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利己的なアカシックレコード  作者: 彼岸花


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2/5

開示する記憶

 アメリカ合衆国・ホワイトハウス。

 この国の中枢とも言える施設の一室に、大勢の人が集まっている。人々の職種は千差万別。政治家も、官僚も、科学者も集まっていた。本来なら大統領もこの会議に出席予定だったが、国連でのスピーチなど予定があり不参加となっている。

 そして彼等の動きは、ややぎこちない。


「えー、では第一回、UNKNOWN研究成果報告会を始めます」


 それも仕方ない。初めての、未知の飛来物に関する報告会なのだから。

 空からの飛来物……UNKNOWNがアメリカ国土の砂漠に落ちてから、一月が経った。合衆国中から集めた秀才や天才が、精力的に謎の物体を調べている。解明には至らずとも、そろそろなんらかの情報は得られるのではないか。誰もがそう思わずにいられない時期だ。

 官僚や政治家達は、期待と不安を滲ませた表情を浮かべている。対して科学者達はそわそわして、何処か楽しそうに笑っている。

 まるで知識をひけらかしたい子供のように。


「早速ですが、UNKNOWNについて判明した情報をお話します」


 真っ先に喋り始めた科学者――――ブレットは冷静さを装った、けれどもやや興奮した口振りだった。

 ブレットはUNKNOWN研究の主任であるレイの代わりに来た、副主任である。本来このような重要会議には主任が参加すべきだが、レイは人付き合いが苦手(というより科学者以外と話が合わない典型的オタク気質)なので、より社交的なブレットがその役割を担っている。

 そんな彼でも興奮を抑えられないぐらい、UNKNOWNは興味深い。


「まず、現時点でUNKNOWNがどのような物質で出来ているのかは不明です。削り取る事が出来ない上に、質量は限りなくゼロ。しかも電気や光も通さない……少なくとも人類にとっては未知の物質と思われます」


 ブレットの説明に、ざわざわと政治家や官僚がざわめく。未知の物質というだけで、そこから何か特別なものが得られるのではないかと期待しているのだろう。

 会議に参加した人々の反応を見て、ブレットは不敵に笑う。本番は此処からだと言いたげに。


「そしてUNKNOWNの表面には、様々な電磁波が流れていました。この電磁波は複数の波形がありましたが、その一つがモールス信号と一致した事を確認しました」


「モールス信号? という事は……まさか、これは何処かの国が作ったものなのか?」


 モールス信号について話すと、会議の参加者の一人がそう疑問をぶつけてくる。

 当然の質問だ。ブレットも予想していたので、用意していた回答を伝える。


「いいえ。それは考えられません」


 まず、UNKNOWNは宇宙の彼方から飛来した。それは観測により明らかである。仮にUNKNOWNが他国により作られたものなら、わざわざ宇宙の彼方まで打ち上げたものが、地球の、しかもアメリカ(外国)に落ちた事になる。あり得ないとは言わないが、あまりにも意味不明な状況だ。

 それにUNKNOWNは未知の物質で出来ている。何処かの国がアメリカ以上の科学技術を持っていたとして、それでも未知の物質を作れるとは考えられない。

 此処で言う『未知』とは新物質なんてものではなく、科学的に説明が付かないという意味だ。少なくとも今の人類には、触れるぐらい硬くて大きい、けれども()()()()()()()の物質を作る技術などない。空気でさえ一立方メートル当たり一キロ以上の重さがあるのだ。一辺一メートルの正六面体、即ち一立方メートルのサイコロ型物体であるUNKNOWNの質量は空気どころか、原子で最も軽い水素よりも軽い事になってしまう。これでは物理的におかしい。

 単に『先進的』では説明が付かない。そのぐらいの技術格差のある産物だ。人類史上最高の天才が作った、という可能性もほぼない。


「何故モールス信号なのかは不明ですが、ともあれ解読した結果、『ここに全てがある』という文言が確認出来ました」


「全てがある? それは一体……」


「全容を把握出来ていない今、まだ分かりません。ただ、詳しく調べたところUNKNOWNが発する電磁波には、無数の波長があると判明しました。しかもその多くが『文字変換』可能である事も」


 UNKNOWNの表面を流れる電磁波の周波数は、一ヘルツから百テラヘルツまで観測されている。

 その周波数の幾つかには、モールス信号で解読可能な情報が含まれていた。例えば原子の性質や分子の性質、星の運動量や相対性理論などの方程式、他惑星の正確な位置……

 ありとあらゆる知識が記載された、辞書のような存在だったのだ。


「いや、待ってくれ。さっきの話だと、一ヘルツから百テラヘルツまでの周波数しかないのだろう? 一ヘルツ毎に分割しても、ざっと十兆億通りしかないではないか」


 そこまで説明して、政治家の一人が反論する。

 確かに、テラヘルツ(テラは十の十二乗を意味するので一千億)までの波長を一ヘルツ毎に分割しても、十兆にしかならない。

 十分巨大な数であるが、『全て』の知識とはたったそれだけなのか? 例えば惑星の位置もUNKNOWNには記録されているが、この宇宙には銀河だけで二兆個、その銀河を形成する恒星は一千〜数千億はあるという。

 十兆だけでは、この宇宙に存在する星の位置さえ満足に示せない。知識の数というのはそれだけ膨大なのだ。しかも実際には全ての電磁波がモールス信号ではなく、ほんの一部の周波数がモールス信号に変換可能というだけに過ぎない。『全て』というのは、過大な物言いではないか。

 政治家のこの指摘は尤もだ。科学者達も無邪気にその言葉を信用した訳ではない。ちゃんと裏付けを以て、この情報を伝えている。


「確かに、一ヘルツ毎に分ければ十兆通りしかありません。ですが、〇・一ヘルツ毎なら?」


「……それでも百兆通りだろ。そういう言葉遊びではなくてだな」


「なら〇・〇一ヘルツ単位なら? 〇・〇〇一ヘルツ……一ミリヘルツ毎ならどうでしょう?」


 まるで詐欺師のような『もしも』の話。

 最初は怪訝そうにしていた政治家の顔が、驚き一色に変わる。どういう事だ? と困惑する政治家や官僚も多数いた。

 ブレットにとっては予想通りの反応。それでも彼は、抑えようとしていた興奮が声に滲み出てしまう。


「UNKNOWNから検出された電磁波は、極めて小さな周波数で細分化出来ます」


 周波数一ヘルツの電磁波と、一・一ヘルツの電磁波、そして一・〇一ヘルツの電磁波では、記録されている知識の内容が全て違っていたのだ。一・〇〇一ヘルツも、一・〇〇二ヘルツも、一・〇〇三ヘルツも――――

 そして電磁波の周波数は、無限に細分化出来る。そもそも周波数というのは一秒に何回周期があるかというものなのだから、そこに最小単位なんてない。一ヘルツというのは一秒に一周期する波長という事。一秒に一・一回も、一秒に一・〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇一回も、やれない理由なんてないのだ。

 全容判明に至っていない今、本当に『全て』があるとは断言出来ない。だがそれを予感させるだけの、奥深さがUNKNOWNにはあった。


「今、我々のチームではUNKNOWNの事を『ライブラリ』と呼ぼうと考えています。名称の変更を承認していただけますか?」


「……最終的には大統領の判断が必要だが、我々からも進言しよう。この名称変更なら、特に問題はあるまい」


「ありがとうございます。では、以降UNKNOWNはライブラリと呼称します。さて、そろそろ本題に入りたいと思います。即ち、ライブラリから未知の技術は手に入ったのか、です」


 ブレットの言葉に、会議室にいた誰もが引き寄せられるように彼を見遣る。

 UNKNOWNことライブラリの研究は、あくまでも革新的な新技術の獲得が目的だ。ライブラリに様々な知識があるのは興味深いが、それが使い物にならないのであれば意味がない。

 ましてや今の人類は崖っぷちであり、少しずつだが滅亡に向かって進んでいる。合衆国も例外ではない。無駄な研究に人員や予算を割く余裕はない、とまでは言わないが、優先度はどうしても下げざるを得ない。


「結論を言えば、数種の新薬剤に関する知識は得られました。記載通りであればこれまで治療不可能だった難病が、数年で完治出来るようになる筈です」


「おお……! なら、今の気候変動を止める術も……」


「あるかも知れません。ですが、現状ではこれ以上の知識を得るのは難しいです」


「何? どうしてだ?」


「解析能力の限界です」


 単純に短い周波数帯であれば、人類はかなり細かなところまで把握出来る。周波数というのは小さければ小さいほど波形が長い。一ミリヘルツなら一千秒、〇・〇〇一ミリヘルツなら百万秒に一回。だからその回数を数えれば、どんなに小さな周波数でも理論上は検出可能だ。

 しかし周波数毎の小さな差となると、話は違う。一ヘルツと一・一ヘルツの差を計測し、そこから情報を抜き取る必要がある。つまり周波数の〇・一回分の時間差を正確に観測しなければならない。

 〇・一ヘルツなら一秒で〇・一回分の時間差、つまり〇・一秒の差がある。これぐらいなら人力で測れなくもない。しかし一ミリヘルツなら一千分の一秒差にしかならない。ここまで来ると機械が必要だが、現在までに人類が観測出来た最小の時間単位はゼプト秒……十のマイナス二十一乗秒である。これでさえ狭い実験室の中の、小さな水素原子の動きを観測するのに使われただけ。現実的にはもっと長い時間差しか人類は把握出来ない。

 更に、ライブラリの放つ電磁波は、細分化した周波数帯の方が弱いという性質がある。つまり一ヘルツの電磁波よりも、一・一ヘルツ、一・一ヘルツよりも一・一一ヘルツの方が遥かに弱く、近い周波数帯に紛れてしまうのだ。このため単に周波数の差を観測するだけでなく、弱い電磁波を正確に検出しなければならない。

 感度と精度。ライブラリから知識を得るには、二つの技術が必要だ。


「ですので、これ以上の知識を得るために我々は二つの要求をします。一つは我が国で用意出来る、最高峰の設備を整える事。そしてもう一つは、技術進歩のための投資です」


 ブレットは要求を言い終えてから、ちらりと会議室を見渡す。

 結局、研究には金が掛かる。

 だが金を惜しみ、研究費を切れば、待っているのは停滞だ。現代科学は自宅の実験室では進歩を望めず、高性能な機器を用いなければならない。

 それを出さないというのであれば、もうこの国は、進歩する意思さえないという事。いや、意思はあるかも知れないが、そのための努力や出費はしたくない……だろうか。怠惰の極みであり、論外と言わざるを得ない。

 そうでない事をブレットは願う。幸いにしてブレットの期待通り、アメリカという国にはまだ進歩する意思があり、尚且つ怠惰ではなかった。


「分かった。我々としてもある程度は便宜を図ろう」


「! ありがとうございます!」


「ただし、予算を要求するからには相応の成果を出せ。それになんでも買い揃えられると思うな……結果次第では、望み通りになるかも知れないが」


 政治家達の語る思わせぶりな言葉。主導権は我々にある、と言いたげだ。

 とはいえ彼等の意見も正論である。莫大な予算と技術者を投入して、得られた知識が「ピザの旨味を最大限引き出すトッピングの比率」では、却ってアメリカの滅亡を早めてしまう。政治家達はライブラリの有用性を見極め、適切な予算配分をしなければならない。

 期待に応えられる成果、期待に釣り合う要求……そのバランスが肝要だ。ブレットもそれは理解する。

 理解しているからこそ、本当の主導権は自分達にあると自信を持っていた。


「(取引材料はまだあるからな)」


 現時点でライブラリから引き出せた新技術は、新薬だけではない。

 高性能な太陽光パネル、汚染の少ない火力発電システム、小肥料で育つ作物、乾燥地の湿潤化工事……現時点でアメリカを、人類を救えそうな技術の知識が幾つも得られた。これらはまだ実現性や理論の正しさ、リスクの検証が済んでいないので、実用化出来るとは言えない。だがかなり期待出来るものではある。

 検証が済み次第発表すれば、政府は簡単に説得出来る。それどころかもっと良いものを欲し、更なる発展を求めて、頼んでもいないのに予算を拡充してくれるかも知れない。

 ライブラリ研究の未来は明るい。

 明るいが――――ブレットはふと、不安を抱く。


「(ライブラリの『奥』には、何があるんだか)」


 今の時点で、あらゆる問題を解決してくれそうなライブラリの知識。

 その行く末に『全て』があるなら、一体何が記されているのか。

 ブレットが抱いた疑問という名の不安。ライブラリ研究が始まってから十年後、彼の抱いたものの答えの片鱗が見える事となった。

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― 新着の感想 ―
彼岸花さんの作品で『生物』ではなく『無機物』がメインとは珍しい…………。 でも、その内『生物らしさ』も出てくるかもしれませんが(;^ω^)
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