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第248話 カストル

「前潟め、目立つようなことをしやがって……」

谷津(やつ)は愚痴をこぼしながら、インターネット将棋対戦サイトで、対局の様子を眺めていた。


谷津は都内の高校に通う二年生だ。

中学までは奨励会に所属していたが、現在はプロになることを諦め、進学校に入学し、勉学に専念している。


高校に入学してからは将棋部に所属したが、一年生の間はルール上、アマチュア大会に出場することはできなかった。

したがって、谷津は部員の指導や交流を目的として部活に勤しんでいた。

このような経緯から、本気で将棋をやることは当分ないと思っていたところに、前潟から光琳製菓杯への出場依頼が来た。


前潟が公の場で優勝を宣言したり、「ライバルはいない」といった相当強気な発言をしていたため、谷津もクラスメートや部員から相当期待されるようになった。

谷津が個人の大会に出場すれば、アマチュア相手にそうそう負けることはないだろうと思っているが、光琳製菓杯は団体戦だ。

とはいえ、前潟を含めたチームメンバーは皆、元奨励会員であるため、負ける要素は見当たらなかった。


もし、自分たちと比肩するアマチュアの強豪チームが出場するならば、自分の耳に入ってくるはずだ。

谷津の所属している将棋部は強豪校であるため、それだけの情報網を持っていた。


当初はあまり乗り気ではなかったが、前潟から神代が出場すると聞いてから、俄然やる気が出てきた。


「優勝したら、くまりーに握手くらいさせてもらえるかな……」

谷津は神代の大ファンだ。

その神代が将棋をテーマとしたドラマに出演するだけでなく、自分と同じ大会に出場すると聞いて飛び上がらんばかりに喜んだ。


ドラマの出演者が発表されてから、将棋部の中では、神代派と雫石派に分かれていたが、谷津は断然神代派だった。

部内には前潟派という少数派閥も存在しているようだったが、谷津にとってはどうでもよかった。


光琳製菓杯に出場が決まったときは、何の準備もなく大会に臨むつもりであったが、神代が出ることがわかってからは、今のようにインターネット将棋で対局したり、レーティング上位者の対局を観戦したりしていた。


「それにしても、このCastorって何者だ?」


谷津はレーティング上位の中でも、観戦者が多い対局を選んで観戦していた。

何局か観戦しているうちに、特に異彩を放っていたのが、このCastorというアカウントだった。


とにかく強い――最強としか表現できなかった。

インターネット将棋はレーティングが近い相手とマッチする仕組みのため、対戦を重ねていくと勝率は五割に収束する。

しかし、このCastorは驚くべきことに無敗だった。


「……生稲さん、生稲名人だ! そうに決まってる! すげぇなぁ……」

谷津は自分の中での正解に行き着いた。


「しかし、プロ棋士もお忍びでやってるって聞くけど、それでも全部勝っちゃうんだもんなぁ……恐ろしや」


***


「おぃ、雫石、まだやってんのか?」


深夜の白鳥ビルの対局ルームで、雫石はインターネット将棋に勤しんでいた。

柊は重要な案件があるらしく、ここにいるのは雫石とマネージャーの檜垣だけだった。


インターネット将棋の対局は、雫石自身が指しているのではなく、現在開発中の将棋AIの指し手を雫石が代わりに指していた。

柊によると、未来ではソフト指しと呼ばれ、禁止されている行為のようだが、現在の利用規約上は問題ない。

雫石は、将棋AIと同じ視点で指すことで得られるものがあるようだ。


「ねぇ、ねぇ。このカストルくん、すごいよ! また勝った!」

景隆は、雫石が年相応にはしゃいでいるのを見て、見守ることにした。

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