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第30話 俺の屍を越えてゆけ

「鷹山にこれを使いこなしてほしい」

景隆は鷹山にフィンガーフローを渡した。

二人はデルタファイブのオフィスでデルタイノベーションの発表準備をしていた。


「何ですか? これ?」

指に装着するデバイスを受け取った鷹山は、不思議そうにそれを見つめていた。


「これはフィンガーフローと言って――」

景隆はフィンガーフローの説明をした。

「なるほど、これでプレゼン資料を操作できるから、前を向いたまま話せるんですね」

鷹山は感心しながら景隆の説明を聞いていた。


「ちょっと、これを見てほしいんだけど――」

景隆はアクシススタッフのウェブサイトにアクセスし、神代が講師としてサービスの紹介をしている動画を再生した。


「くまりーだ! これテレビCMでやってますね!」

「知っているのか?」

「あー、石動さんはテレビ持ってないんでしたっけ……朝の時間帯に流れてますよ」

「そうだったのか……」

「はぁ、相変わらず世俗に疎いんですね」

鷹山はあきれるように言った。


「この神代さんのプレゼンはどう思う?」

「さすがプロ……プロじゃなくて女優だけど、すごいですね。話し方とか目線とか」

「神代さん、このフィンガーフロー使って実際に操作しながらしゃべってるんだよ」

「えぇっ! くまりーのこと知ってるんですか!?」

「え? そっち!?....あっ!」


景隆は神代のプレゼンテーションの技量をアピールするつもりだったが、鷹山が反応したのは別な理由だった。

想定外の反応で、景隆もボロを出してしまった。


「知ってるんですね?」

鷹山は睨むように景隆を見ている。


「か、間接的にだよ。アクシススタッフの知り合いが、この動画に絡んでたんだ」

神代と面識があること自体は隠す内容ではなかったが、それを言ってしまうと面倒なことになりそうな気がした。


「ホントですかぁ?」

鷹山はジト目だ。


「そ、そんなことはどうでもよくて、これを使って神代さんと同じようにプレゼンしてほしいんだ」

「それは結構難しそうですね……」


神代の所作はかなり洗練されていた。

柊によると神代は相当努力して、ここまでたどり着いたようだ。


「聴衆は社内の人間なので、声のトーンなどは普通でいい。

相手の反応を見ながら、これを使ってプレゼンできればいいと思う」

「それならなんとかできると思います」


「このフィンガーフローには、マクロ機能があって事前にキー操作を登録できるんだ」

「すごいですね! ということはデモの操作も――」

「あぁ、ある程度はできると思う。よく使うのは入れておこう」

発表会ではスライドのほかに、サーバーを使った実際の動作を見せるデモを用意している。


景隆は柊から神代に演技指導した内容を聞いていたため、これを鷹山に伝えたところ、彼女のプレゼン中の立ち回りが格段によくなった。

発表者の中で鷹山は最年少であるが、少なくともプレゼン力に関しては頭一つ抜けられるだろう。


「今更ですが、発表は石動さんではなくていいんですか?

技術的なところは全部石動さんがやってるのに、私だけおいしいところを取っているみたいじゃないですか?」

「お客さんの提案は鷹山がしてただろ?

それに、メンターとしては鷹山が成長する機会を見逃せないよ。

自分が発表しないとどうしても他人ごとになってしまうからな」

「そうかもしれないですけど……」


翔動のビジネスを考えれば、景隆はこのままデルタファイブに勤務し続けるのは難しいと感じていた。

そのため、先が短い自分よりも将来のある鷹山に活躍してほしいのが本音だ。

(辞めるって言ったら、どんな反応されるんだろうな……)


「な、なぁ、鷹山」

「はい?」

言いよどみながら問いかけた景隆に、鷹山は怪訝な顔をしながら返事した。


「議事録読んだか?」

「あ……はい、あの件ですね」

「すまん、白鳥も俺も止めようとしたんだが……」

「そんなこと関係なく私は鷺沼さんに勝つつもりですよ?」

「お、そうだな、俺もそのつもりだ」


鷹山の表情は景隆とは裏腹に晴れ晴れとしていた。

彼女のこういうところが人気の要因の一つだろう。


景隆が思っていたよりも鷹山のメンタルは強かったようだ。

あるいは強がりかもしれないが、その場合は気遣ってくれているのだろう。

彼女の成長を喜ばしく思いつつ、寂しさも感じる景隆だった。

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