第72話 ロックスター
「この人すごいわ……」
マンスリーマンションの一室で、新田が感心していた。
翔動はeラーニングサービスを二つ開発を進めている。
『グロウ』は霧島カレッジ向けでタレント養成をするための教育サービスだ。
『ユニケーション』は一般向けに公開予定のサービスで、現在はベータテスト中である。
この二つはLMSというフレームワークをベースに構築されている。
このLMSのソースコードは公益性の高さから、OSSとして公開している。
このLMSの開発者は柊と新田だけだったが、徐々に関心が集まり、コントリビューターが増えてきた。
コントリビューターとは貢献者のことで、ソフトウェアのバグを報告したり、ソースコード変更の提案などを行う。
どうやら、新田を唸らせるほどのコントリビューターがいるようだ。
「うそん」
景隆は新田の発言をにわかには信じられなかった。
景隆の知る限り、ソフトウェア開発においては新田は突出した存在である。
その彼女に比肩するエンジニアがマイナーなプロジェクトに参加しているとは思えなかった。
「あぁ、Jimmy Pageか。確かにすごいな」
柊はLMSのプロジェクトをマネジメントしている。
その柊が言うのであれば間違いはないのだろう。
「これ本名なのか?」
「インターネットの住人は謎だらけだからなぁ。日本人は本名を隠したがるけど、海外は割とオープンだったりするし……」
「ロックスターと掛けたんじゃないの?」
「どういうことだってばよ?」
「IT業界における『ロックスター』とは、特に優れた技術者やエンジニアを指す用語なんだ。音楽界に実在するロックスターと掛けたんじゃないかと新田は言っている」
「自分でロックスターを名乗っているのか? 自信満々だな!」
「まぁ、仮にそうだとしても言うだけの実力はある」
柊はうろ覚えとは言え、未来の知識を使ってフレームワークを設計していた。
Jimmy Pageなる人物は、この設計に対しても優れた提案をしてきているようだ。
LMSの開発にあたって、開発者間の連絡はメーリングリストで行われていた。
議論が活発になるにつれ、メーリングリストを廃止し、チャットを使ったコミュニケーションに移行した。
コミュニケーションはすべて英語で行われている。
「そんなすごいやつが、どうしてドマイナーなプロジェクトに参加しているんだ?」
「教育という分野の公益性に感銘を受けたとか?」
「教育関係者である可能性はあるわね」
三名はこの謎の人物に、妄想を掻き立てられた。
「Jimmy Pageにも開発メンバーに加わってもらおう」
「そうね、賛成だわ」
OSS開発には保守や更新を担当するメンテナーと、貢献者であるコントリビューターがある。柊と新田はメンテナーだ。
柊はJimmy Pageをメンテナーに入れる提案をし、新田が同意したことで彼(?)がメンテナーに加わることになった。
「Jimmy PageがLMSの開発者になってくれたら、新田の負担が減りそうだな」
「そうだな」
柊がLMSをOSSにした理由の一つであった。
翔動の業務が多角化しつつあるため、優秀な開発者が無償で加わることは大きな利点となる。
「開発者が増えるなら、このLMSにちゃんとした名前を付けたいわね」
LMSは学習管理システムの総称だ。今のLMSは『Open LMS』として公開しているが、味気ない名前であることが課題とされていた。
「じゃあ、せっかくなのでJimmyにも意見を聞いてみよう」
LMSは『Zeppelin』と名付けられた。




