第七話 傭兵ギルド
僕が知る限り、傭兵ギルドは、冒険者ギルドが衰退していく中、いちはやく離脱して独立した組織である。その運営形態は質素なものだ。小さくも機能的な職場で、傭兵たちの仕事が管理されている。
左右に屈強な傭兵たちを従える、髭の傭兵長バルクは言った。
「旧冒険者ギルドだと? 俺たち傭兵ギルドは今も昔も商隊を護衛するだけだ。これまでずっとそうしてきたし、これからもずっとそうしていく。誰の手助けもいらない」
「その商人たちが一斉に避難を始めているんですよ」
「知っている。魔女シズネリが王都陥落を予言したんだろう?」
その通りだ。もう噂は王国じゅうに広まり、商人の中にも避難をする者が出始めている。いくら直に予言を聞いたとはいえ、僕が今から伝えられることはそんなに多くない。
ドワーフと見紛うほどに髭の生えた傭兵長のバルクは、旧冒険者ギルドからの使者である僕こと半妖精のヒューレットと、エルフのナルシアを値踏みした。
「で、俺たちに、幾らで、何を依頼するつもりだ」
「ここに金貨一万枚の小切手があります。戦争になったら、全ての商人と市民と農民たちを護衛し、安全にリヨンまで導く。そして王都ノルディーへの反撃の際にはそれに参加する。これを依頼したいんです」
「旧冒険者ギルドにそんな金があるとは初耳だが?」
「国王陛下と『契約の呪文』を交わしました。『金貨九万枚で国を助ける』と」
「残念だが古臭いまじないごとは信じちゃいない。支払われる当てが無い小切手なんか受け取れんね」
僕は困った。この呪文がどういう性質ものなのか、くどくど説明しても、彼は納得しないだろう。彼にとっては、生まれたときからあった傭兵ギルドこそが本流で、旧冒険者ギルドなどとは一切関係を持っていないと思っているに違いない。だがそれは大きな間違いだ。
傭兵ギルドは元をただせば冒険者ギルドのいち部署に過ぎない。その負の遺産は相続されているのだ。
「使いたくなかったけど、しょうがないですね」
僕は背中のリュックから一つの棒を取り出した。見た目はもろにひのきの棒である。
『汝は契約を違えるか?』棒が喋った。
「一体何の話だ――痛っ!」棒が浮遊し、傭兵長バルクの頭を打った。
『汝は契約を違えるか?』
「だから何の話――痛っ! 二度もぶった!」再び棒が頭を打った。
『汝は契約を違えるか?』
「分かった。分かったから打つな!」棒はふよふよと浮遊している。
「で、これはなんだ」バルクが質問した。
「全自動契約遂行器、ひのきの棒ことヒー君です」
「だからそうじゃなくて! 何で俺が打たれなくちゃならないんだ!」
「知らないかもしれませんが、傭兵ギルドは、旧冒険者ギルドの下部組織として発足、のちに独立しました」
「だから?」
「だから旧冒険者ギルドが誰かと契約したら、傭兵ギルドも契約したことになるんです。もう一度言いますが、旧冒険者ギルドは国王陛下と『契約の呪文』を交わしました。『金貨九万枚で国を助ける』と約束したんです。この契約を破るとヒー君に叩かれます。ちなみにヒー君はまだ穏健派で……」
僕はなるべく分かりやすく説明したつもりだったが、向こうは思い切り頭を抱えていた。状況を咀嚼するのに時間がかかっているらしい。なんでだ? なんでギルド長の俺が棒で叩かれるんだ……怒っていいよな? 怒るべきだよな? などと自問自答の言葉が飛び交っている。
「じゃあ金貨一万枚の小切手は置いていきます。金貨二万枚までは現金化してあるので、換金方法については石工ギルドの戦時代表に相談してください。依頼のほう、ちゃんとお願いしますね」
「よくわからんが、金はあるんだな。なら分かった。しかし、ヒューレット」
髭のバルクはナルシアと共に歩み去ろうとする僕を呼び止めた。
「お前みたいな小妖精に国家の命運が握られているのかと思うと、俺みたいな人間は、なんか泣けてくるよ」
「そうですか。よくわかりません。僕は生まれてからこっち、ずっと旧冒険者ギルドの業務を遂行しているだけですから」




