第241話 はったり
「もちろん、金のためだよ」
尾幌の回答はこれ以上ないくらいシンプルだった。
「……」
景隆はどうにもしっくりこなかった。
「おや? それは疑っている顔だね」
「そ、そんなことはないのですが……」
尾幌に図星を突かれ、景隆はどもった。
「ちなみに、石動くんはぼろやんがどうやってメトロ放送を救うつもりだったのか、想像できるかい?」
武佐の試すような視線に景隆は逡巡した。
ここで無難なことを言っておくほうがリスクは少ないだろう。
今なら、武佐や尾幌からは、若くて勢いのある起業家として一定の評価を得ているかもしれないが、言い換えれば二人にとって想定の範囲内にとどまる評価だ。
船井がこの場に景隆を呼んだのは彼の気まぐれかもしれないが、景隆にとってはこれだけの大物経営者に会える機会はそうそうないだろう。
ここで何の爪痕も残さずに、無難にやり過ごすのはとてつもないチャンスを逃すのではないかと景隆は思い始めた。
(ここはリスクを背負ってでも賭けに出るところだな)
「私が尾幌さん――創革インベストメントの経営者なら、さくら放送が所有するメトロ放送株を借り受けます」
「なっ! ……やはり本当のことだったのか……?」
景隆の発言がよほど想定外だったのか、船井が驚いた反応を見せた一方で、武佐と尾幌は興味深そうに景隆を見つめている。
そして、以前船井に話した内容を、景隆は再び口にした。
「さくら放送はメトロ放送の筆頭株主です。船井さんはさくら放送の経営権を握ることで、間接的にメトロ放送の経営に関与できます。
しかし、それはさくら放送がメトロ放送株を大量に保有しているからです。
そのメトロ放送株が創革インベストメントに移動したら、船井さんが支配できるのはさくら放送だけで、メトロ放送を掌握することは到底叶いません。
そうなると、船井さんは直接メトロ放送株の過半数を取得するしかありませんが、尾幌さんならそれを阻止する手をいくらでも打てるでしょう」
「「「……」」」
一気にまくし立てた景隆に、料亭の個室は静寂に包まれた。
「驚いたな、そのとおりだよ」
尾幌は感心したように言った。
「やはりそうだったのですか……」
船井は以前、景隆が言ったことがブラフではなかったことに改めて驚いているようだ。
景隆が語った内容は、全て柊が知っている未来の出来事の受け売りだ。
あまり未来のことをベラベラしゃべるのはリスクが高い行為であることは百も承知であったが、そのリスク以上に、この二人の印象に残ることのほうがリターンが高いと判断した。
「つまり、石動くんはぼろやんの動きを察知して、早めに動いたということだね」
「急いだのは、いくつかの事情はありますが、尾幌さんのことも大きな要因の一つです」
「驚いたな……僕は石動くんの手のひらの上で転がされていたってわけか」
「決してそんなことはないのですが……」
景隆は言葉に詰まった。
結果だけを見ると、船井は景隆の思惑通りに動いているように見えるだろう。
しかし、実際にこれを誘導したのは柊であり、そのことは絶対に知られるわけにはいかない状況だ。
したがって、景隆が前面に出ることで柊を隠す必要があった。
「あの……仮に私の想像が事実なら、尾幌さんがメトロ放送を救済しても金銭的な利益があるように思えませんでした」
この景隆の発言は本心だ。
柊からこの情報を得たときも、その事実を確認できた今も、この点は疑問として残ったままだった。
「創革インベストメントが証券業をしているのは知っているかね?」
「もちろん、存じています」
創革インベストメントグループは証券会社を買収しており、後にネット証券業界で口座数では首位となる。
「我々の顧客は個人投資家だ。ただでさえタンス預金を好む日本人が、国内の資本市場が不安定だと株に投資しようとは思わないだろう」
「それだけですか?」
「鋭いね、これはメディア戦略も兼ねている。金融資産を預かるには信用が第一なんだよ。その意味で、安定性を重視するスタンスをメディアが喧伝してくれれば、顧客は創革インベストメントなら安心だと思ってくれるだろう」
「そこまでお考えでしたか……」
景隆は感心していたが、それ以上に船井のほうがインパクトが大きかったようだ。
尾幌は長期的な目線で戦略を考えており、それを実現するだけの力も持っている。
景隆が介入しなくても、尾幌が動けば間違いなく船井の野望は打ち砕かれるだろう。
「ふむ、船井くんはこの件をきっかけに宇宙事業に転進しようとしているんじゃないのかな」
「実はそうなんですよ。宇宙には反発してくる敵がいませんからね」
(ええっ!?)
その後も話題は尽きず、四名は夜遅くまで語り合っていた。




