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利己的なアカシックレコード  作者: 彼岸花


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解明する記憶

 米国はついに、ライブラリの存在を他国に明かした。

 対象は一部の同盟国。国民には秘匿するよう伝えられ、漏洩すればライブラリ研究から除外すると通告した。

 多くの国は二つ返事で了承。機密情報扱いし、ライブラリ研究の協力を申し出た。表向きは「米国との新世界秩序構築のための防衛技術研究」という名目で、予算などが通される。

 かくして世界中の研究者が、ライブラリの解明に取り組んだ。

 解析は驚くほど順調に進んだ。多種多様な人種や文化を背景に持つ人材が集まった事で、ライブラリの記録を読み解くための様々な方法が編み出されたからである。米国には多種多様な人種が暮らしているが、やはり多くは米国民であり、多国籍とは言い難い。文化が異なる複数国が協力すれば、研究が飛躍的に進むのは当然の帰結と言えた。

 そうした研究成果の多くは、当然ライブラリが発する電磁波の解読・検証の結果だが……しかし全ての研究者が電磁波と向き合っている訳ではない。ライブラリそのものの研究も進められている。

 その研究の中で一つ、大きな発見があったのは、ライブラリ発見から三十年後の事だった。


「ふむ……やはり採取は無理か」


 日本から米国に派遣された共同研究者・勇介は、ライブラリそのものの研究を担当していた。

 今彼が行っていたのは、ライブラリ『表面』の物質採取である。ライブラリにドリルの先端を当て、ガリガリと削るのだ。台座に安置されたライブラリの真横には、針のように小さなドリルを装備した機械が置かれている。

 無論、ライブラリを傷付ける事は基本的に許可されていない。『全て』が詰まっているかも知れないライブラリを破壊するなど、人類の発展を妨げる行いに等しいのだから。

 とはいえ、ライブラリ自体の構成物質も知りたいのが本音だ。一立方メートルの直方体でありながら質量がゼロの物体など、人類の如何なる素材にも存在しない。素材の『生産』は無理かも知れないが、構造や成分を確認出来れば、似たようなものは作れる可能性がある。それらは飛行機や車の軽量化に役立ち、運用に必要なエネルギーを大きく削減して環境保全に一役買うだろう。

 故にほんの一部、ライブラリの末端部分だけ採取が認められている。今回認められた採取可能深度は僅か一ナノメートルだけ。

 尤も、その一ナノメートルの採取すら、人類は未だ成功していない。ライブラリは尋常でなく硬いのだ。今回も最先端の、ライブラリから得た知識により開発された超硬度素材のドリルで削ろうとしたが粉一つ出ない有り様である。

 本来なら残念な結果だ。しかし勇介はどうとも思わない。削れない事はとっくに分かっているのだ。

 むしろこれで『自説』を証明出来る。その確信が得られたと、笑みを浮かべてしまう。


「どうだ? 表面電磁波に変化はあったか?」


「はい、大きな変動が検出されました」


 傍にいる助手に尋ねると、助手はノートパソコンに表示された画面を見せてくる。

 表示された折れ線グラフには、幾つもの情報が記録されていた。ライブラリが常に発している電磁波や、ライブラリ自体の質量、そしてライブラリの透明度など。複数の情報が、異なる単位の縦軸と、時間を示す横軸によって表現されている。

 これらはずっと一定の値を保っていたが、ある時点を境に大きな変動を起こしていた。その時点とは、ドリルによる採取が始まったタイミングだ。

 まず電磁波。表面を削ろうとするまでは平時の、普段と変わらない出力だったが……削り始めた途端、一気に低下。今回の測定機器では計測不能な値まで下がっている。完全にゼロになったかは分からないが、その可能性も否定出来ない。

 更に興味深いのは質量だ。こちらは()()()()()()。ドリルで削ろうとした途端、ほんの僅かに、数ミリグラム程度だが質量が発生していた。採取を止めるとすぐに減少し、またほぼゼロに戻っている。ドリルは真横から近付けて当てているので、この重さはドリルとは関係ないものの筈だ。

 透明度にも変化があった。ライブラリの色は深海を思わせる暗い藍色だが、その色彩がより黒く、透明度の低いものへと変化した。人間の目には分からない程度の変化だが、機械による観測は誤魔化せない。

 様々な変化が起きている。これらの情報こそが、今回勇介達がライブラリ表面物質採取によって得たかったものだ。


「ようやく、計測出来ましたね」


「ああ。これも先人達のお陰だ……まぁ、その先人の知識も、ライブラリ由来な訳だが」


 助手の言葉に頷きつつ、自力と言い難いところに苦笑い。

 ライブラリに生じた変化は、過去にも測定が試みられている。

 だが、今までこうした変化は殆ど観測出来ていない。電磁波の出力低下だけは変化が大きいので分かっていたが、他はとても小さな値のため測定されていなかった。しかし今回、勇介の仮説が証明される形で測定可能な値にまで増大した。

 その仮説とは、採取機器の硬度に依存するというもの。

 つまりどんな採取機器も通用しなかったライブラリの表面強度は、採取機器の硬さによって変化する――――自在に変動するという事だ。普通の物質でも、圧迫や衝撃の強さによって構造が変化し、硬さが変わったように見える事はある。しかしライブラリの変化は、そういったものとは違う。

 まるで採取機器の硬さ自体に合わせるような変化だ。今回の採取機器は回転や圧迫強度などを色々と変化させていたが、ライブラリの変化は一定のまま。普通の物質とは明らかに変化の仕方が異なる。そもそも質量に至っては、削り方で増減するものではない。そんな事で質量が変化したら質量保存の法則なんて成り立たない。

 そう、一番おかしいのは質量の変化だ。


「今回、質量の変化が記録されたのは大きな収穫だな」


「先生の仮説が、立証された形ですね」


「まだまだ仮説の域は出ていないがな。だが一歩前進と言ったところか」


 勇介にはライブラリの『正体』について、一つの仮説がある。それは「ライブラリは『情報』の塊ではないか」というもの。

 つまりライブラリは物質ではない、という説だ。情報の塊が物質のように振る舞っている、と言ったらあまりにも荒唐無稽に思えるが……しかし決して珍説ではない。裏付ける根拠は幾つかある。

 そもそも現代の物理学において、情報もまたエネルギーと等価、つまり同じものとされている。情報をエネルギーに変換出来る事も二〇一〇年には実験で確認されており、情報そのもの(尤も量子力学的な意味の情報と、一般人の思う情報は別物なのだが)にエネルギーがある事は実証済みだ。

 ライブラリには膨大な情報が記録されている。無尽蔵の周波数帯(知識)が記録されているのだから、それは疑いようがない。だからライブラリ自体が高いエネルギーを持っているのは間違いない。

 それにライブラリは常に電磁波を発している。電磁波は光の一種であるため、これを常に発するのは、光エネルギーを常に放出するのに等しい。ところがライブラリの質量はゼロ。相対性理論によりエネルギーと質量は等価なので、質量を持たないライブラリはエネルギーがない、或いは観測出来ないほど小さい筈である。だが発せられる電磁波はそこそこ強く、どう考えても質量なしに生み出せるものではない。ましてやそれを三十年絶え間なくとなれば、莫大なエネルギーを消費した筈である。

 もしもライブラリが情報の塊なら、その情報を少しずつ変換すればエネルギー問題は解決する。強度の変化も、接触した硬度に応じて質量を生成し、侵入を阻んでいると考えれば辻褄が合う。


「(ただ、その場合ライブラリの情報は日々失われている事になるが)」


 変換すればするだけ、情報は消えていく。エネルギーと情報が等価だからこそ、それは避けられない。

 ライブラリには『全て』があるという。確かにそう名乗れるぐらいの情報は、今の時点で確認されている。人間の個人情報がずらりと載っているぐらいなのだから、調べれば家畜や野生生物の情報もあるかも知れない。

 そう考えるとライブラリの情報量は無限に思えるほど多く、多少エネルギーに変換したところで尽きる事はないだろう。消費するエネルギーだって、今のところ放出される電磁波ぐらいしか確認出来ていない。恐らく一千年や一万年経っても、ライブラリが摩耗する事はない。

 ……しかし、消費したら『全て』ではない。

 消費した分は間違いなく失われている。なのに『全て』を名乗るのはどういう事か?


「(考えられる可能性は、三つあるか)」


 一つは、あまりにも些末な消失だから。

 無限から百億を引いても、無限である事は変わらない。「数え切れない」数である無限からすれば、「数えられる」数である百億なんて変化すら起こせないからだ。ライブラリの情報量も「数え切れない」ものであるなら、「数えられる」程度の情報が消えても見た目上殆ど変化がない。誰にも減った事が分からないのだから、そのまま『全て』を名乗っても問題ないという理屈だ。

 二つ目の可能性は、勇介の仮説が間違っている場合。

 そもそも情報をエネルギー変換していないのなら、この心配は全くの無用である。電磁波のエネルギー源は別にあり、それは未だ謎に包まれているのなら、やはりなんの問題もない。

 そして三つ目の可能性は――――そもそも『全て』という表現が()()である場合。


「(普通にありそうな話なのがなんとも、な)」


 ライブラリの製造者が、神か、超文明かは分からない。だがなんらかの知性があるなら、『過大広告』を行う事がないとは言い切れないだろう。人間だって二十二世紀を迎えた今でも、そういう問題が付き纏うのだから。

 ただの客寄せ過大広告。それなら筋は通るし、大した問題ではない。色々文句を言いたくなるが、こちらが誤解するぐらいの情報量なのだから不利益ではない。

 だが悪気のない大袈裟な表現ではなく、悪意が紛れ込んでいたら? 例えば詐欺師が使う、獲物を引き寄せるための『撒き餌』なのだとしたら……

 少々悪辣な見方かも知れない。少なくともライブラリに記されている情報は、確認出来た範囲では全て事実であり、人類の繁栄に役立っている。本当に善意の贈り物という可能性も、今のところ否定出来ない。


「……………君は、ライブラリには本当に全てがあると思うか?」


「え? そうですねぇ……未来の個人情報まで記録されていますし、全てが記録されていないと辻褄が合わないと思います」


 勇介が訊くと、助手は特段迷った様子もなく答える。

 確かに、その通りだ。

 ライブラリに未来の個人情報まで記録されている理由は、宇宙に存在する全ての素粒子の情報があるからだとされている。仮説に過ぎないが、今の人類に考えられる説はこれぐらいしかない。

 それだけの情報があれば、確かに『全て』と言っても過言ではあるまい。

 ……尚更、その情報の一部をエネルギーにしてはいけないのではないか。素粒子の情報が一つでも欠ければ、『全て』を維持出来ない。未来が予測出来なくなってしまう。だとするとエネルギーの源が別にあるのか、やはり虚偽なのか。

 深く考えると、謎はまだまだ出てくる。

 しかしその現実に直面し、勇介は一層やる気を漲らせた。


「(面白い……!)」


 ライブラリの『性質』を少し解き明かしたと思ったら、次々と謎が出てくる。

 謎の答えによっては、人類にとって有害かも知れない。その危機を避けるという使命感もなくはない。だけどそれ以上に、まずは謎を解いてみたい。

 一人の科学者として、分からない事を知るのは、どんな状況であれワクワクしてしまうのだから。

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― 新着の感想 ―
ここまで読んで思ったんですが、『利己的な』=『自分勝手な』とタイトルにあるのに、今のところライブラリは自分から一切アクションを起こしていないのですが、大丈夫なんでしょうか?
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