第242話 動き出す将棋界
「必ず優勝します」
前潟はこれ以上ないくらい力強く言い切った。
メトロ放送の本社内では、ドラマ『駒の声』の制作発表会が行われていた。
将棋界が舞台ということもあり、新聞の文化部の記者や将棋雑誌の観戦記者など、普段はあまり芸能関係の取材をしない記者たちも多数集まり、会場内は熱気に包まれていた。
将棋雑誌『将棋ワールド』の八街という観戦記者から、光琳製菓杯への意気込みを聞かれ、前潟の受け答えは自信満々であった。
光琳製菓杯はアマチュアの将棋大会で、団体戦で行われる。
前潟のチームのメンバーは全員が奨励会に所属していたことがあり、プロに次ぐ実力があることから、優勝候補の筆頭と目されている。
「雫石さんのほうはいかがでしょうか?」
会場の視線は雫石に集まった。
将棋ワールドの最新号には、前潟と雫石、そして神代が光琳製菓杯に参加することが掲載されていた。
この最新号は書店では品切れが続出するなど、売れに売れ、創刊以来最高の売上を記録した。
「私は将棋を始めて間もないため、前潟さんをはじめとした強豪の方々の胸をお借りするつもりでがんばります」
前潟とは対照的に、雫石は殊勝な態度だった。
「雫石さんはこうおっしゃっていますが、チームメイトの神代さんから見て、雫石さんの棋力はいかがでしょうか?」
「そうですね、私も彼女と同様に始めたばかりですが――」
発表会会場では、将棋関係者の質問が絶え間なく続いた。
***
「石動さんが将棋界に参入する理由をお聞かせください」
将棋会館では新たな女流棋士の棋戦『翔動杯躍動戦』の記者会見が行われていた。
その名のとおり、翔動が冠スポンサーとなる棋戦が開催されることになった。
「私自身が世間で多少騒がれたものの、弊社の認知度はまだまだ低いのが現状です。
したがって、将棋を通じて弊社を知っていただくことと、技術力をアピールできる場となることを期待しています」
景隆は想定以上に大勢の記者がいることに気圧されながら答えた。
「技術力とはどのようなことを指しているのでしょうか?」
「それについては私から補足があります」
記者の質問に長麦が答えた。
「将棋連盟は公式のモバイルアプリケーションを試験的に導入することになりました。翔動さんにはこのシステムの開発と運用を行っていただきます」
場内は「おおぉっ」という歓声が響いた。
「そのアプリケーションは主に棋戦の中継を行いますが、いろいろな仕掛けをするつもりです」
「詳しく教えてください!」
「リリースまでお待ちください」
景隆はあまりもったいぶるような言い方をしてハードルを上げたくなかったが、これは長麦の意向だった。
どうやら、このじいさんはサプライズが好きなようだ。
「翔動さんが、霧島プロダクションさんと資本提携されていることは関係ありますか?」
「はい、もちろんです」
雫石が主演するドラマは将棋界でかなり話題になっており、将棋に馴染みがなかった雫石や神代のファンが将棋を始めたという話も聞かれるようになった。
「石動さんご自身の将棋の棋力はどれくらいでしょうか?」
あらかじめ想定された質問に、景隆はじっくりとためてから答えた。
「光琳製菓杯に出場することにしました。その結果を見てください」




