第82話 来日
「Jimmy Pageが日本に来るって」
マンスリーマンションの一室で、新田はチャットをしながら言い放った。
「え? あのロックスターの?」
景隆は思わぬ展開に驚いた。
「念のためだけど、Zeppelin……LMSの開発者のほうよ」
「あぁ、わかっているよ」
Zeppelinは柊と新田が主導しているLMS(Learning Management System)の開発プロジェクトだ。
このLMSはOSS (オープンソースソフトウェア)で開発され、Jimmy Pageが新たに開発者として加わっている。
「プライベートな話題が出るのは初めてだな」
「そういえば……そうね……」
新田は記憶をたどりながら同意した。
開発プロジェクトのチャットでは、ソフトウェアのバグや設計のディスカッションなど、技術的なトピックが中心であった。
「何でそんな話題になったんだ?」
「あんたがチャットのログをみれば済む話でしょ」
「英語の文章読むのダルい」
「それでも外資系企業の社員なの?」
「外資系企業だからって、みんながみんな英語が得意なわけじゃないんだぞ」
「そなの?」
「そなの!」
Zeppelinプロジェクトはインターネットに公開されており、世界中の誰もが利用・貢献できる。
したがって、コミュニケーションはすべて英語で行われている。
この時代では機械翻訳の精度が低く、英語の文章を読むハードルが高い。
「仕方ないわねぇ……Zeppelinの実績にユニケーションを登録したでしょ?」
「あぁ、そうだったな」
Zeppelinプロジェクトのウェブサイトには、ドキュメントのほかに、このフレームワークが使われているサービスの一覧が登録されている。
霧島カレッジで使われている『グロウ』は外部に非公開のサービスであるため、登録されていない。
「そこで、私たちが日本人であることにたどり着いたのよ」
「あれ? 新田も柊も日本人だってわからなかったの?」
「本名出していないからね」
「あぁ……なるほど」
新田は『xin-den』、柊は『sumeragi』のハンドル名でプロジェクトに参加している。
この名前だけで、二人が日本人と確証を持つのは難しいだろう。
(新田のはわかるが、柊は何でsumeragiなんだ?)
景隆は柊の裏の活動を把握していない。
「それで? 何で日本に来るんだ?」
「ちょくちょく来日しているみたい。彼女が日本人なんだって」
「ほほぅ。とりあえず、Jimmyが男性であることはほぼ確定したな」
「日本語を学ぼうと、eラーニングサービスを作ろうとしたらこのLMSを見つけたみたい」
「eラーニングサービスを作ろうって発想がエンジニアだな」
「まぁ、普通は誰かに習うわね」
「新田と柊が作ったものに目をつけるとは、お目が高いな」
柊は未来にある最も優れたフレームワークを採用しているはずだ。
加えて新田の手が入ることで、この時代においては稀有なプロジェクトになった。
教育システムというニッチな用途であり、利用者は限られているが、ユーザーの評価は非常に高い。
「どうする? 会ってみる?」
「新田や柊が高く評価するエンジニアだからな、ぜひ会ってみたい。新田は?」
「そうね、これだけの技術力があるなら、いい刺激になりそうだわ」
新田は基本的にリアルのコミュニケーションが得意ではない。
Jimmyはその彼女をもってしても、会ってみたいという人物ということになる。
「じゃあ、会えるか聞いてみるわ」
「よろしく頼む」
新田はチャットに文字を打ち込んでいるのか、猛烈に速くキーボードをタイプしている。
「あれ?」
新田は不思議な表情をしながら言った。
「どした?」
「ミススカガワに会わせてくれないかだって」
「はあぁっ!?」




