第二話 魚屋ギルド
「冒険者ギルドなんてものはもうとっくに辞めた。海賊行為もやってない。うちは健全な貿易商だ」
そう魚屋さんのチップスは言った。
魚河岸では生きたニシンが大量に売買されている。これを加工して国内に売るのが、現在の魚屋ギルドの主な商売だ。
相手は忙しい取引の仕事を邪魔されて、苛ついているように思えた。そりゃあ、子供のような小妖精に説教されるのは、大抵の人が苛つくだろう。でもここは大事な点だから、面と向かってゆっくりと説明しないといけない。
「残念ですが魔女シズネリが予言しました。北方から十万の兵力が海を渡ってくると。何か心当たりはありませんか?」
「ここ一ヶ月、北回りの、イーグランド経由の船の失踪が相次いでいる。噂じゃクラーケンにやられたんじゃないかという話だが。まさか……イーグランドが何者かの手に落ちたのか?」
「そのまさかじゃないでしょうか。彼らは捕虜になって、この国の、フラックランドの港町の造りを吐いている可能性が高いですね」
フラックランドというのはこの国の名前だ。海に面していて、ニシン漁と貿易が盛んである。ただ獲るだけではない。燻製にし、あるいは缶詰に加工し、王都ノルディーをはじめとする都市に売りにいくまで。ひいては別の国と交易するまで。それがこの巨大な魚屋ギルドの実務内容である。
「おい! 今日の午後、イーグランド便が出る予定だったな!」
「へい親方。それがどうしました?」
「今回もたっぷり儲けるって話をしてたところですが」
「中止だ中止! 二週間後には戦争だ! 魔女シズネリの予言した大戦争だとよ!」
荷物の積み込みが中断され、今度はその積み下ろしのために人々が動き始める。
僕は背負ったリュックを下ろし、その中から小切手を取り出した。冒険者ギルドの名において、金貨一万の額を記載、提示する。
「こんな額を支払えるのか?」
「どのみち、このままあなたたちが死んでしまえばただの紙切れですよ。至急、海賊ギルドを集めてください。これは百年前の海賊名簿です。もう途絶えている家もあるでしょうが、参考にしてください」
僕が事務所の台帳で調べた限りでは、最後に「海賊ギルド」との取引が行われたのは、九十年以上前だ。冒険者ギルドの持っていた船を、大小問わず全部譲渡する。そのかわりこれ以上関わり合いを持たない。請求も賠償もしない。それがその当時の契約だった。
だが、何事にも例外がある。
「我々冒険者ギルドは、『大盟約』に基づく決起を要請します」
「大盟約……大盟約だと! この国が滅んでも戦い続けろと?」
「そうです。『たとえ国が滅びようと、たとえ文明が滅びようと、我らは一つ』」
「そんな盟約は無効だ!」
「それが有効なんです。樹の精霊、宙ぶらりんのミゼットが言うには、海賊ギルドは冒険者ギルドの解体に立ち会わなかった。だからまだ大盟約は有効なんです。『契約の呪文』からは、言葉の魔力からは、誰も逃れられない……それとも試してみますか? 国外に逃亡でもしてみますか?」
「ふざけるな! 海賊ギルドは決して敵に後ろを見せたりはしない!」
言ってしまってから、チップスは決まり悪げに眼を泳がせる。
「じゃあ、契約成立ってことでいいですね」僕は鼻をふふんと鳴らした。
「お前は……一体何者なんだ?」
「ただの苦情係のヒューレットですよ。毎月送られてくるあなたの苦情もちゃんと読んでいますよ、ミスター・チップスさん。今は、そう……ドワーフのお爺さんの代わりに、旧冒険者ギルド長を代行しています」
「お前のようなガキが代行?」
「ガキとは失礼ですね。僕はこう見えても三十歳ですよ。まあ若いと言われるのには、慣れてますけどね」




