初夏の神隠し
どこにでも不思議な風習があるもので。
例えば私の家の近くにもある。
緑が青々とする七月の折。
夏の重みが大きくなる束の間の猶予。
「佐奈。子供達が居ない!」
外の土地から来た夫が大慌てで家に入ってくる。
汗にまみれた皮膚に涙を混じらせて。
張り付いた喉で声が本来の響きより遥かに小さい。
それでも力の限りあげながら。
「どこにも居ないんだ! 確かに一緒に居たはずなのに」
私達の二つの宝物がなくなったのだとこれ以上ないほどに知らせる表情。
聞けば、つい先ほどまで一緒に散歩していた子供達が瞬きの間に消えたのだという。
「瞬きの間に消えたの? 車や人が来たのじゃなくて?」
「ああ! 信じてもらえないかもしれないけど! くそ、とにかく警察か? お義父さんやお義母さんにも早く言って人を集めて……」
冷静な所に惹かれたのを思い出す。
夫は私の就職先で出会った先輩だった。
対して私はすぐにパニックになる後輩でよく言われていたなぁ。
「まずは深呼吸」
「佐奈! 深呼吸している場合じゃないよ!」
「ううん。深呼吸しないと。じゃないと私の言葉、冷静に聞けないでしょ?」
夏は必ず私の実家に帰省したい。
結婚前にした約束を夫は今年も叶えてくれた。
ほとんど存在しない夏休みを私と子供達のために。
そんな夫を愛おしく思いながら私は告げる。
「落ち着いて。どこにいるか分かるから」
「は?」
「いこっか。会いに」
*
この町に唯一残った神社。
八月の一日には人間の主催する祭りが行われる。
夏の祭りだ。
普段よりずっと味の濃い食べ物が、普段よりずっと値段をあげて売られている。
お面も、お菓子も、金魚も、人々の息遣いも、それら一つ一つが人の記憶となる。
そんなお祭りの始まりは何だったのだろうか。
少なくとも、私の町では――。
「二人とも!」
夫の安堵の声。
神社に座って綿あめを食べる私達の子供を見て泣き出してしまいそうな勢いだ。
「どこに行っていたの!? いや、とにかく無事で良かった!」
そう言いながら夫は二人を抱きしめる。
外の土地から来た上に、今もっとも大きな心配事が消えた夫にはきっと聞こえはしないだろう。
誰も居ない神社の中で祭囃子が聞こえていることに。
いや、もしかしたら耳を澄ませても聞こえないかもしれない。
だって、私にも微かにしか聞こえないから。
『祭りに来てほしい』
七月の。
この頃にしか聞かれない言葉が回顧される。
『賑やかしが必要なんだ。皆、年寄りだから。皆、子供が好きだから』
子供だけを攫う。
だけど、ほんの数時間だけ。
最早、名物だとか風習に近い扱いの――この神社に居る神様の話。
綿あめを頬張る子供達と安堵して涙を流す夫に私は告げる。
「神様に挨拶をしていこっか。また来年も来ますって」
遠のく祭囃子は本坪鈴の音で完全に聞こえなくなった。
「子供達がお世話になりました」
私の言葉を聞いて夫も同じように言う。
何も事情は知らないけれど。
流石に帰ったら教えてあげよう。
そう心に決めて、私達は帰路についた。




