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第236話 布石

「最近のケータイはなかなかすごいと聞いとるぞい」

長麦は新しいおもちゃを見つけた子供のような表情をしていた。


「あっ……」

景隆が操作の説明をする前に、長麦はあっという間に対局を始めた。

年齢に似合わず、この手のガジェットには慣れているのか、長麦は手慣れた操作で対局を進めていく。


(二枚落ちか……)

このくらいのハンデがちょうどいいと思ったのだろう、長麦は軽快に駒を進めていく。

この時代の携帯電話はスマートフォンと違い、キー入力が必要であるため、駒を動かすのも大変なはずだが、長麦は女子高生のように携帯電話を操っていた。

長麦は若者の文化に理解があるようで、景隆は親近感を覚え、好ましいと思った。


「む……」

このときの長麦は、景隆が仕掛けた沼に一歩踏み出したことに気づかなかった。

五分切れ負けのルールのため、盤面はどんどん進んでいくが、上手(先手)の長麦がよくなる場面は一度もなく、長麦はあっさり投了した。


「思ったより強いな……けちょんけちょんにやっつけてやるつもりだったのだが……」

長麦は驚きを隠せないようだ。


「両香落ちでどうでしょうか?」

景隆は平手でもいい勝負だと思っているが、さすがに無礼に当たると思い、無難な提案をしたつもりだった。


「いや、ちょっと待って……私も昔はブイブイ言わせてたんだよ?」

長麦のプライドを刺激してしまったのか、彼は景隆の提案を受け入れることなく角落ちで対局を始めてしまった。


引退したとはいえ、長麦は永世棋聖の称号を保持し、かつては名人位を獲ったこともある。

その彼にとって、おもちゃのようなデバイスに敗北することはあってはならないのだろう。

最初にあったファンキーな印象はどこにもなく、勝負師の顔つきに変わっていた。


「――と、まぁ、こんな感じでなかなか強いと思うんですよ」

「ぬっ……」


二局目も長麦の形勢がよくなかったが、景隆は対局の途中で割り込んだ。

長麦は景隆が取り上げた携帯電話を名残惜しそうに眺めている。

ここでは明確な決着をつけず、含みを持たせておいたほうがよいとの判断だった。


景隆と柊の真の狙いは将棋AIとトッププロとの対局であり、棋戦のスポンサーになったり、携帯電話のアプリケーションを持ち込んだのはその布石だ。

今日の目的は長麦をはじめとした将棋連盟と良好な関係を築くことにある。


「今のケータイは……こんなにすごいのか?」

長麦は今起きていることが信じられないという表情だった。


「実はすごいのは、インターネットにつながっているサーバーでして――」


景隆はなんとかバックエンドにつながっているコンピュータが最新のものだということを説明した。

長麦は概念を何となくではあるが理解してくれたようだ。


「――つまり、弊社のシステムをご利用いただくことで、プロ棋士の先生ほどではありませんが、形勢を判断したり候補手を提示したりすることができます」

景隆が提案したのは、将棋ファンに向けての棋譜配信に加えて、AIによる評価や候補手を提示する機能だ。


「ふむ、なるほど……しかし、そうなると……」

景隆は長麦の心配が手に取るようにわかった。プロ棋士の仕事がコンピュータによって奪われることを心配しているのだろう。

未来を知っている柊の事前情報があることから、長麦の反応は予想通りで、景隆は目の前の老獪な相手に先手に回ることにした。


「会長、これを将棋連盟の公式アプリとして導入しませんか?」

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