第三話 石工ギルド
石工ギルドの地下深く、僕ことヒューレットはやってきていた。
自然石は最古の建材のひとつである。しかし頑丈で長持ちはするものの、加工が難しく、コストのかかる建材でもある。そのため、城壁・宗教施設・護岸・道路・橋梁など、重要とされた分野で石が使われてきた。石工ギルドは、そういった事業にかかわりあう専門的な職業として、古くから確立されていた。
このフラックランド王国でもそれは例外ではなく、石工ギルドは暗黙のうちに存在し、ありとあらゆる公共事業を束ね、また銀行業をも兼ねてきた。冒険者ギルドを作るにあたっても参考にされた、はるかに古い秘密組織である。
秘密組織との交渉ということで、今回は危ない。危ないので、護衛にエルフのナルシア(旧冒険者ギルドのアルバイトだ)をつけている。
エルフに特徴的な耳はピンと立っており、緑の長髪と迷彩服は景色に溶け込む。そして全てのエルフがそうであるように、ナルシアは感情をほとんど表に出さない。とはいっても、僕ことヒューレットとは長い付き合いで、彼女の考えることはだいたい分かるのだが。
僕は門に張り付いた護衛を眠りの雲で強制的に眠らせると、白昼堂々と石造りの館に侵入し、石工ギルドの幹部に接触した。
「何の用だ小妖精」
「グルーグさんからの手紙をもらいまして、こうしてあらためて参った次第です」
「誰かと思えば、ぺこぺこ謝りのヒューレットか。少ししか時間は取れんぞ」
「かまいません」
上等な絨毯の重なる上、座椅子に座り、頭に黄色いターバンを巻いてパイプをくゆらせるこの男が組織のナンバーワンだと、僕の記憶が告げている。グルーグさんからは、この前旧冒険者ギルドへの苦情の手紙が来たばかりだ。おかげで会う口実にはなった。
そして僕は喋った。
魔女シズネリの予言。拡大する闇の勢力。かくかくしかじかで十万の軍勢が船で南下。そんなこんなで王都滅亡。説明終わり。
「で、あんたの言うような大戦争が起こるとして、だ。俺たちに何をしろと?」
「大掛かりに傭兵を雇うのに、戦費を調達したいんです」
僕は思い切って言った。
「ここに旧冒険者ギルドの発行した、金貨二万枚の小切手があります。これを現金化したいんです」
「……あのなあ、俺たちは錬金術を持ってるわけじゃないんだ。銀行ってのは金貸しだ。俺たちはその元締めだが、無限に金を使えるってわけじゃあないんだぞ」
「昨日事務所に戻った後、何の抵抗もせずフラックランド王国が敗れた場合のあなた方の損失を計算してみましたが、だいたい金貨四万枚でした。金貨四万枚のマイナスです。それに比べれば、二万枚は実際安いと思いますが」
「てめえ……俺たちを脅すつもりかよ!」
先走った幾人かが剣を抜き放ち、僕に飛び掛る。エルフのナルシアは僕を狙う刃を、それだけを狙って切り落として行く。剣が剣の刃を切り、叩き折る。その無駄に超絶した技量は、「ソードブレイカー」のナルシアとして有名である。
「僕はあくまで交渉に来たつもりですが……交渉決裂。あなた方は王国の財産全てを戦禍によって失う。かわいそうな石工ギルドは破産して消滅する。ということでよろしいですか?」
僕は席を立とうとする。
「まあ待て。金貨二万枚は一度には準備できん。まず金貨一万枚。それに一週間後、追加でさらに一万枚を用立てるということでどうだ? もちろんこの話が全部済んだあとには、利息をつけて返してもらうが……」
僕は無言である。それだけでは足りない。この国が戦争に勝つためには、古来より続く石工ギルド全部を巻き込む必要がある。
「分かった分かった。その戦争が起こるまで、城壁と砦の補修を最優先する。国が滅ぶと聞かされて、石工ギルドは我先にと逃げ出したりはしない! 石工ギルドからは戦時代表を選出する! その者に必要なものを全部伝えてくれれば、何でも用意しよう」
「それなら交渉成立ですね。とりあえず、三十万人分の布と水と食料、でしょうか」
僕はにっこりと笑って言った。
笑い顔には自信があるのだが、今回に限っては、なぜだか相手は笑ってくれなかった。




