第73話 子守?デート?
「うわー……でっかいビルですねぇ……」
リニューアルされた東京タワーの展望台で、大河原は目を輝かせて言った。
「あっちのほうがよかったんじゃないか?」
景隆は六本木ヒルズを眺める大河原に言った。
ベータテスト中のeラーニングサービス『ユニケーション』はサービス開始前から話題になっていた。
映画『ユニコーン』やMoGeの新作ゲーム『シティエクスプローラー』などのコラボレーションも控えているため、これをきっかけにプロモーションする予定であったが、大河原の影響力がこれを先行した形となった。
景隆は大河原に臨時ボーナスとしてほしいものがないかを尋ねた結果、彼女は東京の案内を希望した。
「いやー、田舎者の私にはハードル高いです」
そう言った大河原であったが、彼女のコーディネートは大学生と見られるほどシックにまとまっており、メイクも完璧だった。
おそらく船岡の指導の賜物だろうと景隆は判断した。
(なんか、会うたびにキレイになるな……)
大河原を見る周りの男性から視線を集めているが、彼女はまったく意に介していないようだ。
「この塔から私の声が発信されていたんですねぇ」
「確かにそうなるのか」
大河原がゲスト出演した長町のラジオ番組は好評で、プロデューサーからは再度の出演を打診されているようだ。
「長町さんのラジオ番組にはまた出るのか?」
「はい、シティエクスプローラーの発売日で調整されています」
「なるほど、いいタイミングだな」
「はい!」
大河原は満面の笑顔で言った。
(よく考えると、翔動の利益にめちゃくちゃ貢献しているんだよな……)
あのラジオ放送以降、MoGeの株価は順調に上昇している。
大河原が声を当てているユニケーションの自社コンテンツはリリース前から好評を得ており、彼女は翔動の広告塔としての地位を築きつつある。
「な、なぁ、食べたいものがあったら、何でも言ってくれ」
とりあえず、景隆は大河原の機嫌を取ることにした。
***
「あー! 石動さん!」
「げっ!」
大河原と芝公園を散歩していた景隆は、見知った人物と遭遇した。
「鷹山……? なんでここに?」
「それはこっちのセリフですよ……何やっているんですか?」
休日に鷹山に会うのは初めてであった。
彼女は散歩の途中なのか、動きやすい格好をしている。
普段は見せないポニーテールの髪型が、彼女の快活さと明るさをより一層引き立てている。
「仕事……だな」
景隆はそう結論づけた。
今日の出費は経費で落として良いと柊から了承をもらっている。
税務調査が来ても問題がないように、仕事の話題は逐次入れておいた。
大河原を連れていることは船岡の許可も得ている。
「むぅ……」
大河原は露骨に不満そうな顔をした。
「船岡さんはどこまで言っていいことになっている?」
この事態を想定していなかった景隆は、情けないと思いながらも、大河原に尋ねた。
大河原は高校生ということもあり、顔出しはしていなかったので、普通の高校生で通じる可能性は高い。
ただし、その場合は景隆の社会人としての地位が危うくなる。
「須賀川菜月といいます。声優をやっています」
「え? 声優!?」
大河原は芸名を名乗った。
景隆が仕事と言ったので合わせてくれたのだろう。
「俺がやっている副業の仕事で、声を入れてもらったりしているんだ」
「こんな若い子が?」
「福岡ドームの場内アナウンスもやっているんだぞ」
「うそっ!」
鷹山は口に両手を当てながら驚き、そして、首を傾げた。
「ん? 仕事で公園を歩いたりするんですか?」
「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」




