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利己的なアカシックレコード  作者: 彼岸花


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6/13

飛躍する記憶

 東南アジア諸国は、二十二世紀初頭では大きく衰退した国々となっていた。

 地球環境の悪化に伴う人類の衰退により、先進国の多くが内向きの政策に転換。経済的結び付きの弱体化により、東南アジア諸国の経済も低迷し、治安が急速に悪化した。

 更に地球温暖化による土地の荒廃、海水温の上昇に伴う酸欠によって、農業・漁業も壊滅。それら環境破壊に対応する開発も、統治能力と技術力の不足から不完全にしか出来ない。結果として市民生活も壊滅し、生活苦を起因とした反政府活動や内乱が活発化してしまう。これで政府を打倒し、政権交代を成し遂げた国も少なくはないが……根本原因は環境破壊と開発力不足なのだ。政権が代わったところで何一つ問題は解決せず、また争いが勃発。争いと破壊により環境破壊がより進む、悪循環に陥っていた。

 アメリカや日本以上に先行きの見えない、将来に期待出来ない国――――

 だが、その風評は今日から変わる。


「……ついに完成しちまったなぁ」


 インドネシア人の男・リオは感心しながら独りごちる。

 彼が見上げる先には、大きな塔がそびえていた。大きいと言っても百メートルや二百メートルの話ではない。政府発表の通りであれば、高さ一千五百メートルに到達する。リオは数キロ以上建物から離れているが、それでも圧倒されるような存在感だ。まるで山のような巨大さであり、実際巨大な建物を安定させるため、山のような円錐形をしていた。

 この巨大な建物のてっぺんからは、一本の長いワイヤーが伸びている。こちらも太さ十数メートルと巨大であるが、特筆すべきは太さよりも長さ。

 なんと、三万六千キロもあるらしい。文字通り宇宙まで届く長さで、人類史上最長のワイヤーだとリオは聞いている。

 あまりにも途方もない巨大建造物。少なくとも、百年前の人類では建築する技術も資材もなかった。だが今は違う。簡単でなくとも大きな事故はなく、人員を増やすなどの対応はしたもののスケジュール通りに作業を行えた。

 全体的に見れば順調に、世界で最初の超巨大建造物……()()()()()()()()は完成したのである。


「すげぇよなぁ。まさか本当に、俺達の国にこんなものが出来るなんて」


 傍にいた同僚が、リオの独り言に答えるように話す。

 リオも同僚も他人事のように話しているが、実際のところ彼等は軌道エレベーター建設の作業員である。確かに詳しい原理や素材の作り方などは知らないが、一介の建築作業員として多くの仕事を行ってきた。何処にどんな建材を使ったか、何処にどんな苦労があったか……パソコンで設計図を書いている学者達よりも、自分達の方が余程軌道エレベーターに詳しいという自負もある。

 それでも呆気に取られてしまうぐらい、圧巻の光景だった。


「ああ……あのワイヤー、宇宙まで届いているんだろ? すげぇよな」


 軌道エレベーターから伸びているワイヤーは、三万六千キロ上空……静止軌道と呼ばれる位置まで伸びている。

 そもそも静止軌道とは何か? それは人工衛星と関係がある。

 まず、人工衛星が何故地球に落ちないかと言えば、高速で飛んでいるため。速く飛ぶ事で遠心力が発生し、地球の重力と釣り合うため落ちてこないのだ。

 そしてこの『落ちない遠心力』を生むための速度と、地球の自転速度が一致するのが静止軌道である。地球と同じ速さで飛んでいるので、地上から見ると同じ場所に留まっている=静止している、ように見える事から名付けられた。

 軌道エレベーターのワイヤー先端も地上から見ればあたかも止まっているように見えるだろう。ワイヤーは『ケージ』が通るためのレールでもあり、先端にある『中継施設』へと通じている。

 この中継施設は、まだこれと言った役割がない。現時点では本当にただの箱である。

 だが、将来的には違う。

 いずれこの中継地点は、宇宙に物資を送るための輸送センターとなるからだ。宇宙に集められた物資は、地球の遥か彼方……月や火星などに送り込まれるだろう。

 勿論今でもロケットを使えば、それらの星に物資を送れる。だが軌道エレベーターを使えば、ロケットよりも遥かに安価に、効率的に輸送可能だ。コストを低下させる事で、宇宙開発をより推進する事が出来る。

 上手く開発が進めば、人類は地球外惑星に定住する事も出来るかも知れない。


「そんなすげぇもんの建築に関わったなんて、息子だけじゃなくて孫にも自慢出来るな」


「どうだろうな、案外このぐらいの仕事がボコボコ来るかも知れないぞ?」


「はははっ! そうなったら自慢にもならねぇか! だけど自慢より、仕事が多い方がいいな」


「違いない」


 同僚とリオは揃って笑う。

 軌道エレベーターは、確かに世界的な大建設である。

 だがこれが世界一の建築物とは限らない。今、世界各地で様々な新施設が建てられているからだ。例えばカナダには巨大核融合炉が建設され、原子力や火力などの発電が不要になる日が近いという。イギリスでは高効率海水濾過施設と呼ばれるものが作られており、完成時には海水から高純度の金属を無尽蔵に生産するらしい。

 他にはオーストラリアに局所的気象コントロール施設、日本には地震制御ユニット、アメリカには超巨大演算施設が建てられている。気象コントロールや地震制御などは、地球環境の操作を(現実的にはほんの少し干渉する程度らしいが)行うための施設だ。これらの完成は十〜三十年後。世界初なのもあって予定通りに進むとは限らない一大プロジェクトだが、長生きすれば完成を見届けられそうなものでもある。

 二十二世紀前半まで人類は、地球の支配者を名乗りながら環境破壊で自滅寸前に陥る間抜けだった。しかし今、人類はいよいよ地球環境を自由に操ろうとしている。衰退を始めたと言われた人類が、再び繁栄を始めようとしていた。


「しっかし、すげぇよな。ライブラリってやつは」


 その繁栄が始まったきっかけは、やはりアメリカがライブラリの情報を()()した事だろう。

 ――――米国が、これまで機密情報としていたライブラリの存在を世界に発表したのは、今から二十五年前の事。

 ライブラリが五十年前に宇宙から飛来した物体である事、膨大な情報を有している事、ここ最近先進国が開発した新技術の多くはライブラリ由来である事……これまで米国と一部の同盟国で知識を独占していた事。これらを発表し、これからはその知識を全世界に伝えると宣言したのだ。

 この軌道エレベーターも、米国から提供されたライブラリの知識により建築された。最初は半信半疑の国民も多かったが、こうして完成した事で、与えられた情報が正しかったと証明された。

 しかし米国は何故こんな、自国の独占的利益を手放す真似をしたのか?

 その答えは「世界全体と人類の利益を考えて」と伝えられている。だが真実はもっと合理的だ。ライブラリに記されている『国家情報』に、米国がライブラリの情報を世界に公表する旨が書かれていたのである。

 公表した場合、米国は多くの利益を得て、人類全体も繁栄していく。多少の小競り合いなどの問題は起きるが、大きな戦争もない。むしろ世界各国の優秀な人材が集まり、ライブラリ研究は加速。今までにない早さで発展していくと記されていた。

 対して、公表しなければどうなるのか? これは分からない。ライブラリに『もしも』の記載はない、或いは発見されていないのだから。

 だがライブラリ研究をほぼ独占している今の先進国は、それでも衰退が続いていた。確かに技術は進歩したが、環境破壊や資源の枯渇の方が早く、高齢化などの問題も解決していない。このままではライブラリの知識を以てしても、先進国どころか人類が滅びる。人類自らがそう予想している状況だ。

 ライブラリを公表すれば、人類が繁栄すると予言されている。公表しなければ、人類が滅亡すると人類自身が予言している。

 いくら国益が最優先だとしても、それで滅亡したら意味がない。故に米国はライブラリの予言に従う事にしたのだ。

 尤も、この裏事情を知るのは米国政府と通じている一部の者達ぐらいだが。リオ達一般市民は何も知らない。


「アメリカ様々だな。アメリカが建て方を教えてくれなかったら、こんな建物が出来る日は来てねぇよ」


「言えてる。なんか嘗められてるだのなんだの言ってる奴もいたけど、現実見ろって感じだよな」


 リオのような建設作業員達は、アメリカから仕事が来たと大喜びだ。

 この仕事の受注に、全く問題がなかった訳ではない。

 軌道エレベーターの建設素材は米国や日本など、インドネシアではなく外国で生産されている。このためインドネシアで仕事を受けられたのは建設関係者ばかり。雇用者の多くが属する、製造業関連には大きな仕事が入っていない。

 この点に不満を持つ者が、少なくなかった。技術移転を求めるべきだ、という意見はそれなりにあったと聞く。

 しかし移転したところで、今のインドネシアにその最先端技術を発揮するインフラがない。人材に対する教育だって、先進国ほど優れてはいない。知識を学んでも、それを活かす仕組みがなければ使えないのだ。

 だから今は、建物を建てる下請け工事が精いっぱい。

 それでも、リオ達はとても気分が良い。


「これから、色んな仕事が来てくれる筈だ」


 リオが言うように、新たな仕事が来る筈だ。軌道エレベーターは高度な機械の塊であり、定期的なメンテナンスは欠かせない。その備品や技術者を逐一輸入するのは大変だから、段々と現地の技術者を育成したり、近場に整備品の工場が作られるだろう。

 仮にアメリカや日本から大勢の人が来れば、それはこれで次の仕事になる。人間は生きるだけで金を落とし、経済を回すのだ。経済が良くなれば家や店を建てる人も多くなる。建築関係の仕事も多くなって、リオ達の暮らしは良くなる筈。

 そうなれば此処――――リオ達の地元であり、百年以上代わり映えのしない古ぼけた市街地も、新しいものになるかも知れない。


「……楽しみだな」


「おう。楽しみだ」


 久方振りに感じた、未来への希望。根拠は弱くとも、その気持ちこそが経済を推し進め、未来を明るくする。そして前向きな考えは、地球自体をより良くする。

 今のインドネシアは、そして世界は、リオ達が抱いた気持ちのように明るいものに変わりつつあった。

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