第245話 意中の相手
「それは、屋神を負かしたという棋士かね?」
長麦は端歩を突き、攻撃の手を緩めていったん様子見に転じたようだ。
長麦はいまだ屋神を倒した指し手が棋士だと思い込んでいるようだが、実際には違う。
そして、彼自らが『棋士』と言っている以上、真相にはたどり着いていないようだ。
これが景隆にとってのアドバンテージだ。
「少なくとも、棋士ではないです」
景隆も端歩に応じ、互いに相手の出方を伺っている状況になった。
景隆にとっては目の前の人物はファンキーなじいさんだが、柊によると一癖も二癖もある人物のようだ。
長麦は探るような目つきで景隆を見つめているが、今の時点では何も明かすことはできない。
「「……」」
長麦邸の和室に静寂が訪れた。
「じゃ、生稲を呼んじゃおうか!」
「へっ!?」
長麦は晩ごはんをカレーにするくらいのノリで言い放った。
***
「生稲です。石動さんのお話はお伺いしています」
(ほ、本当に来ちゃったよ……)
景隆の目の前には、将棋界の神様とも言われている棋士がいた。
その物腰は柔らかく、タイトル五冠を保持しているとは思えないほど謙虚な印象を受けた。
「か、株式会社翔動の石動と申します」
景隆は長麦のときよりも恐縮し、噛みながらも、丁寧に挨拶した。
(うわー! 生稲さんの名刺もらっちゃったよ……家宝だ!)
「会長、お待たせしました」
次いで長麦邸に現れたのは、銀縁メガネの奥に鋭い眼光を宿した五十代くらいの男性だった。
「滝くん、彼が石動さんだ」
滝は将棋連盟の常務理事を務めており、現役の棋士でもある。
かつてはタイトルを獲得していたこともあり、その風格と貫禄は人を寄せ付けない雰囲気を漂わせていた。
滝は景隆を睨むように見つめていた。明らかに歓迎されていないことがわかる。
「いつもお世話になっております。石動と申します」
景隆はできるだけ失礼のないように挨拶をした。
将棋連盟とは良好な関係を築いておく必要があり、特に役員に対しては丁寧に接するように心がけた。
「将棋連盟の滝だ」
彼は短い自己紹介を済ませると、眉をひそめながら言い放った。
「なにやらコンピューターで将棋をやっているようだが、正直言って迷惑なんだよ」




