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第十五話 大合戦 後

 四匹のドラゴンが飛来した。その守りは固く、その飛行は速い。そのあぎとは風の精霊(シルフ)によって空中に陣取る僕ら空中司令部を狙っていた。


「まあ、当然そうなるよね」僕は言った。

「それで、どうするのだ?」ナルシアが疑問を口にした。

「落ちるんだよ」僕は下を指差した。


 途端に、僕らを支えていたシルフが消滅し、司令部の構成員は自由落下を始める。僕を丸飲みにしようとするドラゴンの口をかわし、僕たちは地上にいる別のシルフに向けてダイブする。もちろん怖いが、高みの見物としゃれ込めるのはこの時点までだ。

 ドラゴンは火の精霊(イフリート)たちに任せ、僕は地上の司令部と合流するべく、ナルシアと手をつないで落下する。だが、落ちる速度を見切った一匹のドラゴンが、こちらに向かってくるのが見えた。イフリートの爆撃支援はまだ来ない。


「やるしかない、か」


 僕はナルシアの手を突き離した。自分の腰に差したアーティファクト、欠片の剣を引き抜く。まるで途中で欠けたような造りの剣だが、これこそが小妖精ハーフリングの腕に合うサイズの剣なのだ。いつか果たされるべき、ハーフリングによるドラゴン殺しの約束を背負った剣。僕が生きているうちに、ドラゴンと遭遇することなどもはやあるまい。


 すなわち、いまがそのときである。


 ドラゴンはあぎとを広げ、通りすがりに、小さな僕を丸飲みにしようとする。僕は身を縮めて待った。三、二、一。ドラゴンが自分を丸飲みにしたその瞬間、僕は身体をばねのように伸ばし、勢いよく剣を天に向けて突き立てた。そこにはちょうどドラゴンの頭があり、欠片の剣はドラゴンの脳髄を鋭く切り裂いていた。剣の柄をしっかりと握った僕は、なんとかドラゴンの胃袋には落ちずに済んだ。


 びくびくと痙攣するドラゴンの口から顔を出し、僕は再び自由落下に身を任せる。下方にシルフによって受け止められたナルシアが見えた。そして僕も同様に、シルフによって受け止められた。僕らは無事、大地に帰還したのである。

 落下したドラゴンへのイフリートによる爆撃が、戦場を照らす。


「『ドラゴンスレイヤー』作戦、成功!」


 僕は血の気の引いた真っ白な顔と、がちがちと鳴るのをやめない歯を隠して言った。

 怖かった。死ぬかと思った。


「馬鹿! 馬鹿なヒューレット! 下手をすれば死んでいたぞ!」


 ナルシアが僕を強く抱きしめた。そして離れて笑った。


「ひどい臭いだな。ドラゴン臭い」


「軍師殿。地上の司令部へ。兵士からの苦情が山のように届いております」シルフを召喚した魔術師が言った。


「はい、いま行きます。そこに苦情があるというのなら、地の果てまでも」


 即席の陣幕が張られた司令部には、僕とナルシアの席があらかじめ空席として確保されていた。早速、苦情の処理を開始する。矢の不足、弾薬の不足、食料の不足、医療品の不足……そんなこんなで苦情と格闘していると、良い知らせがあった。魔王軍の頼みの綱、ドラゴンが全て撃墜されたとの報である。


 戦いは順調だった。ゴブリンとオークの軍勢は、矢の雨と砲撃のために、そしてなにより冒険者部隊と傭兵部隊の攻撃のために打ち倒された。撤退という言葉を知らないゴブリンとオークは、最後の一匹になるまで戦った。平原には無数の死体と、それに突き立てられた剣が転がる。


 闇の軍勢を失い、魔王は去ったのだろうか? 僕らは勝利したのだろうか? 勝利したといっても、完全勝利には程遠い。チョップマンとシャルロットは無事だろうか。最前線にいた兵は皆死んだという噂が立った。その噂の通りなら、彼らは冒険者の夢を見ながら、嬉々として死んでいったことになる。


 司令部から、静かな、とても静かな夕暮れが見えた。

 けれども僕は詩人ではなかったから、それを彼らの死に結びつけて考え、悲しみの涙を流すことは、不可能だった。


 僕にできるのは、苦情処理だけだ。三十年間それをやってきた。失敗は、明日の糧になる。生き残った部隊を再編成し、とりあえずの食料を配給する。冒険者部隊と傭兵部隊は、その多くの命を失った。

 だがこれで終わりではない。僕はそう予感していた。

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