真の聖女を虐げる偽聖女に転生していたけど利害が一致していた
※2026.10.5 6:00に一度投稿していますが、
ランキングに表示されない不具合があったので削除の上、再投稿しています!すみません!
「ユリア、どうしたの?」
太陽光がガラス張りのドーム天井から差し込む温室の中。
美しい金髪に青い瞳の優しげなお姉様に声をかけられて目が合った瞬間、私の頭の中には前世毎週アプリでの更新を楽しみに読んでいた漫画の光景が頭の中に広がった。
(これ……「闇落ち聖女は月のない夜に不敵に微笑む」の世界だ……!)
シンプルにざまぁ色強めの異世界ものである。
神殿で誰よりも健気に奉仕活動に勤しむ聖女アンリ。その力は強く王太子の婚約者に内定しており、まもなく筆頭聖女に選ばれるというタイミングで悲劇に見舞われる。
突然神殿の敷地内に現れた魔獣と死闘を繰り広げることになり、重傷を負って意識を失ってしまうのだ。
目覚めるとすべてが一変していた――
可愛い妹分だと思っていた聖女のユリアがアンリの功績をすべて横取りし、王太子の婚約者に収まっているのである。
アンリが何を言っても、ユリアの策のせいで周囲の人間は取り合ってくれない。
失意のアンリに追い打ちをかけるように、元婚約者である王太子から追放の命令がくだされる。そしてアンリは隣国へと旅立つのだった。
(その道中で偶然知り合ったイケメン集団が隣国の王子フェリックスとその配下たちで、全員アンリにメロメロになるけどヒーローはフェリックス固定。ちなみに「追放もの」テンプレでは「新天地で楽しく暮らしている間に、実力の伴わない偽聖女のせいで故郷の国が勝手に滅亡しました」というストーリーも多いんだけど「闇落ち聖女」の場合、きっちりしっかり戦争をしかけてユリアの首をさらすところまで復讐ざまぁをするのよね……!)
私に優しげな微笑を向けてくれている美女は間違いなくアンリ。そして私はユリア。
アンリを虐げて追い出し、後にフェリックスとその配下に取り囲まれて串刺しにされ「最後は私にやらせて」と自ら剣を振りかざすアンリの手で首を切り落とされる偽聖女。
この転生、早くも詰んでいる。
「顔色が悪いわよ? 体調が悪いなら姉さまがおんぶしてあげますからね」
慈愛に満ちた顔で声をかけてくるアンリは、漫画で見た二次元絵が三次元になったらこうだろうなという姿をしている。
ストーリーはすでに始まっているのかもしれない。
(ああ~~~~断罪間際に転生した悪役令嬢みたいなものじゃない! どうしましょ~~。今からルート変更できる?)
焦れば焦るほど、せっかく思い出しかけていた記憶が遠のいていく。
このままだと前世の記憶はユリアの自我の向こう側に行って、目の前のアンリ姉さまに殺される未来に一直線!
危機感がすさまじく、私は雪山で遭難して眠りそうになり「寝るか死か」に直面したひとのような行動力で自分の右手の爪を左手の甲に突き立てた。
「はあああああ、痛みこそパワー!」
「えっ、どうしたのユリア!」
アンリ姉さまは、手を伸ばしてきて力強く私の右手首を掴みつつ、左手の甲に癒しの力を浴びせかけてくれた。
完治。
(超・優秀……さすがプロ聖女!)
あっさり治ってしまったつるすべの手の甲を見て、私は圧倒的な力量差を感じつつ絶望の薄ら笑いを浮かべながら一息に言い切った。
「アンリ姉さまは聖女の中の聖女です。私は生涯アンリ姉さまに忠誠を誓い、絶対に裏切ることなんてありません……」
私の右手首を掴んだままだったアンリ姉さまは、ゆっくりと首を傾げた。その青い目には怜悧な光が浮かんでいる。
「ユリア? それはどういう意味? もしかしてあなた、姉さまを裏切って下剋上しようなんて計画でも胸に秘めていたの?」
察しの良さ満点、いきなりストーリーの核心を突いてきた。
「このアンリ姉さま、毎週連載する気がないタイプのヒロインです。読み切り漫画なのでしょうか」
思わず私はそう口走ってしまってから、言い過ぎてしまったことに気づく。
およそ現地人には通じるわけがないメタ発言。
ところが、私の右手首にかけられたアンリ姉さまの指の力がぐっと増した。
「……ユリア? 何をどこまで知っている?」
「と、言いますと……?」
私とアンリ姉さまの間で、相手の出方を窺い合う緊迫した空気が流れた。
やがて、アンリ姉さまは大きく息を吐きだして私の手首を締め上げていた指の力を緩め、バサッと音の鳴りそうなほど長い睫毛を揺らして重いまばたきをして、私をまっすぐに見つめてきた。
「もしかして、ユリアって……この世界について何か知っていたりする?」
序盤のヒロインからは絶対に出てこないはずのセリフだ。
(これ、どう答えたら……? 「世界について何か知っていたりする?」ってええとつまり国の名前、歴史、気候や風俗……について聞いているわけじゃないこの感じ。まさか……!)
考えられることはひとつ。
「アンリ姉さま、前世の記憶があったりします?」
は? と言われたら自分の拳を頭にこつんと当てて「なーんちゃって、てへぺろ」という心づもりで聞いてみたものの、アンリ姉さまは大きく目を見開いて私を見つめて、頷いた。
「ということはユリアもなんだ? あの……この漫画のストーリー、正史のほうで知っているってことでいいよね!?」
「正史? え、どういうことですか? 外伝とかifストーリーとか派生のほうで嗜まれていらっしゃったんですか、アンリ姉さまは」
「派生あるの!?」
噛み合わない返答をしてきたアンリ姉さまは、自分でもそのことに気づいたらしい。「ごめん、取り乱した」と言って目を瞑って深呼吸をしてから、私に向き直って尋ねてきた。
「知っているなら教えて欲しいんだ、この世界の『正しい』ストーリーを」
ええっ、私はあなたに首を落とされますって言うの? と戸惑う私の両肩に両手を置き、さらに切羽詰まった顔で身を乗り出して重ねて言ってきた。
「どうすれば俺は総受けハーレムルートから抜けられると思う!?」
ぽかんとしてから、私は確認のために聞き返す。
「受け?」
* * *
前世のアンリ姉さまは男性で大学生までの記憶があり、十歳年上の姉がいたのだという。
姉は同人活動を嗜みける大人の女性でありけり。
核心に近づくたびに奥ゆかしくも迂遠な表現で何かを示唆するアンリ姉さまから根気よく聞き取りをした内容によると、要するに「一次創作に手を加えて公式とは違う男性同士のカップルを作り漫画にするのが趣味」とのことだった。
そして「姉はバリキャリでお金は豊富に持ちにけり」だそうで、前世大学生男子のアンリ姉さまは破格のお小遣いをちらつかされて抗いきれず、同人誌制作の修羅場に駆り出されることになり、その内容に目を通すことになったのだという。
「それが『闇落ち聖女は月のない夜に不敵に微笑む』の同人誌だったと……」
ベンチに並んで座り、私が間違いのないように声に出して聞き返すと、アンリ姉さまは目に見えて落ち込んだ様子で膝に肘をついて頭を抱えてしまった。
「男キャラの多い作品みたいだったし、男同士でくっつけておけばいいものを……。姉貴はわざわざヒロインを『男の娘』? 『男体化』? して『実は男』っていうオリジナル設定にして、総受け? つまり出てくるあらゆる男との恋愛パターンを考え抜いて形にしていたんだ」
「愛が濃い」
わかる。「闇落ち聖女は月のない夜に不敵に微笑む」に出てくる男性キャラたちは皆大変魅力的で「当て馬で終わらせるには惜しいな~~~~!」という気持ちになるのだ。聖女とくっつくifルートを描きたくなる気持ちはよくわかる。
ただしヒロインを一度「女装男子」にしてから全男性キャラとのハーレムルートにする作品愛はわからない。
私が素直にそう言うと、アンリ姉さまも「激しく同意」と頷いた。
「素直にヒロインのままじゃだめなんかよ! って思ったんだけど、姉貴の中でそれは絶対に『無い』らしいんだ。もうとにかくアンリ総受けにしたいけど『そこは男であってほしい』ってわかんねえよ、でもそう言ってうちの姉貴は譲らなかった。おかげで俺はこの世界の正史を知らないまま二次創作だけで知識を得てしまっているんだ」
「わぁ。それってどんな気持ちですか?」
ストレートにインタビューしたら、射殺しそうな目で見られてしまった。
「そういうわけで、俺の知識は濡れ場がほとんどだからストーリーは断片的にしか知らないし、それが正しいかどうかもわからない。数日前に急にそれを思い出してから、もう怖いのなんのって。ここからどうするのか? 出会う男全部と最終的に致すことになるのか? って怯えながら俺はどうやって生きていくんだ? って」
これは大変な誤解があると心配になり、私は強く主張した。
「お姉様の趣味は趣味として、本編は決してえっちな話ではないですよ! 成人指定でもないですし、ラブシーンはキスとハグと朝チュンでした」
「朝チュンあるじゃねえええか! 無理!」
男性だった前世を思い出したせいなのか、アンリ姉さまはまるで男そのもののように咆哮する。
「漫画ではチュンで省略していたとしても、現実的には避けて通れないんだろうよそこは。全員の相手をすることになるのか、俺は」
「待ってください! それも誤解です! ヒロイン・アンリの相手は隣国のフェリックス王子だけです!」
「ああああ、あいつが正ヒーローなのか! 姉貴の漫画では、綺麗な顔してえげつない性癖の持ち主だったな……」
劇画調の漫画みたいな迫真の顔でぜーはー荒く息をついているアンリ姉さまに、私は居ても立ってもいられず「ちょっといいですか!」と強めに言って注意を引いた。
「姉さまは二次創作にとらわれすぎだと思います! フェリックス王子にえげつない性癖があるかどうかは正史ではハッキリ描かれていません! 確定ではないので落ち着いてください!」
励ましたつもりだったのに、アンリ姉さまはもう一段階絶望が深まったような顔になってしまった。
「嫌だよ……俺はああいうドギツイのは嫌なんだよ。というか受けとかわかんねえよ……。女の子と結ばれちゃだめなのかよ」
「女の子が好きなんですか?」
私が真顔で聞くと、アンリ姉さまはぎろりと私を睨みつけてきた。
「アンリって、公式では女なのか?」
「……?」
何を言っているんだろう? と私は首を傾げる。
(ヒロインに実は女性ではなかったなんて裏設定は……)
前世の記憶を思い出せるだけ思い出して、私はさらに角度をつけて首を曲げた。
「服を脱ぐシーンがあるわけでもないですし、結ばれるシーンは朝チュンなので詳細はわからず、公式に女性とは明言されていないですね。高度な嗅覚と洞察力のある同人作家さんならば『実は男の娘である』という設定を割り込ませる余地はあるかもしれません」
ギャアアアアアとアンリ姉さまは野太い悲鳴を上げた。
その声を聞き、暗い表情を見て、私は自分の口元を両手で覆ってしまった。
(まさか姉さまは男性?)
まつげがバサバサで、透き通るような瞳に真っ白な肌で顎の小さめな小顔でとんでもない美女なのに……? と思いながらその全身をじっくりと視界に収めて、私はそれが突拍子もない発想ではないと気づいてしまう。
まず、漫画で読んでいたときからうっすら気づいていたが、背が高い。ユリアと並んだシーンでは特にそう見えた。ユリアを「小悪魔小動物系」として際立たせるためかと流していたが、男性キャラと並んでも肩の高さが変わらなかった覚えがある。
さらに言えば、いざ戦闘ともなれば先陣を切る血の気の多さ、剣を振り回す膂力、抜群の体幹など聖魔法だけではない強さ雄々しさが描かれていたはずだ。
あり寄りのあり。絶対正義。
「周りが男だらけの中、カッコよさでも引けを取らないヒロイン像なのかと思っていたけど……あのポジション男でもいいですね。というか、全然男でありです。もしかしてアンリ姉さまのお姉様だけではなく、二次創作界隈ではメジャーな解釈だった可能性も?」
いまになってとんでもない扉が開かれたみたい! と興奮する私をよそに、アンリ姉さまは「冗談じゃねえよ……」と呻いていた。
「俺そういうアクロバティックな公式からの回答求めてないんだって……というか、自分の体で正解なんか引き当てたくなかったよ。どうするんだよ、この話このまま進んだら俺はフェリックスに娶られてあの特殊性癖を味わわされるのか?」
その特殊性癖はたぶん、お姉様の創作……とは言い切れないので私は口をつぐんだ。
私の性根はおそらく公式のユリアに準じているようで、前世の記憶を思い出したいまも目の前で打ちひしがれているアンリ姉さまを見るとうっすら喜びを感じてしまう。ふふふ落ち込んでる落ち込んでるという愉悦が浮かんできて、じっと見つめてしまった。そんな自分に気づいて「いけない、いけない」と思い直す。
気合を入れ直すため、ぱんっと両手で両頬を叩いてから姉さまと向き合った。
「このまま話が進むと、私にとっても非常にまずいことになります。最終的に私、アンリ姉さまに首を落とされる役回りでして」
「それなんか見た覚えがあるなぁ。やっぱり俺、ユリア殺す感じなの?」
「あー、殺すところまではバッチリ公式ですね。ユリアが悪いんですよ、アンリ姉さまを陥れたりするから」
ユリアであってユリアではない私は、原作ユリアの行動をそのように振り返る。
アンリ姉さま(兄さま)は悲しげに眉をひそめて、私の手を取った。
「陥れたりするなよ。俺はユリアのこと好きだよ?」
男だと思うと、男にしか見えない美青年顔でアンリは私に囁きかけてくる。好きって。好きって言った。
きらきらのまなざしを向けられて、私は悶えそうになった。
「わ……わぁ……。私だって、アンリ姉さまというか兄さまというかアンリさん! のことは好きですよ? 他の男キャラになんか取られたくないです……」
私が「闇落ち聖女は月のない夜に不敵に微笑む」という、若干ハードでグロさもある漫画にハマッたきっかけは、何よりアンリのことが大好きだったからだ。
ビジュアルもさておき、健気な聖女時代を経て、軍を率いる戦乙女へと移り変わってゆく凛々しさがドストライクだったのである。
(ああ、何度も何度も見たご尊顔が目の前に……!)
向かい合って手を握り合い、私たちは溜め息をついて額をぶつけあった。
そして、同じ時期に前世を思い出したのは運命に違いないという確信のもと、誓いを立てたのである。
「私は姉さまを陥れたりしません。正史で神殿に魔獣が現れることはわかっています。共に戦いましょう」
私の言葉に、アンリさんは力強く頷き気高い笑みを向けてきた。
「たとえ物語の強制力なんてものがあるとしても、そんなものには負けない。だってこうも考えられるだろう? 公式では特に明言されていなかった俺が実のところは男だった。つまり、公式には解釈の隙がある。まずはそこを狙おう」
私たちは、利害の一致による運命共同体として物語の改変に挑む。
私はアンリさんを陥れないし、男キャラたちにも絶対に渡さない。
そういう話だっけ? と思わなくもないのだけれど、終わりよければすべて良しに向けて前進あるのみなのだった。
*最後までお読み頂きありがとうございました。
*闇落ち?聖女たちによる物語改変RTA
*この二人の最初のミッション「王太子との婚約どうしようかな~。破棄してくれないかな~!」「こうなると、私もあの浮気性の王子様はいらないですね……でも私が奪わないと姉さまが結婚になってしまいますし、それはだめですね。いかなる男キャラにも姉さまは渡しませんから!」危うし王太子。
★すみません~~~~~~~おそらくなんですが、6:00投稿分はタグにNG語句があったかもしれません!19:40投稿時にこの後書きにその説明を書いていたんですが、またランキングに弾かれると怖いので詳細は活動報告に記載しました。
★誤字報告などいただいてました、ありがとうございます……!




