第239話 大物たちの饗宴
「このとき言ってやったんだよ『髪の毛が後退しているのではない。私が前進しているのだ』ってね」
武佐は自分の頭を指さしながら豪快に笑った。
高級料亭の個室では、そうそうたる顔ぶれが集まっていた。
景隆がこれほど豪華な食事を目にするのは、観藤会以来だった。
あのときはひたすら緊張していたが、今回は高揚感と緊張感が混ざり合い、不思議な気分になっていた。
(え? これ笑っていいところなの?)
一堂は笑っているが、景隆はどう反応していいかわからなかった。
「そういえば、船井くんは起業したときは長髪だったね」
「あのときは、とんでもない若造だなと思ってたんだけど、今ではすっかり大物になったな」
「いやぁ、僕なんて、まだまだですよ」
(とんでもないところに来てしまったな……)
景隆は小一時間前のことを振り返った。
***
「石動くーん、飲みに行こうぜぇ」
(中○かよ!)
電話越しの船井による、長寿アニメに出てくる友人のような誘いかけに、景隆は思わず内心で突っ込んだ。
日中はいつものように、デルタファイブで会社員をやっている景隆であったが、船井にとっての景隆は会社経営者だ。
したがって、このように時間を気にすることなく気軽に電話をかけてくる。
「いつも急に誘ってくるのは嫌がらせですか?」
「急に決まったからしょうがないじゃん、みんな忙しいんだし」
今となっては、景隆も船井相手にこれくらいの軽口は言えるような間柄になっていた。
「みんなって、ほかに誰かがいるってことですよね」
「まーね。全員が来るかわからないけど」
おそらく、これ以上聞いても無駄だろうと景隆は思った。
前潟のときもそうだったが、誰が来るかを明かさないのが船井流だ。
とはいえ、船井のことだから有益な人物を連れてくる可能性は高いだろう。
前潟は挑戦的な態度だったが、貴重な情報を得られたのは確かだった。
(これまで俺もけっこうな大物に会ってきたし、多少のことでは動じないぞ)
このとき、景隆はそう思っていた。
***
「きみが石動くんだね。一度会ってみたかったんだ」
(ええええええええぇっ!)
船井が連れてきたのは、景隆が将来の目標としている経営者だった。
船井が「インターネットの寵児」と呼ばれているのに対し、武佐は「情報革命の盟主」と呼ばれている。
情報社会のインフラを築き上げ、業界の大物であり、国内を代表する起業家である。
「きみが例の?」
(どひえぇえええええ!)
次いで現れた人物に、景隆は更に驚いた。




