10月4日 『僕という人 ①』
【自分の意見を言えない承認欲求の塊】
僕は幼少期、極度の恥ずかしがり屋だった。人前に立つことも、写真を撮られることも極力避けた。しかし思い起こせばピアノの発表会は毎年出たり、ダンスや演奏会や、ステージに立つという機会は人よりも圧倒的に多かったように思う。写真だって気がつくと列の端にこっそり写る自分から、真ん中で特大ピースをするようになっていた。無理をしていたわけではないので、性格上目立つことが猛烈に苦手である訳ではなさそうだ。
目立ちたがり屋の僕がなぜ発言をしなくなったのか考えてみたところ、自分が前に出て認められないという現実を恐れているのではないかと思った。僕は人と価値観がずれている部分があるようで、他人がイメージするものと僕の創造するものは天と地の差があった。他人の意見を聞いて確かにそうだと納得しては、人と同じに出来ない自分を酷く責めた。思い切って発言してみたが首を傾げられる一方で、とことん自信を喪失した。さらには他人の顔色や空気を読むことに長けていて、勝手に相手の心を読んでは落ち込んでいた。
僕の言葉に正解はないと思い始め、もしかしてこうなのでは?と思っても口を噤んだ。すると2手3手遅れて相手が僕と同じ答えを導き出す。答えを出した人間は賞賛され、何も言わない僕は蔑まされる。はるか昔に僕は気がついていたけどね!と心の中で泣き言を繰り返していた。ならば最初から言えば、と思い直すも、いざその時になると急激に自分を押し殺す。
何も言わなくても世界はまわる。お前らは僕の3歩後ろをトロトロ歩いて来るがいい。僕は黙ってその景色を見るだけで、手を上げて喜んでいる様をほくそ笑んでいるのである。
けれど本当は目立ちたがり屋なので、誰かに認めてもらいたいというのが本音だ。大いに声をあげて崇め奉っていただきたい。なのでこれからの僕の発言は、僕が全て肯定し、僕が全て承認する。他人に褒美は求めない。
僕が世界で一番素晴らしいのだ!




