表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

殺戮ゲーム

作者: 活動停止

 僕がそのゲームソフトを手にしたのは、古い中古ゲーム販売ショップだった。ジャンク品として、ワゴンの中に無造作に積まれていた。僕は普段、ジャンク品には手は出さない。

 だが、そのタイトル『殺戮ゲーム』という赤い文字と真っ黒なパッケージに惹かれた。

 手に取って、裏返してみる。其処には説明が記載されていた。

 真っ黒な画面に次の様な文章がある。


・これは『殺戮』を行うゲームである。日頃溜め込んでいるストレス発散の場として、このゲームを開発した。

・ルールは以下の通り。

1.自分の分身となるアバタ作成時に、如何なる虚構もあってはならない。

2.指令通りに『殺戮』を行わなければならない。

3.最終指令を終えれば、ゲームクリアとなる。

・あくまでストレスの発散ゲームとして楽しんでいただければ幸いである。


「ふぅん」

 僕は鼻を鳴らした。面白そうな内容じゃないか。

 しかもジャンク品なので百円ととても安い。中学生の僕にだって簡単に買えてしまう値段だ。

 特別、目的のソフトがあって来店した訳ではなかったから、僕は深く考えずにそれを購入した。


 これから、そのゲームによって引き起こされるであろう悲劇などは想像もしていなかった。



 家に帰ったら先ず、パソコンの電源を入れた。CDROMドライブを開けて、ケースから取り出したCDRをそこに入れる。ケースに説明書類は入っていなかった。

 自動的にCDRが読み込まれ、ゲームが立ち上がる。

 真っ黒な画面に、『殺戮ゲーム』と真っ赤な字で表示された。その後、タイトルは消え、ケースの裏側に書いてあった説明文が表示される。SEは無いのかと、スピーカーのボリュームを上げてみたが、何も流れていないようだ。

「ふぅん」

 僕は次の画面に切り替わるのを待った。すると、今度は『ENTRY』の文字が表示された。カーソルを文字に合わせ、左クリック。入力画面に切り替わった。

 氏名・年齢・性別・身長・体重。それらを入力すると、今度は肌の色や形、髪の色、髪型、目の色、など、様々なパーツを組み合わせて、自分の分身を創って行く。種類は豊富で、その中から僕は自分に合ったパーツを選び、組み合わせた。

 アバタの作成が終わると、『START』の文字をクリックした。

「…え…」

 次に表示された画面を見て、僕は驚いた。と言うよりも、寒気がした。

 後姿のアバタは、机に向かっていた。机にはパソコンが置いてある。机の目の前には窓があり、水色のカーテンが両サイドに纏められている。右手にはベッドがある。カバーは水色で、端が少し捲れている。左側にはぎっちりと詰まった本棚が置いてある。僕はバッと後ろを振り返った。そこにはドアがあるだけだ。

 もう一度、パソコン画面に顔を戻した。

 同じだ。

 この部屋と、全く同じ。机やベッド、本棚の配置も、カーテンやベッドカバーの色も。

ゾクリ、と背筋に冷たいものが走った。

 落ち着け。僕は自分に言い聞かせた。何て事は無い。たまたまだ。たまたま、プログラムと部屋の配置が一致しただけの事。それだけだ。

 さて、と僕は気を取り直した。これからどうやってゲームを進めて行くのか。

 画面には先程と同じ様にアバタが机に向かっているだけで、何も起きない。

「ふむ…」

 それから暫く待ってみたが、何も起きなかった。



 目覚ましが鳴り、朝の訪れを告げる。布団からもそもそと手だけを伸ばした僕は、そのまま手探りでその目覚ましを止めた。

「ん…」

 もう少し寝ていたかったが、そうも言っていられない。

 意を決して布団から這い出ると、制服に袖を通す。ちらりとパソコンに目をやると、昨日のまま、スクリーンセイバーが動いていた。結局ゲームは進まず、起動させたまま放置して寝てしまった。

 ちょっとマウスを動かすと、ゲーム画面が表示される。昨日のままの状態かと思っていたが、違っていた。

 『指令:猫を殺戮せよ▼』

 画面にはそう表示されていた。

「猫…」

 カーソルを三角に合わせてエンターキーを押す。すると、次は『武器選択』画面が表示された。

「石、ナイフ、鉄パイプ、素手…」

 選択肢を読み上げる。素手って何だ、素手って。

 僕は取り敢えず、一番殺傷能力の高そうな『ナイフ』を選択した。するとアバタが動き出す。何故かアバタは昨日とは違い、黒い制服を身に纏っていた。

 部屋を出て階段を降りる。そのまま靴を履いて外へ出た。右手にはナイフが握られている。

 暫く歩いて行くと、黒猫が現れた。アバタはそろりとその猫に近付くと、さっとその尻尾を捕まえ、自身の元へ引き寄せた。そして。

 躊躇いも無く、右手が振り下ろされた。バッと画面が赤色に染まる。


 びくん、と僕の身体は跳ねた。

「あ…」

 猫を殺した。僕が。いや、僕じゃない。僕の分身であるアバタが、だ。ゲームの中の話だ。

 つ、と冷たい汗が額を流れた。


 何だ、このゲーム。


 僕は下から呼ぶ母の声に答えると、パソコンの電源を落とした。

 妙にリアルだった。右手に確かな手ごたえを感じた。


 僕は授業中にひとり考えていた。窓際の席で、暖かい日差しが降り注ぐ。その陽気に何度か思考を中断させられそうになったが、なんとか意識を昨日購入したゲームへと戻した。

「気持ち悪いな…」

 動物を殺すなんて。どうしてゲームを買ってしまったのか、僕は今更ながら後悔した。『殺戮』だなんて、あからさまな題名が付いているにも関わらず、どうして興味を持ってしまったのか。

「気分悪いの?」

 ひょいと横から顔が現れた。

クラスメイトの暁千夏。くりくりの黒い大きな瞳がこちらを見ている。

「いや」

 僕は答えた。

 いつの間にか授業は終わり、休み時間に入っていた。

「なら何?」

 千夏は尚も問う。

 チナツ、という名前に似合う、女の子みたいな顔をした男。真夏に生まれたから、その名が付けられたそうだ。女だけでなく、影で男のファンが幾人か居るらしいと噂で聞いた事がある。

 ゲームの事を話そうか迷い、やめた。あんな気持ち悪いゲームは、もうやらないでおいた方が良いだろう。

「テツ?」

 何も答えない僕をいぶかしんでか、千夏は眉間に皺を寄せた。

「ああ、ごめん。何でもない」

「ふぅん」

 千夏は不満そうな顔を見せた。話して貰えない事が不服らしい。昔から千夏はそうだった。独占欲が強いのだろうか、隠し事をすると直ぐ怒られた。

 千夏と僕は幼稚園からの付き合いだ。家も近所で親同士が仲の良い事もあってか、互いに一人っ子の僕らは兄弟の様に育って来た。

 千夏は僕を『テツ』と呼び、僕は千夏を『ナツ』と呼んだ。


 共に部活に所属していない僕等は、いつも一緒に帰る。他愛も無い話をしながら。今日のミニテストはどうだったとか、数学の池田は実はカツラだとか。

「でね、一組の森口と三組の吉川が付き合ってるんだってさ」

 千夏は今日仕入れたばかりの情報を嬉しそうに話して聞かせた。何処から聞いてくるのか、千夏はそう言った噂話の類を良く知っていた。たまに何処から仕入れて来たんだと不思議になる様な話もある。

「しかも、もう半年になるんだって。凄いよね」

 何が凄いのか解らないが、僕は適当に相槌を返した。

「テツは誰か好きな人いないの?クラスの横溝さんとか美人じゃん」

 確かに横溝は美人だか。今の所、女の子に左程興味はない。そういう自分はどうなんだと問おうとして、千夏の異変に気付いた。青い顔をして震えている。

「ナツ?どうし…」

「あれ…」

 千夏が指差した方を見て、愕然とした。それと同時に、強い吐き気に襲われ、思わず口元を手で覆った。


 猫が死んでいる。


 黒猫が、どす黒い血を撒き散らしながら、道路に横たわっていた。今朝この道を通った時は猫の死体などあっただろうか。通学路でいつも使っている道である。これだけ堂々とその姿を露にしているのであれば、気が付いた筈だ。

 しかし、いったい誰がこんな事を。

「おれ、警察に電話…する…」

 震える手で、千夏は携帯電話を取り出した。

 僕は、ただ見ているだけしか出来なかった。


 警察は、異常者の仕業と見て、住人に警戒を呼びかけた。マスコミは小さな町の、猫殺しには興味は無いらしく、テレビにも新聞にも取り上げられる事はなかったが、学校では直ぐにその噂で持ち切りになった。


「異常者がいるんだって」

「猫殺したんでしょ」

「ナイフでズタズタ」

「内臓が飛び出していたって」


 このクラスも例外ではなく、朝からそんな話ばかりが飛び交っていた。当然、第一発見者である僕と千夏に、クラスメイトは群がり、その詳細を聞きたがった。

「どうだった?」

 どうだったって聞かれても。クラスメイトの坂下は、目を輝かせながら訊ねて来る。

「気持ち悪かった」

 それしか言えない。

 猫を殺すなんて。凶器は鋭利な刃物だと警察は言っていた。


『ナイフでズタズタ』


 先程、クラスメイトの一人が言っていた言葉が頭を過ぎった。


『ナイフ』


 ゲームで使った武器はナイフだ。そして殺した相手は黒猫。

 ゾクリ。背筋が凍った。

 まさか。

 その日の授業は全く頭に入らなかった。



 家に帰ったら真っ先にパソコンの電源を入れた。

 僕は今、非現実的な事を考えている。


『殺戮ゲーム』


 このゲームによって、あの黒猫は殺されたのではないか。そして、その殺した人物こそ、僕自身なのではないか。

 ゲームが起動し、部屋が映し出された。

 僕の部屋。


 ジャン。


 ビクンと身体が跳ねる。急に音が鳴った。そうだ、一昨日ボリュームを上げたままにしておいたのだった。


『指令クリア』


 画面に文字が表示された。


『指令:犬を殺戮せよ▼』


 続けて文字が表示された。猫の次は犬か。

 もし、これでアバタが犬を殺し、それが現実となった場合。それはこのゲームの所為となる。逆に、アバタが犬を殺しても、それが現実とならなかった場合。それはこのゲームと無関係と言う事になる。

「…何考えてんだか」

 僕はギィッと椅子の背凭れに体重を掛けた。

 結果は勿論、後者の方に決まっている。ゲームの中で殺したからって、現実とリンクするなんて。ある筈が無い。

 先程まで頭の中で広がっていた妄想を、僕は払いのけた。

選択出来る武器は、猫の時と同じ。石とナイフと鉄パイプ、それに素手、だ。

 僕は『素手』を選択した。


 夕飯を食べ終え、特別見る番組もなかったので、僕は部屋へと戻った。

 ベッドにごろりと横になり、漫画でも読もうかとしまい忘れていた本を手に取った。

 ブブブと何処かで音がする。携帯の着信を知らせるバイブの音だ。

 鞄に入れたままだった携帯を取り出すと、ディスプレイに『新着メール1件』の文字が。

 メールの送信先は千夏だった。

『今日どうしたの?ずっと上の空だったけど。何か悩み事?あったら相談してよ。寂しいじゃん(´Д⊂)』

 最後の顔文字に、ちょっと僕は頬を綻ばせた。

『ごめん。でも本当に何でもないって。ナツは心配し過ぎ。何かあったらちゃんと話すからさ。また明日、学校でな(´∇`)』

 送信ボタンを押す。すると、直ぐに返事が返ってきた。

『解ったよ。しょうがないなぁ、許してやるか┐(´∀`)┌ また明日ね』

 何が許してやるか、だ。俺はまた頬を綻ばせた。


 僕は夜道を歩いてる。パジャマのままで、裸足のままで。

 ひたひたと自分の足音だけが響いている。切れかかった街灯が、ジジジと音を立ててちかちかとしている。

 犬がいる。

 薄茶色の柴犬が。赤い首輪をしている。尻尾を振って、こちらへ近付いて来る。

 僕はそっと犬の頭を撫でた。

 あ、隣の家のゴン太だ。僕はそう思った。


 メキッ。


 嫌な音がした。ゴン太の首が、左に曲がった。両手足をバタバタさせている。

 僕は尚も両手に力を込めた。動いていた手足が次第に痙攣に変わり、最後に尻尾がだらんと垂れた。

 ゴン太は死んだ。


 バッと布団を撥ね退けて、状態を起こした。

 心臓がバクバクと鳴っている。身体から流れ出した汗は、パジャマをぐっしょりと濡らしていた。

 窓からは朝日が降り注ぎ、雀が何処かでチュンと鳴いた。

夢か。

 まだ鼓動の早い心臓を抑えるかの様に、右手を胸にあてた。

 本当に夢だったか?

 ベッドから降りようとして、ぎくりと身体を強張らせた。

 パジャマのズボンの裾が汚れている。足の裏を見ると、そこも汚れていた。

 パソコンを起動し、ゲームを立ち上げた。


 ジャン。


『指令クリア』


 文字が映し出される。

 まさか。

 僕は慌ててパジャマのままで下まで降り、リビングに駆け込んだ。

 母親がきょとんとした顔をしている。

 そうだ、そんな事がある筈がない。僕は自分を落ち着かせた。呼吸まで荒かったらしい、肩で息をしていて、少し苦しい。

「あ、そうそう。またあの異常者が出たらしいのよ」

 母が言った。

「隣のゴン太君が殺されちゃったんだって。いやぁね。あなたも気を付けなさいよ」

 さっと血の気が引いた。

 汚れた足。首をへし折られたゴン太。昨日、僕は裸足で外へ出た。違う、僕ではない。僕のアバタが、だ。いや、僕かも知れない。

「哲久?」

 母親が心配そうに僕の顔を覗き込んだ。それを無視して2階の自分の部屋へと戻る。


 嘘だろ…。


 頭が混乱していた。ゲームで殺戮を行うと、現実にリンクする。

 そんな事が実際にあるのだろうか。いや、実際に起こっているのだ。他ならぬこの自分自身の身に。


 ジャン。


 パソコンが鳴った。


『指令:坂下学を殺戮せよ▼』


 坂下。昨日、僕に猫殺しの詳細を聞いて来た奴だろうか。そうしたら、何故奴の名前が?

 僕はパソコンの画面を食い入る様に見つめた。

 アバタは机に向かっている。水色のパジャマ姿で。

 僕の今の格好と同じだ。何故。

 いや、これは指令を実行しなければいい。武器も選ばなければいい。

 こんなゲームは処分しよう。

 僕はCDROMドライブからCDRを取り出した。ケースにしまうと、それをそのままゴミ箱へ放り投げる。そうだ、これでいい。

 どんな原理が働いていたのかは解らないが、もうこれで誰も殺されはしないだろう。

 黒猫とゴン太には悪い事をしてしまった。

 僕は濡れたパジャマを脱ぎ捨てると、制服に着替えた。



 学校へ着くと、やはり犬殺しの話で盛り上がっていた。何故、クラスメイト達はこうもゴシップネタが好きなのだろうか。

 僕はもう関わりたくなかった。

「おはよ、テツ」

 千夏が声を掛けてきた。

「テツの隣の家のゴン太、殺されちゃったんだってね」

 その話題か。やめてくれ。

 僕は顔を背けた。

「可哀想に…。犯人は誰なんだろう」

 犯人は俺だ。俺のアバタが殺したんだ。

 でももう動物殺しなんて起きない。ましてや人殺しなんてのも起きやしない。僕があのゲームさえしなければいいのだから。

「よ。殺された犬、お前ん家の隣なんだって?」

 坂下が話し掛けてきた。そう言えば、何故坂下なのだろう。

 僕には坂下がターゲットにされる理由が解らなかった。猫も犬もそうだが、殺す理由が見付からない。

 ただ単に、あのゲームの説明に書いてあった通り、ストレス発散の為だけなのだろうか。

 しかし何故、坂下の名前が解ったのだろう。

「ね、坂下。お前の下の名前、なんての?」

 僕の質問に、坂下がきょとんとした。自分が質問した事の答えが返って来るかと思いきや、返ってきたのが質問だったからだろう。

「何言ってんの。学だよ。マナブ。てか知らないって酷くねー?」

 そう言って坂下はケラケラと笑った。

「テツはあまり他人に興味ないもんねー」

 千夏は苦笑しつつ、そうフォロー?をしてくれた。

 それっきり、僕は黙り込んでしまった。坂下は僕が何も話さなくなったのを見て、すごすごと自分の席へと戻って行った。

「テツ。やっぱり悩み事あるでしょ」

 千夏のむくれた顔が目に入った。話すべきか、隠すべきか。

 僕は千夏には話す事をした。ゲームはもうしない。だけど、ひとりで背負い込んでいても、心のもやもやは晴れそうになかった。


 千夏は久々に、僕の部屋へと訪れた。

 学校が終わった後、帰路につきながら、大まかに『殺戮ゲーム』の事を話して聞かせた。猫の事も、犬の事も。それから、夢の事も。実際に僕がやったのか、それとも本当に夢だったのかは解らなかったけど、千夏には全部話した。

「ふぅん」

 部屋には母親が持って来てくれたオレンジジュースとお菓子がある。千夏はオレンジジュースに口をつけてから、徐に僕のパソコンを起動した。

「もうゲームは捨てちゃったよ」

 そう言った時だった。


 ジャン。


 あの音が鳴った。


『指令:坂下学を殺戮せよ 残り12時間』


 何だこれ。

 僕はCDROMドライブを開けてみた。勿論、CDRは入っていなかった。

「どう言う事だよ…」

「残り時間?時間内に指令をクリア出来ないとどうなるの?」

 解らない。

「説明には書いてなかった」

 僕はゴミ箱を漁った。しかしそこに昨日捨てた筈のゲームは無かった。母親がゴミを出してしまったらしい。

 『武器選択』画面が表示される。

 これで武器を選択してしまったら、アバタが坂下を殺すのか。

 時間制限は何を意味するのか。

「どうするの、テツ…」

「どうするったって…」

「武器を選択するか、時間制限を無視して放置するか」

 武器を選択したら、確実に坂下は殺されてしまう。今までの猫や犬の様に。

「時間制限を無視して放置する」

 時間制限を無視したらどうなるのか解らないが、でも殺人を犯すよりかはマシだろう。僕はそう高をくくった。

 今が17時。24時間後ということは、朝の5時と言う事か。

「何も起きないといいけど…」

「ちょっと…怖いな…」

「今日僕泊まろうか?」

「…ん…」

 千夏の優しさが嬉しかった。



 僕は道を歩いていた。パジャマ姿のままで、右手に鉄パイプを持って。空は少し明るくなりかけている。夜明けが近いのだろう。

 僕は鉄パイプをギギギと引き摺らせながら、見知らぬ家へ入っていった。まるで目的が定まっているかの様に、迷う事無く僕は一つの扉を開けた。

 誰かがベッドで眠っている。布団の膨らみが規則的に上下する。僕はそこに、鉄パイプを思い切り振り下ろした。

 2度、3度、4度。

 メキッという音が聞こえた。骨の折れる音。

 白い布団は徐々に赤黒い染みで染まって行った。

 僕は最後に鉄パイプを真中に突 き刺した。


 ドスッ。



 バッ布団を払いのけ、上半身を起こした。同じだ、あの時と。

 心臓がバクバクと脈打ち、今にも飛び出しそうだ。時計を見ると、時刻は7時少し前だった。目覚ましはまだ鳴っていない。

 隣で布団を引いて、千夏がすやすやと眠っていた。

 どういう事だろう。僕は坂下を殺したのか?いや、僕は坂下の家を知らない。

 僕はパソコンの電源を付けた。後ろでもそもそと千夏が起き出す気配がした。


『武器は自動選択されました。指令クリア』


 なんと言う事だ。あの制限時間は武器選択の時間だったのだ。

 僕の顔はきっと真っ青だったのだと思う。千夏は直ぐに僕の異変に気付いて、駆け寄って来た。

 千夏もパソコンの画面を見て固まる。

「僕…は…」

 僕は、坂下を殺した。

「テツ!違う、まだ解らないじゃないか!坂下は生きているかも知れない。学校へ行こう!」

 ふらふらと宙を漂う感覚。上手く着替えられず、千夏に手伝って貰った。朝ご飯も喉を通る訳もなく、ゆっくりと学校へ向かった。

 学校へは、坂下は居なかった。

 HRで担任が言った。

「坂下が亡くなりました」

 ああ。嗚呼。

 僕が殺したんだ。僕は殺人者だ。

 僕は両手で顔面を覆った。涙は出て来ない。頭の中が真っ白だ。次にどんな指令が来るのだろう。僕はまた殺人を犯さなければならないのか。どうしたらいい。どうしたらいいんだ。

 助けてくれ。誰か。誰か助けてくれ。

 僕の思考はぷつりと切れた。


 *****


 北条哲久は死んだ。

学校の窓から、7階から飛び降りたのだ。それは突然の事だった。朝のHRで坂下学の死を告げた直後だった。

 突然大声で叫んだかと思うと、窓を開け、そこから真っ逆さまに落ちて行った。

 葬式はでは、クラスメイトの殆どが参列した。立て続けのクラスメイトの死に、皆は嘆き悲しんだ。

 北条哲久の母親は、周りの目を気にする事無く、棺に泣き縋った。棺は開けられる事はなかった。首の骨から脊髄など、あらゆる骨が折れ、その顔は苦悶で歪んでいた。とても直視出来る表情ではなかったらしい。

 葬儀が終わると、おれは自分の家へと帰った。親同士も仲良かったから、おれの親は北条家をまだ手伝っていて、今はおれ一人。

 部屋に戻ると、一つのゲームを手に取った。真っ黒なパッケージに真っ赤な字で『殺戮ゲーム』と表示されている。


 馬鹿な哲久。


 おれはくすりと笑った。

 おれに隠し事なんてするからこう言う事になったんだ。

 哲久は横溝の事、好きだったんだろ?

 何で言わなかったんだよ。おれも横溝が好きだったのに。

 どうせ横溝と隠れて付き合ってたんだろ?知ってんだぜ、おれ。


 猫をナイフで殺したのはおれ。

 犬の首を折って殺したのもおれ。

 坂下の鉄パイプで殴り殺したのもおれ。

 哲久に暗示をかけたのもおれ。


 おれはまたくすりと笑った。

 哲久って単純なんだもん。


 さて、次は誰をターゲットにしようかな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 最終的にありきたりな内容だとは思いましたが、ハラハラと楽しく読めたのは事実です。良かったと思います。
[一言] 日向さま、はじめまして。 殺戮ゲーム、読ませていただきました。 すごくドキドキしながら一気に読みました。 ホラーとしてすごく完成度が高く、文章力も素晴らしいですね。最後のオチにも驚きました。…
2007/10/16 23:28 退会済み
管理
[一言] 私的にオチが悪いと思いました。 途中までは緊張感があって良かったです。が、 まずどうやって主人公にゲームを買わせるのか。 どうやって証拠を残さずに坂下を殺害したのか。 主人公は何故長年付き合…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ