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第243話 意地

「もーっ! 何なのよ! あの女!」

雫石は机を「バーン」と叩きそうな勢いで愚痴っていた。


翔動のオフィスに特設されている対局ルームでは、景隆と柊は将棋AIの検証と自身の棋力アップのためのトレーニングの両方を行っていた。

プロ棋士の指導対局を終えた雫石は、ここぞとばかりに本性を表した。


「お前、制作発表会のときはあんなに大人の対応していたのに、台無しだな……」


景隆はドラマ『駒の声』の制作発表会の様子を録画で確認していたが、前潟の挑発的な態度に対して雫石は冷静に対応していた。

前潟は雫石の一つ上だが、あの場面だけを見れば雫石のほうが年上に見えるだろう。


今の景隆は雫石にかまっている余裕はなかった。

記者会見で自分が光琳製菓杯に出場すると言ってしまった以上、無様な姿は晒したくなかった。

棋戦の冠スポンサーとなったことからも、その経営者が将棋が弱いという印象を与えてしまうことはよくないだろう。

このような経緯から、景隆は自分の棋力アップに躍起になっていた。


「柊、この候補手なんだけど?」

「ちょっと! 私のことはどうでもいいわけ!?」

「うわっ……めんどくさ……」


とはいえ、景隆はチームメイトである雫石の棋力も気になっていた。

柊や指導対局をしているプロ棋士によると、急激に強くなっているようだ。


「雫石、俺と対局してみるか?」

「けちょんけちょんにしてあげるわ」

「前潟みたいになっているぞ……」


***


「お前、相変わらず定跡オタクだな」

「っさいわね……私にはこれが合っているのよ。屋神先生もそれでいいって言ってたし」


屋神はA級の棋士で雫石の指導をしている。

将棋界の中でも十名しかいないA級棋士は将棋界の頂点に立つ存在であり、さらに雫石は数億もの予算を費やしている将棋AIも利用している。

世界中を探しても、これほど恵まれた環境で将棋を学べる者はいないだろう。


「んんっ……」

盤面は中盤に差しかかり、景隆は唸った。

景隆の雫石に対する認識は、序盤は盤石だが、少しでも隙があると崩れていき、中終盤が課題だった。

しかし、今の盤面にはそのような隙きは一切見られなかった。


師匠の一人である柊もこの対局の様子を見守っていた。


(あれ? マジで負けるかも?)

雫石の成長は喜ぶべきことだが、複雑な心境だった。

有段者として、将棋を始めたばかりの少女に負けるわけにはいかない。


***


「だぁっ! 投了!」

雫石は悔しそうに盤面を見つめて叫んだ。

(あ、危なかったぁ……平手で負けるところだった……)


「ちょっと、石動さんはなんでそんなに強いのよ!?」

「そりゃ、柊が先生だからな」


柊は自分がどのようにして将棋が強くなったかを知っている。

そして、景隆は柊の学習過程をいともかんたんに再現することができる。


「……それ……理由になるの?」

「あっ! ……」

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