従者2名もそれぞれ面白がるような様子と複雑そうな表情でついてきており(ゲーリーとセシルのどちらがどちらかは言わずもがなだろう)、さらにその後ろにどきどきしながらシアがついている。
とはいえ、所詮田舎の小城。狭い城内なので、数日居れば覚えられる。迷うほどのこともない。
今更だろうとは思ったものの、レヴィン皇子の希望で、アルフ皇子も反対しなかったとなれば否やはない。軽い散歩だと思うことにした。
「まあ大広間とはいえ、皇国の皇子から見れば小さなものでしょうが……眺めはなかなかでしょう?」
バルコニーへ続く大窓を開くと、秋風がさぁっと吹き抜けて、ユミルたちの髪を揺らす。
山がちなこの国では、城下も起伏が激しく、街より一段高いところに建っている城からは、青空の下、そびえる山脈を背景に、下の街が一望できた。
よく整備された白い石畳の坂道、色とりどりの屋根。夜とはまた違った眺望だ。
「えぇ……本当に。素晴らしいですね。平らかな私の国では見られない光景だ」
柔らかな色の目を細めるレヴィン皇子。アルフ皇子もひとつ深い呼吸をした。そしてほぼ同時に、
「やっぱり良い家が多いな……家紋が堂々飾ってないところをみると商家ですね」
「良い立地だな……攻めるに難く守るに易そうだ」
とつぶやく。
対照的な感想に、ユミルは思わずくすっと笑った。
「ふふ、なるほど。見るところはそれぞれですね」
それから下の街をさっと手で示す。
「これが小さいながらも我が王都です。あの辺り一帯は魔術街ですが、それ以外はレヴィン皇子が仰るとおり、商家が多いんですよ。親父殿の国政で色々とね。誘致してありますから。
それからアルフ皇子、確かにかなりの持久戦にも耐えられるように設計されているそうですが……この城の回りを軍が取り囲んだことは、ヒュールバーグ建国以来一度きりです。まあ賢明な王が多かったんでしょうね。それなりに」
軽い口調で言った言葉に、レヴィン皇子は興味を引かれたようだ。
「姫は戦争に反対派なんですか。愚かしい行為だと?」
「魔女は、ヴァイツァーの信徒が思っているほど好戦的ではないんですよ。それに、そんな精神論以前にこの国では――あら」
台詞の途中で、ユミルは下の庭から彼らを見上げる衛兵の姿に気がついた。警邏中なのだろう。
にこやかに笑って軽く手を振ってやる。姫君の服装のせいか、隣に皇子たちがいるためか、今日はカチカチに緊張した敬礼を返された。
「そうそうアルフ皇子。お暇な時間があったら、彼らに付き合ってあげてくれますか? 滞在中の憧れの英雄が、気になって仕方ないみたいなんです。稽古なんかつけてあげたら、きっと涙して喜ばれますよ」
思い出してそういってみると、黒衣の皇子は、「大げさだな」と苦笑しながらも、
「……確かに暇な時間が多いからな……。そちらが構わないならぜひ仲間に混ぜて欲しいと伝えてくれ」と承諾した。
「えぇ、分かりました。楽しみですねぇ……ふふふ。じゃあ今日の午後にでもさっそく。わたし見学しますね♪」
妙に黒い笑顔を浮かべて、ユミルは下の兵士に「アルフ皇子を囲む夕べに参加したいヒトは、今日の午後の練習時間に兵舎の訓練場に集まるように言っておいて~」と大声で伝えた。
それを見てアルフの顔に一瞬「しまったか」という後悔の色が走り、レヴィン皇子が小さく笑う。
が、下では、ユミルの言葉に歓喜した衛兵がすでに兵舎に向かって連絡に走ってしまっていた。ついでに背後では、
「……姫……いったいなんの夕べですかぁ、ソレは……」
情けなさそうにぽつんとつぶやくシアの隣で、ゲーリーが大ウケしているのだった。
「それから、こちらは書架になってます。当たり障りのない本ばかり並べてあるので、こちらでは自由に閲覧可です。お暇でしたらどうぞ」
ユミルの案内は続く。彼女が両開きの扉を引くと、本特有の香りがふっと漂った。
室内にはずっしりと中の詰まった大棚が並んでいる。
「隣が閲覧室になってますので、そちらで読んでもいいですし、数冊なら持ち出してくださっても結構ですよ。……お二人は読書、お好きですか?」
ふと尋ねてみると、なぜかいきなりシアが「えぇええええ!?」とか叫んでのけぞった。
「ど、どーしたんだ、お嬢ちゃん?」「し、シアさん?」
ゲーリーとセシルが心配そうに様子をうかがう。
「……わたし、ヘンなこと言った?」
ユミルがきょとんとすると、シアは急に恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「あ、いいいいいえ、そのぅ……ただ、姫が。なんだかふつーにお見合いの席みたいなこと仰ったんで……」
「…………あのねぇ……」
何をそんなこと程度で、とユミルが言う前に、レヴィン皇子がぽん、と手を打った。
「あぁ、確かに、単純に個人的なことを聞かれたのは初めてのような気がしますね」
「そういえばそうだな」アルフ皇子まで同意する。
自分以外の人間に、うんうんと納得されて、ユミルはむぅ、と腕を組んだ。
「言われてみるとそうなのかなぁ……。じゃあ多分、皇子がたに興味がわいてきたんでしょう。個人的に」
いかにも些細な事のようにさらりと言って、「で、この奥がですね」と平然と歩き始める。
数歩分、取り残される一同。
「……良い傾向、と喜んでいいんでしょうか?」
レヴィンに笑いを含みながら尋ねられて、アルフはそっけなく肩をすくめた。
「……さぁな」
閲覧室の奥は、肖像の飾ってある回廊になっていた。
「ここは代々の王家の肖像画が飾ってあるんですよ」
立派な重々しい額に飾られて、全身像を収めた大判の絵画が並んでいる。
一番手前にはもちろん、現在の国王の絵。
普通、このように描かれれば、たいていの人物なら風格ある姿に見えるものだが――。
「いい腕の絵師ですよねぇ。原物に忠実に冴えない絵でしょう」
ユミルがくすくす笑う。
「ひ、姫ぇ~~そんなこと仰らないでくださいよぅ……」
……まぁ、確かに平凡な顔立ちだの貧相な体型だのちょっと薄い頭髪だの、まさしくそのままだったりするが。
「鷹揚な君主なんですね。美化しないというのは潔いですよ」
ここでレヴィン皇子がにっこりと絶妙なフォローを入れた。ただ。
「レヴィン殿下、そのご尊顔でそーゆーこと言われましてもねぇ……下手に聞くと嫌味ですぜ?」
ぽつりとこぼしたゲーリーの言も的を射ている。
「そうかな?」とレヴィンが首をかしげると、セシルまで言い難そうに首肯する。
「恐れながら……聞きようによっては」
「でも、本当にそう思うんだよ。……見栄なんて下らないものに振り回されない英明な王だ、と」
軽口のようなさりげなさだったが、その言葉にユミルは妙に真摯なものを感じた。
(あれ? コレって意外と……う~ん、レヴィン皇子って情報通っぽいし、親父殿のこともアレコレ調べてるのかな)
凡庸な外見の裏に隠された老獪な手練を、どこかで聞き知っているのかもしれない。
そんなことも調べているとしたら――。
(やっぱりただふらふら遊んでるワケではないよね……)
などとぼんやり考えながら歩を進める。
立派なヒゲの紳士。青いドレスの淑女。幼い少年王。何枚もの絵の前を通り過ぎていく。
「母の肖像はここにはないんです。一応生前に描かせたものがあるんですが、魔女はあまり姿を残すのを好まないから、別にしてあって。後でそこもご案内しますね……」
そして、その最奥。
一つの大きな額の前に、小さな影がひとつあった。
絵を見上げるようにしていた黒い毛皮がふり返る。
薄暗い室内でよく光る琥珀色の瞳。
「あれ……ルナー。こんなとこにいたんだ」
王女が抱き上げると、猫は肯定するように「にぃ~」と小さく鳴いた。
「……以前も見た猫だな。こんなところに放していて平気なのか?」
絵や書物を心配してか、アルフ皇子がそんなことを聞いてくる。
「平気ですよ。この子は特別ですから。それで――これが」
と、ユミルはルナーを抱いたまま、正面の絵を見上げた。
ゆったりしたローブに身を包んだ、凛々しい青年だ。
「ヒュールバーグ建国王。暁のヒメルです」
魔術王国の建国史は語る。
それはローゼンクロゥル成立に遅れること100年ほどのこと。ある魔術師が山に住む魔女に恋をした。
彼は誠意を尽くし、あらゆる美しい物を贈り、百の恋の言葉をささやくが、その想いは叶わない。
魔女の冷然とした態度に、彼は思わず口を滑らせる。
「私の恋の証に、貴女のために日の出を早めて見せましょう」
もちろん、そんなことは魔術を使っても不可能だ。
思い余った彼は、朝日の代わりにと山の一角に火を放ち、魔女は激怒する。
彼女の『庭』である山の一部を焼いた罪の償いに、魔術師はその地の管理を命じられた。
彼は恋の痛みに耐えながら、その地を切り開き、国を作った。
「それが、今日のヒュールバーグ王国の始まり……だそうですね。どうも情けない話ですが」
それこそ冷然たるユミルのコメントに、シアが頬を膨らませる。
「えぇ~。ロマンチックじゃないですかぁ~」
どこが、とユミルは思うのだが、恋に苦しむ青年王の姿を想像すると、きゅんとくる、のだそうだ。
「ということは……姫の代には、この土地が再び魔女の手に戻る、とも言えるんだな」
思いついたようにアルフ皇子が言うと、ユミルは軽く瞬きした。
「ああ……そういうことにもなりますか。でも、どの程度の信憑度かは怪しいものですけどね。しょせんお話ですから」
「魔女からすると、どうなんです? この建国史は」
「う~ん、確かに、この辺りは古来『カーディフの庭』ですが……ちょっと。魔女にも色々いますから断言できませんが、『庭』の管理、なんてことに心を砕くヒトはまずいないですね。そりゃ近所を燃やされたら薬草とか損なわれて怒ると思いますけど、それが転じて国造り、となると。魔女にとっての『庭』は、国とは概念がずいぶん違いますから」
苦笑交じりにユミルは首を横に振る。
「……でも……作り話ならその方がいいんじゃないですか」
控えめに立っていたセシルが、ぽつんとつぶやく。
「そらまたどーして」
「だって……もし本当なら、建国王の悲願を果たしたのが。
――あの国王陛下、ということになるんですよ?」
「……」
「…………」
「………………」
なぜか、しばし沈黙が辺りに流れる。
「ふぁ」とルナーがひとつ大あくびをし、するりとユミルの腕を抜けて悠然と歩き去った。
「おぉ、娘や。殿下たちをご案内しておるのかね。良いことじゃ。仲良うして頂くのじゃよ」
廊下でユミルたちと遭遇した国王は、相好を崩した。
相変わらずの貧相な外見で、王の正装が気の毒になるくらいに浮いていた。
「親父殿はこれから謁見ですか」
またあの椅子に座ってるんだか座らされてるんだかのご大層な王座に、スペース余剰で何時間もつくんだろう。
「ご苦労様です――あ、あちらに行くと、謁見室に出るんです」
ユミルが廊下の先を指しながら、背後をふり返る。
アルフ皇子は無表情。レヴィン皇子はにっこり。シアはうつむいて肩を震わせており、セシルは少し気まずそう。ゲーリーは頬とこめかみがぴくぴく。
なるほど。と、なぜかユミルは納得した。
「そうじゃ、娘よ。そういえばのう。頼みがあるのじゃが」
「またロクでもないことですか」
「おぉ……なんということを言うのだ。たった一人の父の頼みを」
「中年男が泣きマネしても、ヒトを呆れさせる役にしか立ちませんよ」
「何を言う。人によっては不快感や恐怖を与えることもできるのじゃぞ」
「なに無駄に開き直ってるんですか。親父殿にはその迫力もありませんよ。それでは失礼して――」
「こらこら娘や。何気にうやむやにせんでおくれ」
「本題になかなか入らないのは親父殿の方でしょう」
「そうじゃな、すまんすまん。実はの、明日、アンデゥル国からの使者殿との面会予定があるのだが。少々他の予定が。なので、そなた代わりに話をしてみておくれ。何、さしたる用件でもないし、先日の夜会で社交に顔も通るようになったことだし」
「……アンデゥル国ですか。そーゆーことですか」
ふぅ、とため息をつくと、ユミルは再度後ろを振り向いた。白衣の青年に向き直る。
「……そういえば、アンデゥル国は、ローゼンクロゥルにゆかりが深いですよね」
というか、かなり露骨に西の帝国にすり寄っている、大陸南西の小国だ。
「おぉ、きっと使者殿も、レヴィン殿下に一目お会いしたいと言い出されるじゃろうなぁ」
それは重要皇族の機嫌うかがいは大切だろう。
「……棒読みになってますよ、親父殿」
「そなたこそタイミングがわざとらしかったぞ」
軽く罵り合う親子にも動じず、レヴィン皇子はゆったり微笑んだ。
「御使者のお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」
「アンデゥルのドルト男爵ですよ」
皇子は、ほんの少し考えていた。軽く首を傾けると、さらっとまっすぐな髪が揺れる。
「……そうですね、私も面識がないではありません。ご挨拶したいですね。姫にご一緒してもよろしいですか? 余計なことは言わずに立っているだけですから」
「えぇ、えぇ、もちろんですとも。公の場には不慣れでウカツな娘ですが、よろしくご指導お願いいたしますぞ」
国王は、今にも手を叩きそうな喜色を表し、彼の気が変わらぬうちにというように、そそくさと立ち去っていった。
ユミルはそれを見送って、苦笑しながら、ちらりとレヴィン皇子を見上げた。
「……分かってて引き受けましたよね?」
「何のことですか? 私は陛下と姫にいいところが見せたくて、つい」
「……ふふ。精々良い所見せてください」
にやり、と笑いあってから歩き始める二人に、アルフ皇子もやれやれという感じでついていく。
シアも歩を進めようとして、従者の2人の足が止まっていることに気がついた。
(ああ、そういえば……)
「……ぷっ……くくく、なんつー面白れー親子」
「魔女……やっぱり魔女……」
国王とユミルの素のセットをみるのは、この2人には初めてだったか。




