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利己的なアカシックレコード  作者: 彼岸花


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4/12

採掘する記憶

 大統領暗殺事件後も、ライブラリ研究は強く推し進められた。

 むしろ活性化したと言っても過言ではない。ライブラリの『予言』通り、大統領は暗殺された。つまりライブラリに記されている未来の個人情報は正しいと証明されたのだ。

 自分が何時死ぬか、どんな不運に見舞われるかを知りたい人は、然程多くないだろう。避けられない予言ならば尚更である。

 だが嫌いな奴が何時死ぬか、何が起きるかを知りたい者は多い。勿論弱味を握れたら最高だ。自分以外の情報を得るために、政治家達はライブラリ研究の予算を潤沢に回した。中には『個人的』な資金援助を試みる者までいる始末。研究者の数も増やし、設備投資も怠らない。

 そうして得られた様々な援助によって、個人情報以外の知識も多数解明されるようになった。次々と新技術が生み出され、米国の地位を確固たるものにしていく。

 少々の不正はあれど、順調で快調な進歩。だが、その歩みの停滞が予測された。尤も予測したのはライブラリではなく、ライブラリの研究者達であるが。


「計算資源が足りません」


 ライブラリに関する定例報告会。会議室に集められた研究者の一人であるマイクは、はっきりとそう述べた。

 話を聞いていた研究者達の何人かは、慎重な面持ちで頷く。しかし話を聞いていた官僚達は、少しの戸惑いを見せた。とはいえ官僚達は専門家でこそないが、ある程度この業界に詳しい面子。計算資源の意味ぐらいは分かる。

 計算資源とは、コンピューターが計算(処理)する時に使うものである。石油のような本物の資源ではなく、CPUやプロセッサなど、計算を行うのに使われる機器の能力を数値に置き換えた概念と思えば良い。

 人類が使うコンピューターはどれも0と1の二進数で表現されるため、あらゆる処理が計算と言える。計算資源の不足とは、コンピューターの能力が処理内容に対して足りていないという意味だ。


「……最新のスーパーコンピューターを導入していますが、まだ足りませんか」


「ええ、全く。ライブラリの『深度』は我々の想像以上に大きく、全く手に負えません」


 官僚からの疑問(指摘)に、マイクは強い口調で断じる。

 ライブラリが発する電磁波は一ヘルツを基準とし、そこから十分の一ずつ細分化されている。そしてより小さな波長ほど、高度な技術に関連する知識となっていた。つまり十〜二十ヘルツよりも十・一〜十・九ヘルツの電磁波の方が、十・一ヘルツよりも十・一一~十・一九ヘルツの電磁波の方がより高度な情報が詰まっている。

 このためライブラリ研究では、小数点毎に『深度』という表現を使って研究対象を表現する。具体的には小数点なしを第ゼロ深度、小数点第一位(一・一ヘルツや五〇〇〇〇・七ヘルツ)は第一深度、小数点第二位は第二深度と呼ぶ。

 そしてこれらの電磁波の解析には、スーパーコンピューターが用いられている。

 ライブラリが発する電磁波はモールス信号なので、やろうと思えば人間が手動で解析可能だ。だがライブラリの情報はかなり長いものが多い。『個人情報』ともなれば一人の人間の生涯が延々と書いてある状態だ。未来変更に関わる一部を除いて文字通り全て書いてあるそれを人力で読み解こうとすれば、その人間の人生と同じぐらいの時間を使う羽目になるだろう。

 しかしスーパーコンピューターであれば、人間を遥かに上回る速さで計算が可能だ。現在米国で使われている最高峰のスーパーコンピューターであれば、毎秒三千京(三✕十の十九乗)回もの計算を行う。これは理論値の話で、実際の計算速度は遥かに小さいが……だとしても京単位で処理をこなす。

 だから最初は、これで大丈夫だと思われていたのだが。


「最近は深度が深くなった影響もあり、計算力が全く足りていないのです。ジャンクも多くなっていますし」


 ライブラリが持つ情報は、人類の技術を嘲笑うかの如く膨大だった。

 まず知識の一つ一つの情報量が多い。そもそもライブラリに記されている情報は、パッと読んで理解出来るほど簡単なものではない。理路整然と原理や理屈を説明し、必要であれば方程式が書かれ、場合によっては参考文献なども添付されている。検証する側としてはとても親切で分かりやすいが、文字数としてはどうしても多くなる。

 深度が深いほど、得られる知識は高度だ。だが高度な知識を理解するには、前提知識が多く必要になる。参考文献数も膨大だ。このため深い深度の知識ほど、文字数は増加する傾向にあった。文字が多ければ、その分処理に時間が掛かる。スーパーコンピューターでもこれは変わらない。

 もう一つの問題が、『ジャンク』と呼ばれる記録。

 第三深度以降で確認されているものであり、名前の通りゴミ……つまり意味のないものだ。無意味なモールス信号の羅列であり、解読しても意味不明な文字列にしかならない。たちの悪い事に深度が増すほどジャンクの長さ・量は増えていき、より多くの計算資源を浪費させるようになっている。第五深度の時点で、同深度の記録の八割以上をジャンクが占めているほどだ。

 無論こんなものを最後まで解読しても意味がないので、出来れば省きたい。ところが詳しく調べたところ、ジャンクのように見せ掛けた有益な記録があると判明してしまった。意味を持つ単語が記録全体に点在し、繋げると一つの文章になるのだ。しかもそういう記録に限って、同深度にある他の知識より有益な事が多い。

 折角の有益な情報を見逃す事は出来ず、ジャンクも含めて片っ端から計算するしかない。仮にジャンクと判定されても、果たして本当にそうなのか疑わしい。暗号化されているのではないか、他記録と照合すると意味があるのではないか……まだ想像の段階だが、ジャンクという存在の意地悪さを考えると、あり得ないと言い切れない。

 そして最大の問題は――――


「あと個人情報解析の依頼が多過ぎます!」


 政府経由で依頼される、個人情報解析の依頼だ。

 ライブラリにある記録は、一つ一つが膨大な情報量を持っているが……個人情報は別格である。他とは比にならない量の記録を読み解かなければならない。

 一人の人間の個人情報量を計算してみよう。

 一日は八万六千四百秒。一つの行動に十秒費やすと考えれば、一日辺り八千六百四十行程度の行動に関する記録がなければ『完全』な個人情報とは言えない。そしてこれが一年分なら約三百十五万行、一生を八十年とすれば約二億五千万行となる。

 そして一つの行動を一文字で現す事は不可能。時刻や場所などを諸々含めれば、百〜二百文字ぐらいは必要か。仮に百文字とすれば、一人の一生を表すには二百五十億文字が必要となる。モールス信号は一文字を一〜四回の信号で表すので、平均二文字とすれば五百億文字分のモールス信号解析が必要だ。

 モールス信号一文字の解析を『一計算』とすれば、一人の人間の一生分の個人情報を解読するには五百億回の計算が必要となる。スーパーコンピューターの計算能力からすればほんの二億分の一、と言いたいがそうもいかない。これはたった一人分の計算である。何人も増えれば占める割合は大きくなり、そして今の人類は八十億人もいる。闇雲に調べればすぐに計算能力を食い潰してしまう。

 そして言うまでもなく、個人情報がある周波数帯にもジャンクはある。そもそも目当ての記録が何処にあるか分からない以上、虱潰しに調べるしかない。「何処かの誰かを調べてくれ」と言われたら、過去に該当人物かいるか調べ、いなければ出てくるまで個人情報の周波数帯を虱潰しに解析する必要がある。一人当たりスーパーコンピューターの二億分の一の計算量を消費して、だ。

 一応深度が深いほど、生年月日が未来に向かうという傾向はあるのだが……例外もあるので、当たりをつけた後は虱潰しの解析である。日によっては計算資源の半分を食い潰すほど、処理の負担になっていた。


「別に、依頼を減らせとは言いません。ただ、今のままではスーパーコンピューターの処理能力が限界を迎えます。限界と言っても処理自体は可能ですが、完了までの時間に現実性がなくなる」


 どんなに膨大な情報でも、処理自体は進められる。スーパーコンピューターのやる事は、あくまでもモールス信号の解読だけなのだから。

 だが量が増えれば、時間が掛かる。

 そしてライブラリは深度が一つ増える度にジャンクの割合が増え、一つの結果を得るのに掛かる時間がどんどん増大している。今は一日待てば済む結果が、やがて数日になり、一月になり、数ヶ月になり……数年になればライブラリ解析の旨味がなくなるだろう。ものによっては普通に研究した方が早くなってしまう。

 だから、スーパーコンピューターの性能向上が必要なのだ――――と、研究者であるマイクは訴えた。


「……分かりました」


 訴えを聞いた官僚は、こくりと頷く。


「実のところ、他の部署からも計算資源の枯渇は報告されています」


「まぁ、それはそう、でしょうね。一つのスーパーコンピューターで、チーム全体の記録解読をしていますし」


「ええ。しかし今の合衆国では、すぐにその要望を叶えるのは困難です。必要資源が不足しています」


 スーパーコンピューターは動かすだけで大量の電力を使う。

 何しろ計算回数があまりにも多いのだ。どんなコンピューターでも計算一回で都度電力を消費する。一秒で何京回も計算するスーパーコンピューターの電力消費は家庭用パソコンの比ではなく、一般家庭数万世帯分に匹敵するほどだ。電力消費効率は限界まで改善されているにも拘らず、である。

 それと排熱の問題も付き纏う。消費された電力は綺麗さっぱり消えるのではない。エネルギー保存の法則に則り、熱エネルギーに形を変えている。つまり数万世帯分の電気が熱へと変わり、スーパーコンピューターの中にどんどん溜まっていく。百度、二百度と際限なく高温化した結果、オーバーヒートするならまだマシ。プラスチックなどが発火し、火災事故に繋がりかねない。

 なのでスーパーコンピューターには冷却機能も欠かせない。一般的には水を流し込んでどんどん冷やす(というよりそうでもしないと間に合わない)が、当然水の運搬・排出にもエネルギーを使う。しかも膨大な、何億万ドルにも上るような金額のエネルギーだ。冷却後の熱い水で温水プールや入浴施設を作るなど、再利用手段はあるが、そういう限定的な使い道しかないとも言える。

 兎にも角にも、スーパーコンピューターを動かすには資源が必要だ。そしてその資源をこれ以上用意する余力が、米国にはない。ライブラリから得た知識で改善しようにも、そのライブラリの解明に資源が必要な訳で。


「そこで現在、同盟国との共同研究が考案されています」


「共同研究?」


「はい。一国で出来ないなら、複数の国で行う。同盟の基本です」


 アメリカには日本やカナダなど、数多くの同盟国が存在する。その全てが信用出来る訳ではないが、共同研究が行える相手もゼロではない。

 彼等と協力してライブラリの研究を行えば、解明はより早く進むだろう。或いは多くの人員が集まる事で、これまで気付かなかった、ジャンクの見分け方などが判明するかも知れない。そうすれば効率的に新たな知識が得られる筈だ。

 勿論共同研究になれば、同盟国にも旨味がなければ参加はしてくれない。それは米国の一人勝ちという状況を、自ら捨てる事に等しい。

 しかし、同盟国と共に栄える事の何が悪いというのか。

 そもそも今の人類は、環境破壊の結果衰退と絶滅が確定した状態だ。利益を独占しようとしてゆっくり研究なんてしていたら、間に合わなくて破滅するかも知れない。アメリカだけが環境先進国になっても、他全ての国で環境破壊が進めばアメリカも巻き込まれる。アメリカの優位性は大事だが、もうそんな事を言っている場合ではない。

 人類は一丸となり、新たな知識を模索する段階に来たのだ。ようやく、という言葉を頭に付ける必要はあるかも知れないが。


「政府はかなり意欲的です。尤も、大半は個人情報解析の効率化に期待しているのでしょうが……」


「いや、しかし結果的に設備を改善出来ればありがたいです!」


「では研究チームも共同研究に同意していると、認識します」


 マイクが興奮気味に答え、官僚は何かを紙に書き込む。マイクは息を吐いて、椅子に寄りかかる。

 政府も乗り気なら、共同研究は確定したようなものか。ライブラリの魅力を伝えれば、どの国も二つ返事で受けるだろう。

 ……実際に共同研究が始まるのは、数年から十年後か。相手国は話が来てから色々な準備を始めるのだから、そのぐらいの時間は必要だろう。だから成果が出るのは十年以上先だ。

 しかしその十年後の飛躍は、かつてないほど大きい筈。

 その時をこの目で見るのが楽しみだと、生粋の研究者であるマイクは心が躍るのを感じた。

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