降下する記憶
『それ』は、ある日前触れもなく空から落ちてきた。
落下地点は砂漠地帯。広大な、砂だらけの大地に落下した『それ』は、砂漠に大きなクレーターを作り出した。
クレーターの半径は三十メートルほど。広い砂漠の中では小さな、けれども砂漠の構造物としては十分巨大な陥没は、何もない砂漠ではこれ以上ないほど確かな存在感を放つ。
そしてクレーターの中央に『それ』は埋もれている。
全長一メートル。形は正六面体……サイコロのような形をしている。色合いはとても暗い、深海を思わせる藍色だ。表面は光沢を放っていないが、金属を思わせる質感がある。面はどれも平らで、凹凸どころか傷さえ見当たらない。
「これが落下物か」
クレーターの上からでもハッキリ見える『それ』に、集まってきた人間達の一人がぼそりと呟いた。
人間達は軍服を着ていた。近くには軍で運用されているジープが数台停められ、彼等が軍属の身である事を示す。全員ではないが一部の者は武装し、周囲と『それ』を警戒する。
しばらく遠巻きに観察していた彼等は、やがて一部の人員がクレーター内に踏み込む。彼等は白い防護服に身を包んでおり、なんらかの汚染から身を守っていた。底まで降りた彼等は慎重に、警戒するような摺り足で『それ』に歩み寄る。
ついに防護服の手袋越しに触れた『それ』は、何かを起こす事はなかった。
三人掛かりでそっと持ち上げられた『それ』は、別の人員が持ってきた大きな容器に入れられた。二メートルはある大型のプラスチック容器で、中に固定具がある。『それ』を入れたら固定具で留め、動かないようにしたら箱は人員全員で運ばれた。
最終的に『それ』入りの箱は、留められていた大型トラックに載せられた。トラック内にも固定器具はあり、砂漠の悪路を走行しても揺れ動く事はない。運転手は颯爽と走り出す。軍の他の車も、トラックの後を追う。
これにて収容完了。作業をした人員達は一斉に安堵したようなため息を吐く。けれどもすぐに気を引き締めて背筋を正す。
何事もなくてよかった。これからも何も起きないでくれ。そう言わんばかりの、緊張した心が見るだけで伝わる。
「撤収だ」
隊長格の者が指示を出すと、彼等はすぐに従う。いそいそと車に乗り込み、砂漠の大地を颯爽と走り出す。
彼等はすぐに『それ』を研究施設に運ばなければならない。
それが彼等――――アメリカ陸軍に与えられた任務なのだから。
西暦二一〇八年。
今も人間の文明は存続していた。第三次世界大戦後も文明は滅びず、あまり大きな勢力の変化もないまま。人口は緩やかに減少しているが、今すぐ滅びるほどではない。
しかし持続可能な社会かといえば、それもまた違う。
環境破壊は百年前よりも遥かに深刻化し、世界のあちこちが砂漠化。野生生物は激減し、絶滅した種があまりに多くて今や維持すら出来ず日に日に環境崩壊が進んでいく。漁獲量は激減し、農業や畜産は土地の劣化で生産性が低下。人口減少に転じたのに、食料不足が深刻化している。
今すぐは滅びない。次世代も大丈夫だろう。だが五百年後、一千年後に存続している保証はない。そのぐらい追い詰められているのが、今の人類の状況だった。
それは当然アメリカも例外ではない。世界有数の穀倉地帯は砂漠化によって壊滅。エネルギー資源を大量に消費して農作物工場を稼働させているが、それは環境破壊を促進させているも同然で、人類の寿命を更に削っている。
革命的な進歩が必要だった。人類が生き残るためにも、アメリカという国が今後も世界の覇権を握るためにも。
――――『それ』がやってきたのは、そんな時だった。
「やはり、間違いなく人工物だね」
とある施設に運ばれ、施設中央にある大きな台座に置かれた『それ』を前に、白衣姿の老人は楽しげに呟く。
科学者レイは『それ』の発見者である。彼は天体観測中、宇宙から飛来する物体を見付けた。最初は隕石の類と考えられたが、地球接近時に不自然な挙動を見せた。
例えば減速。太陽からの光圧(強い光はエネルギーを持つので僅かにだが物体を動かす事が出来る。宇宙は大気がないためその影響が大きい)により、物体が減速する事はあり得る。だが観測した物体は計算上あり得ない速さで減速し、それどころか加速する筈の大気圏突入時でさえ減速を行っていた。
更に『それ』は極めて強力な電磁波を放っていた。まるで自分の存在を示し、地球人に飛来を伝えるかのように。おまけに観測漏れがないようにするためか、様々な周波数帯で、極めて周期的に放つ念の入れよう。
到底自然物とは思えない。いや、人工物と考えるべきだ。
様々なデータから、合衆国政府は『それ』――――UNKNOWNと命名した存在の調査を決定。発見者にして最もUNKNOWNについて知る(とはいえ他の人よりは、程度でしかないが)レイを研究チームの主任に任命し、軍が回収したUNKNOWNをこの研究施設に運んだ。レイの予想通りUNKNOWNが人工物……なんらかの異星文明に由来するのであれば、そこから得られた技術は先行きの暗い人類や合衆国に新たな力を与えてくれるのではないか。そんな期待と願望があった。
勿論レイだけが調べる訳ではない。他にも大勢の、何百もの科学者がUNKNOWNの調査を行っている。硬度や成分、色彩や質量など、ありとあらゆる情報を読み取ろうとした。調査を始めてまだ数時間しか経っておらず、今のところ研究成果は出ていない。
そう、今のところは。
「レイ主任。この記録を見てください」
電磁波を記録していた職員の一人が、レイに話し掛けてくる。片手に数枚の書類を持ち、神妙な面持ちをしていた。
分からない事があったから聞きに来た、という様子ではない。レイは職員と向き合う。
「ああ、どうした?」
「UNKNOWNの表面に流れる電磁波の、周波数帯毎のパターンです。ここまでは通常の、現時点では周期的である事以外に特徴のないものとなっています」
職員から渡された書類を、レイは一枚一枚念入りに確認していく。
職員を信用していない訳ではない。
ただ、年長者兼研究主任として、職員の言葉に見落としがないか探る必要がある。話を聞きながら、一つずつデータを吟味していた。それから、今のところ明らかになっているUNKNOWNの特性を思い返す。
UNKNOWNは表面に電磁波が流れている。
非常に弱い電磁波で、外には一切漏れ出ていない。端子を直接触れさせて、ようやく検出出来る代物だ。普通電磁波は電気が流れる事で生じ、距離の二乗に比例して弱まるが、外に広まらない事はない。電磁波を吸収する素材で覆われているなら兎も角、端子が触れるだけで取り出せる電磁波なら、弱々しくても離れた位置から検出出来なければおかしい。
これもまたUNKNOWNの奇妙な、自然物ではないと思わせる性質の一つ。そしてこの電磁波は一定周期で、様々な変化を付けて流れている。しかも電磁波のパターンは一種ではなく、幾つもの周波数に分かれてある。三十分前には百種類以上確認されたとの報告がレイには来ていた。まだまだ調査中で、明日には一体何種類見付かるか分かったものではない。
「問題は、この波形です」
その中の一つに『問題』があると、職員は言う。
「問題、というと?」
「見てください。短い流出と長い流出、そして停止を繰り返しています」
職員は件の電磁波について描かれたグラフを指差す。確かにその周波数帯の電磁波は、出力と停止が繰り返され、出力は長い時間のものと短い時間のものの繰り返しだ。
……だからなんだ、とレイは思ったが、職員は違った。
「これ、モールス信号と一致しています」
ただ一言。
職員の一言で、レイは背筋がぶるりと震えた。
モールス信号。それは長短二つの信号によって表される文字コード(文字を示す情報)の一種。現在でも救難信号などで用いられており、読めはしないが、レイも存在ぐらいは知っている。
だが、モールス信号は人間が開発したものだ。そこに宇宙人が関与していた、なんて言い出すのは陰謀論にしても出来が悪い。
ならばこのモールス信号風の電磁波パターンはなんなのか? 宇宙人が地球を監視し、モールス信号を解読して、UNKNOWNに発信させたのか。もしそうなら他の、モールス信号とは思えない電磁波パターンは?
「……こ、このモールス信号の解読は?」
「既に完了しています。文章は短く、アルファベットに対応していましたから」
職員はそう言いながら、紙を一枚手渡す。短い文章で、単語も簡単。なら、その『翻訳』に間違いはあるまい。
荒々しく、きっと興奮しながら書かれていたのはこの一文。
【ここに全てがある】
興奮と不安と恐怖と期待が、レイの心の中に溢れ返った。




