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第十三話 ハーフリング

 夜。こんなに忙しいのに、ナルシアはどこに行ったのだろう。

 僕は苦情処理を中断し席を立つ。ナルシアは旧冒険者ギルドに引き続き、新冒険者ギルドでもアルバイトだ。ちゃんと仕事をしてくれないと困る。


「ナルシアなら、森のほうに行ったぜ」


 それだけ分かればあとは十分だった。僕は森のほうへと駆けた。狼に襲われたりはしていないだろうか? エルフだからそのへんは大丈夫なのか? それとも別の用事だろうか?

 頭の中が疑問でいっぱいになり、僕はナルシアのことを思っていたよりあまり知らないということに気付かされた。


 森のほうからとぼとぼと、ナルシアと別のエルフが歩いてくるのが見えた。僕は咄嗟に茂みに身を隠した。


「森へ帰るつもりはないのか?」

「私はいま新冒険者ギルドの立ち上げに関わっている」

「人間どもの都合などほうっておけばいい。代わりはすぐ見つかる」

「私は今の仕事に満足している」

「誇り高きエルフともあろうものが、ぺこぺこ謝りのヒューレットの下僕に満足するだと?」

「彼は見かけよりもずっと強い」

「どうだかな。戦争になれば、一番先に逃げ出すんじゃないか?」

「彼は見かけよりもずっと賢い」


 盗み聞きした限りでは、エルフの男は僕のことを馬鹿にしているようだった。それは別にかまわない。僕は実際、魔王軍を相手に回して戦争をするような大馬鹿者なんだから。


「婚約者の俺よりも、あいつを選ぶのか?」

「彼は私を必要としている。私がいなくなったら――きっと彼は悲しむ」

「悲しみは一時のことだ。エルフの寿命は長い」


 婚約者……ナルシアに婚約者がいたなんて。僕は何かに打ちのめされたようになった。そりゃあそうだ。あんな美人に婚約者がいないわけがないじゃないか。僕は何を期待していたのだろう。僕は自分の気持ちが落ち込んでいくのを感じた。


「そう、エルフの寿命は長い。小妖精ハーフリングの彼は、いつか私を置いて逝ってしまう」

「ナルシア……泣いているのか?」

「そっとしておいて。すぐ泣き止むから。そう、彼の祖父も、父も、逝ってしまった」


「愛しているのか? ヒューレットを?」

「分からない。でもいつか別れるのかと思うと心が痛む。一緒にいると元気になる」


「分かった。俺はいつまでも待っている。ただ、そのことを伝えたかった」エルフの男はナルシアに囁いて、去っていった。


 ナルシアはふと茂みに目を向けた。やばい。見つかる。見つかった。

 ナルシアはこちらに向けてずんずんと歩いてきた。

 僕は茂みから飛び出し、決まり悪そうにナルシアを見上げた。


「やあナルシア、月が綺麗だね」コツン。頭を拳骨で軽く叩かれる。


「ヒューレット。盗み聞きとは悪いことだ」

「婚約者がいたんだね」

「そうだ。あまりに久しぶりで、朝に挨拶に行くのを忘れていた」


 会話に詰まって、僕は質問した。


「僕の祖父と父を知っているの?」

「ああ、知っている。貴方によく似ていた。黙々と台帳に向かい、苦情を処理し、女心にはまったく気付かない」


「女心? エルフとハーフリングでは、子供は残せない」

「そうだ。ハーフリングはハーフリングと結婚する。その度に私は、死ぬほど辛い思いをしてきた」


 僕は祖父と父のことを、そして僕自身のことを考える。

 なんて馬鹿なんだろう。面と向かって言われるまで、ナルシアの恋心に気付かないなんて。


「知っているか? 『月が綺麗だね』とは、エルフの言葉では『我君を愛す』という意味だということを」


 僕は驚いた。いま自分で発した言葉に、そんな意味があったんなんて。


「その言葉を聞いたときに分かった。私一人では……心が切ないのだ。私は必要とされたいのだ。私には貴方が必要なのだ。ヒューレット……私はもう我慢できそうもない」


 僕たちは熱い抱擁を交わした。合わない背丈をむりやり合わせ、唇と唇を重ねた。互いに愛し合うということは、何と奇妙なことなのだろう。もし僕がエルフだったならなんて、考えるべきではなかった。ナルシアは最初から、ハーフリングであるこの僕のことを選んでくれていたのだ。それだけで十分じゃないか。何度も何度も、僕らは求め合った。


 明日、僕たちは戦争をする。勝ち目があるかどうかは分からない。僕たちはそこで死ぬかもしれない。けれども、一つ確かなことがある。


 僕たちには、それぞれ守りたい人がいる。そのためになら、僕は何だってするだろう。

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