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第一話 突然の予言

 ここは旧冒険者ギルド。冒険者とは名ばかりのならず者たちの巣窟。

 ありていに言えばこの屋敷の一階は酒場になっている。二階には倉庫と僕の事務所がある。最近発明された、電話というのも引いてある。主に苦情を受け付けるために、だ。


 未知の遺跡を漁り、モンスターを追い立てていた百年ほど前の冒険者ギルドの全盛は、今は見る影も無い。山脈と平原にある全ての遺跡は荒らされ、大陸の山からこっち、全てのモンスターが狩り尽くされた。闇の力は消え去り、世界に平和が戻り、そして――冒険者は用済みになった。


 そしておよそ考えうる、ありとあらゆるところから冒険者ギルドに苦情が来た。ギルド長のドワーフは毎日毎日送られてくる苦情の手紙を律儀に部下に読み上げさせていたが、ついに二十四時間処理しても追いつかなくなり、精神をやられて引きこもった。


「冒険者ギルドは潰れた。もう対応はしない」


 その宣言に食って掛かる者がいた。国王陛下である。今までさんざん傍若無人に暴れておきながら、一切対応しないというのでは筋が通らない。最低でも苦情係を置くように。そうしてここは、この屋敷は、晴れて「旧冒険者ギルド」になった。


 僕? 僕はただの苦情係。名前はヒューレット。未だにガシガシ送られてくる苦情の手紙を読み、必要となれば返事を書く。誰にでもこなせる仕事を黙々とこなす、ただの一人の半妖精ハーフリングだ。夕食のパンとシチューを頭に浮かべ、百通ごとにまとめられた苦情の手紙にさっさと目を通していく。いつも通りの退屈な日々。

 

 そのはずだった。

 雪解けの水が清らかに流れる、春うららかな今日という日が来るまでは。

 電話が鳴る。受話器を取る。


「はいこちら旧冒険者ギルド。お名前とご用件をどうぞ」

 

「はい、こちら、シズネリ。来る……闇の民が来る! 海の向こうから十万の軍勢がやってくる! 竜が! 魔王が! 城が燃え落ちる! 城壁が崩れ落ちる! 助けて! 誰か! 誰か助けて――」


 繰り返すようで恐縮だが、僕はただのヒューレット。背丈半分の半妖精ハーフリングだ。

 その立場は、ただの古臭い冒険者ギルドの名目上の代理人に過ぎない。朝から晩まであることないこと罵倒され、平身低頭ぺこぺこ謝り、「でももう冒険者ギルドはこの世に無いんですよ」と最後に言いわけするだけの仕事。

 

 僕はその受話器をそっと置いても良かった。チンという音を聞いてもよかった。そして紅茶アールグレイを飲み、少しの間、窓からの日差しを受けて椅子に腰掛け、エルフのナルシアが起こしにくるまで眠りについても良かった。よく干されたクッションと、石鹸のにおいが残る厚手の上着ベストが、きっと安眠を約束してくれるだろう。

 僕は王都三十万の民が紅蓮の炎に焼かれるのを、指を咥えて見ていても良かった。別に僕が、このちっぽけな半分の身体で世界を支えているわけではないのだ。この世界には信仰も魔法もある。長い目で見れば、たまには異民族が竜を従え、海を越えて襲ってくることだって……僕はそこで現実逃避を止めた。

 

「魔女のやつ、ついに狂ったのか?」この屋敷に憑いている樹の精霊エレメンタル、宙に浮いたミゼットは問い掛けた。

「いや大真面目みたいです」


 電話してきた彼女の名は、広く知られている。

 彼女は予言の魔女シズネリ。

 あらゆる闇と惨劇を事前に察知する、万能アンテナのような、便利で、それでいてまったく大迷惑な存在。

 

「わかりました。旧冒険者ギルドは王国を助けるために全力を尽くします。支払いは――えーと――」

「ごほん。金貨九万枚だ。国一つはその値段だと、この台帳にはそう書いてある」古い精霊ミゼットが咳払いした。

「支払いは金貨九万枚です。びた一文まけられません。ええ、そうです。『契約の呪文』です。この契約は誰にもやぶれません。電話してきたということは、今は森ではなくて王宮に――はい、その場に国王陛下は居ますね? いいでしょう。では物理法則レベルで事象に介入します。電話越しにやるのは初めてですが――まあたぶん――やってやれないことはないでしょう」


「本気か半妖精ハーフリングの小僧? 十万の軍勢と言っていたぞ? 冒険者ギルドの全盛期でもその数を相手取るのは無謀というものだ!」屋敷妖精のミゼットが急いで帳簿をパラパラと高速にめくった。金貨九万枚。そんな大金が動く賭けは、冒険者ギルドが始まってからこっち、前代未聞だった。


「では契約です。『旧冒険者ギルドは金貨九万枚と引き換えに国を救う』。そう確かに約束しましたよ、王様!」


 契約成立。これで魔女シズネリの予言は記号着地し、事象は確定した。


 僕は一階の酒場に降りて行って、どんちゃん騒ぎをしている連中に大声で言った。大声でないと聞いてもらえないのだ。僕は、ヒューレットは喉を枯らすほどの声で怒鳴った。


「さあ皆さん、仕事ですよ! それも百年ぶりの大仕事です! 動く額は金貨九万枚! 守るのはこの国だ! あと二週間かそこらで、海から十万の大軍勢が攻めてきます! 海は船で埋まります! 教会は打ち壊されます! 城と城壁は竜に燃やされます! とどめに魔王もおでましです!」


 おちゃらけた歌は止み、酒場は急にしんとした。


「確かな情報か?」仕事にあぶれたガンスミス、ウィークが酒をあおる手を止め、聞き返した。

「国王陛下との『契約の呪文』が成立しました。これからのことは知っての通りです。我々は最善を尽くし、最善の結果を――金貨九万枚を得ることになります」


「俺、冒険者ってのに憧れてたんですよねぇ」でかいだけのデブ、チョップマンが、樽のように巨大なハンマーを振りかざす。メイド服を着ている男勝りのシャルロットは、ナイフを取り出してフフフと笑う。弓を武器にする者が矢を番える。銃を武器にするものが弾を込める。剣はそれぞれの鞘から抜き放たれ、手に収まる。


「僕は各地の元冒険者ギルドに連絡を取ります。シズネリの予言は当たります。王都陥落。残念ながらそこは覆せないでしょう。ですが――連中の腰を折るように、せいいっぱい足掻いてやることはできるはずです」


 壁伝いに移動してきた精霊ミゼットは、僕の耳元で「考え直せ、考え直せ」と何度も説得を続けている。だが、契約は契約、仕事は仕事だ。


「見ろよ。あの苦情係が積極的に動いてるぜ」

「あいつは馬鹿だが、儲け話でミスしたことは無いはずだ。マジで戦争が近いのか?」

「締めて十万。竜に魔王も来るとくりゃ、『金貨九万枚』も嘘じゃねえ。国王に『契約の呪文』も掛かってるって話だ」

「マジかよクソ箱売ってくる」

「剣だ剣。雇った傭兵全員に剣を行き渡らせろ」

「ソードスミスのクルーリンはとっくに廃業したって聞いたぞ」

「呼び戻せ。売れ残りの在庫くらい倉庫一杯あるだろうよ」

「ガンスミス。お前のほうは在庫はあるか?」

「あるさ。あるとも。一体幾つの銃と弾丸が質にかけられているのか知りたいのか?」


 酒場の喧騒は次第に方向性を持って動き始める。旧冒険者ギルド。それは災厄を予言されたことで、一個の生物のように活気を取り戻していった。


 それは、かつて冒険者と呼ばれたならず者たちの、古くさい連帯の物語。

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