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利己的なアカシックレコード  作者: 彼岸花


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7/12

復元する記憶

 ライブラリが発見されてから、百二十年の月日が流れた頃。人類はまた、一つの大きな転換期を迎えた。ただし今度は建物や科学ではなく、『生き物』に対するものである。

 のしのしと、力強い歩みでその動物は闊歩する。

 大地を踏み締めるのは二本の足。爬虫類を思わせる無骨な足は、如何にも凶悪そうなもの。身体も大きく、体高は人間を遥かに凌駕する三メートル近い。胴体も太く、逞しいが、全身を覆う羽毛がその屈強さを覆い隠す。

 身体に対して頭部は小さい。小さいが、それでも人間の頭の全長ぐらいには匹敵する。口を形作るのは頑強なクチバシで、こんなもので突かれたら人間の顔の皮膚など簡単に食い千切られてしまうだろう。

 そして特に奇妙なのが四肢。足は立派なものがあるのに、この動物には『腕』がない。厳密に言えば骨格にはあるのだが、小さく退化していて外からは見えない状態だ。胴体から足だけ生やした身体は、まるで人造生物や遺伝子障害のような奇妙さを感じさせる。しかしこの生物に関しては、この形態こそが自然な、進化によって辿り着いた正常な姿だ。

 この奇妙な生物の名は、ジャイアントモア。

 十六〜十九世紀頃に絶滅したと言われている生物だ。絶滅した時代が古いため遺伝情報が残るような標本もなく、近縁種も全て絶滅したため遺伝子組み換えや代理出産などの方法でも蘇らせる事の出来ない存在。

 その絶滅種の()()()()()()()が今、人間達が用意した檻の中で暢気に歩いていた。


「おおお……! これは、すごい……!」


「本でしか見た事がない生き物が、現実になるとは!」


 ジャイアントモアを前にした人間達……いずれも高価そうな衣服やアクセサリーを身に着け、一目で富裕層と分かる……は、驚きと感動を言葉にする。ジャイアントモアに睨まれると、女性は可愛らしい悲鳴を上げ、男性は勇ましく笑った。

 ジャイアントモアの方は人間達の視線や声に苛立つ素振りもない。すっかり慣れたと言わんばかりに、餌入れにある肉を大きなクチバシで食らう。獰猛な肉食獣の姿に、また人間達は興奮(特に男性は喜ぶ)を露わにする。

 そんな彼等の後ろに控えている初老の女性――――オリヴィアは、にこりと微笑む。

 此処はニュージーランドにある、野生生物研究センターだ。普段の業務はニュージーランドの野生生物の生息数や生息環境を調査し、絶滅の危険がないか、保護にはどのような対策が必要かを考える事。他には新種生物の調査や、標本管理などの仕事もしている。

 そして富裕層向けのオプションで、『絶滅生物の観察ツアー』も行っている。オリヴィアはこのセンターの研究員であるのと同時に、ツアーに来た客の案内及び解説も担っていた。先程までジャイアントモアの生態や特徴を存分に話している。かの生物を前にして大興奮するツアー客達が、その説明をどの程度覚えているかは分からないが。

 とはいえ彼等を愚かだとか、五月蝿いとは思わない。オリヴィアも自分が生き物好きの富豪で、ツアーでジャイアントモアと出会えたら、かなり五月蝿く騒いでしまうだろう。

 だからもっと見せてあげたいが、ツアーは時間が決められている。そろそろ『次』に案内したい。


「皆様。ジャイアントモア以外にも魅力的な生物は多数います。こちらもご覧ください」


 オリヴィアはツアー客達を率い、施設の奥へと進む。

 ジャイアントモアの檻から少し廊下を歩いた先には、また別の檻があった。中を覗き込んでみれば、そこには三頭の動物がいる。

 見た目はオオカミや犬のような生き物だ。だが下半身にある縞模様を見れば、生き物に詳しい者の中にはその種にピンと来る者もいるだろう。


「こ、これはフクロオオカミかね!?」


 やや太った男もその一人。オリヴィアは微笑みながら頷いた。


「はい。二十世紀前半に絶滅した、フクロオオカミの復元です」


「おおお……! 子供の頃に図鑑で見て、絶滅したと知ってガッカリしたものだが……復元とはいえ、本物に会えるとは……!」


 男は大層興奮した口振りで、檻に近付く。フクロオオカミ達はそっぽを向いていたが、男は目を潤ませ、上機嫌な様子だ。

 他のツアー客もフクロオオカミと知るや驚き、感動を言葉にする。誰もがもっと見たいと檻に近付き、一緒に来た知人や友人と語らう。

 その後もオリヴィアが案内する先には、様々な絶滅種がいた。リョコウバト、ニホンカワウソ、ピンタゾウガメ……動物が多いが、昆虫や植物もいる。


「いや、素晴らしい体験が出来た」


「ええ。こんな経験が出来るなんて、高いツアー代に見合う、ううん、それ以上の価値があったわ」


 ツアー客達の評判は上々。尤も、それはある程度当然ではある。絶滅種の観察ツアーに参加する者なんて、多少なりとも生き物好きだ。中にはフクロオオカミに感動した男のように、子供の頃から見たかった生き物に会いに来た者もいる。余程の事がなければ不評などあるまい。


「ありがとうございます。今後もライブラリ研究所から情報提供があり次第、新しい生物の復元を行っていきます」


「ああ、期待しているよ。いずれは珍しいものではなくなるかも知れないが、その前の、誰もが見ていないものを見る体験は一味違うからね。勿論、私からも少しながら支援もしよう」


「ええ、わたくしも支援させてもらうわ。それと……実は、アレクサンドラトリバネアゲハを一度で良いから見たくて。もしそれが出来そうなら、もっと支援しちゃうから覚えといて」


 ツアー客の話に合わせ、オリヴィアはにこやかに微笑む。

 ――――支援。

 ツアー料金だけでなく寄付の形で振り込まれる資金の回収も、この絶滅種観察ツアーの目的だ。とはいえその金は営利目的で集めたものではない。

 地球環境の再生という、大きな役割のための研究・運用資金の調達だ。

 ……現在、人類は未だ衰退を続けている。

 軌道エレベーター、気象制御装置、核融合炉など、様々な新施設が開発されたにも拘らずだ。衰退している理由は一つではないが、特に大きなものは環境破壊とそれに伴う災害である。数百人規模で犠牲者の出る豪雨が頻発し、大多数の国で夏と冬の気候が最早人間の生存に適さない。気象制御装置は災害や気温をコントロールしているが、被害をゼロには出来ていないのが実情だ。また農業に適した土地の大半が壊滅し、漁業資源は枯渇したため産業として成り立たない。

 ここまで酷い状態になった理由は、生物多様性の壊滅が挙げられる。地球環境というのは生物によって成り立っている部分が非常に大きい。ところが人類は自らの繁栄を重視する余り、多くの種を絶滅させてしまった。生物によって環境が成り立っているのだから、生物が絶滅すれば環境も壊れる。そんな当たり前の結果だった。

 だからこそこれ以上の破壊が起きないよう、環境保護や生物研究が重要だ。これ以上環境が壊れたら、気象制御装置で操作出来る範疇ではなくなる。いや、とっくにそうなっているからこそ、これ以上の悪化を防がなければどうにもならない。故に生物を守らなければならない。

 ならないのだが、国からの予算は潤沢とは言い難い。

 国から言わせれば仕方ない事だろう。国は環境だけでなく、高齢化や経済、国防や資源など様々な問題に予算を使わなければならない。環境対策に使う予算にしても、生物多様性だけでなく大気汚染や温暖化、災害対策などにも分配する必要がある。一つの研究に思う存分予算を注ぎ込むなんて真似は出来ない。

 しかし「お金がないから研究が進みません。研究が進まないから人類が滅びました」という訳にもいかない。予算がないなら稼ぐしかない。

 その苦心した結果が、富裕層向けの絶滅種観察ツアーだ。このツアーの料金、富豪達の個人的寄付により、研究所の予算はそこそこ潤沢になった。お陰で生物多様性を守るための研究は進み、人類の滅びは少しずつ遠ざかっている。

 絶滅種を見世物にして金稼ぎと言えば悪どく思える(実際そういった批判はある)が、そのお金で生物を守れるのだから悪事ではあるまい。

 と、ここまで話して誰もが疑問に思うであろう事――――その絶滅種は何処から来たのか?

 その答えは、世界を大きく変えている存在・ライブラリだ。


「しかし、ライブラリ様々だな。あそこに絶滅種の記録がなかったら、復元なんて夢のまた夢だったろう」


「あら、復元出来た人類も結構凄くない?」


「凄いかも知れないが、それもライブラリ由来の技術だろう?」


 ツアー客として来た夫婦らしき二人が、そんな会話を交わす。オリヴィアもその話は聞いていて、当時からこの研究所に勤めていたオリヴィアは過去を思い出す。

 事の発端は、今から十年前。

 ライブラリの解析を進める中で、個人情報に次ぐ長い周波数パターンが発見された。その周波数の内容は、四つの数字をひたすら繰り返すだけ。周期性やパターンもなく、なのに短くとも数億程度の長さがある有り様。

 しかしジャンクにしては形が整っている。なんらかの意味があるのではないか、ならば一体これはなんだと議論が重ねられ、答えは存外早く導き出された。

 これは生物のDNA情報ではないか、と。地球生命の遺伝子は四種の塩基によって形成される。四つの数字はそれぞれの塩基を示し、なんらかの生物の遺伝子を示しているのではないか――――

 その説は一定の説得力があった。あったが、証明は困難を極めた。

 何しろ地球の生命はとても多い。大量絶滅と言えるぐらい多くの種を絶滅させてしまった後だが、それでも動物だけで数十〜数百万種、植物や細菌類を含めればまだ一千万種以上いる可能性がある。可能性という表現になったのは、未発見の種も含むためだ。

 偶々発見したライブラリの記録一つと、最低数十万もいる生物の遺伝子を一つ一つ比較するのは現実的ではない。ましてや未発見の種なら比較しようがない。おまけに四つの数値がどの塩基を指すのか分からないので、四通りでの比較が必要になる。そもそも実在する生物の遺伝子情報なのか? ライブラリに『全て』があるなら、未来生物や過去の生物、はたまた宇宙の何処かに生息する偶々四種の遺伝情報を持つ地球外生命体という可能性もある。そして話の前提をひっくり返すようだが、遺伝情報だと確定した訳でもない。

 未来の個人情報すら既に記録されているライブラリ相手では、どんな考えも否定出来ない。どうやって検証すれば、と議論され、一つの方法が考え出された。

 作ればいい、と。

 幸いと言うべきか、ライブラリから得られた知識により人類の遺伝子工学は飛躍的発展を遂げていた。今やパソコンで作りたい遺伝子を設計し、ナノマシンによって直接DNAを切断・挿入・結合すれば、望み通りの遺伝子を作れる。一からDNAを設計する事はほぼない(既存の生物の遺伝子を流用すればとりあえず生き物にはなるし、欲しい形質を生み出しやすい。一から作ろうとすれば、何十億対もの塩基を正しく組み立てる必要がある。そんなのは現実的ではない)が、やろうと思えば出来なくはないのだ。

 ライブラリから得られた記録を、四種の塩基毎のパターンに解読。それぞれのDNAを組み立て、哺乳類や魚類などあらゆる動物の卵子に注入した。生成した受精卵を試験管内で慎重に育て、誕生した生命を何体も大きくしたら種を特定。

 それがかつて絶滅した生物だと確定した事で、ライブラリの記録から絶滅種の復元が出来ると証明された。


「(正直に言えば、今の環境を守っても人類は生きていけない)」


 人類は、手遅れなぐらいやり過ぎた。

 多くの生物が絶滅した事で、既に生態系は崩壊している。多数の種が生きていれば、一種二種が滅びても他の種が役割を担い、環境を維持してくれた。だが今やあまりにも滅び過ぎて、もう補う事は出来ない。一種滅びればそのまま環境が壊れ、別の種が滅び、また環境が壊れる……最悪の悪循環が始まっているのだ。

 今の地球環境はどれだけ守っても意味がない。崩れていく崖の上にある家を守ろうとしても、なんの意味もないのと同じように。

 しかし絶滅種の復元を出来るようになれば、絶滅した生物を生態系に戻せるようになる。生物多様性が回復すれば生態系は再び安定し、環境もまた安定する。

 人類を追い詰めている環境問題が、解決に向かうかも知れない。

 無論、これは簡単な話ではない。生き物が生きていくには環境が必要で、壊れた環境に考えなしに生き物を放っても死ぬだけだ。だが生態系の下層から、積み上げるように生物種を放てば、生態系を回復していける筈。

 そして地球環境が回復すれば、人類もまた生きていける。滅ぼしてしまった命を呼び戻し、失われた自然を取り戻せる。


「(何時か、地球を元の自然豊かな星に戻せる時が来るかも知れない)」


 果たしてそれが出来るのは百年後か、一千年後か。どちらにしてもオリヴィアが見る事は叶うまい。

 だが、自分の孫やその子孫は、生き物に溢れた世界を見られるかも知れない。

 一人の生き物好きとして、そんな地球になる事を心から望む。


「さぁ、皆様。次の絶滅種の案内をしますね」


 その夢を叶えるために、オリヴィアは今日もツアー客達に生き物の魅力を伝えるのだった。

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― 新着の感想 ―
『絶滅した生き物の実物を目にする』…………もし本当にそんなツアーがあったら、全財産をはたいてでも参加してみたいです(*´∀`)♪ 実に夢がありますね~(≧▽≦)
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