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第235話 興行的価値

「長麦だ、よろしくな」

(ファンキーなじいさんだな……)


景隆の第一印象がそれだった。

長麦はスーツを着ているが、アロハシャツを着ていても違和感がなさそうだった。


将棋会館の貸室で、景隆と柊は将棋連盟会長の長麦と対峙していた。

柊は皇の格好をしているが、理由は次の長麦の発言で判明した。


「屋神に勝ったという()()は来ていないのか?」

「それは――」


屋神は最年少でタイトルを獲得したA級の棋士だ。

A級は、名人戦の予選リーグである順位戦の最上位クラスに当たる。


皇に扮した柊は、屋神と接触する機会があり、そのときに長麦の言う『棋士』との対局が実現していた。

実際の対局相手は棋士でなく――人間ですらない、スマートフォンの将棋ソフトだった。

新田が遠隔でソフトを操作し、柊が電話で代指しした結果、屋神に勝利していた。

景隆は携帯電話で動作するソフトがトッププロに勝ってしまうことがいまだに信じられなかったが、いざ自分が対局してみたら駒落ちでもまったく歯が立たなかった。


長麦はその『棋士』に会いたかったようだが、残念ながら、それは未来永劫かなわないだろう。


***


「それで、新しい女流棋戦をやりたいと」

「はい、我々ならインターネットを存分に活用した中継ができ、若い将棋ファンにもリーチできると思います」


景隆は翔動がスポンサーとなる新しい棋戦を提案した。

女流棋士の棋戦としたのは、費用を抑えるためもあったが、既存のタイトル戦に割り込む形になると周りから反発される可能性もあったためだ。


女流棋士は棋士と比べて対局料などの収入が低く、女流棋士として経済的に自立している者は限られている。

将棋連盟にとっても新たなスポンサーは歓迎されるだろうと見込んでいた。


そして、柊によると将来、女流棋士は将棋連盟から二つの団体に分裂し、長麦との軋轢が生まれるとのことだった。

したがって、女流棋士に関連した話を長麦とするなら、今のうちにしておくべきとの判断もあった。


「女流棋士の中継を見たいという将棋ファンはそんなにいないぞ? それで君たちは儲かるのかね?」


長麦の質問は的確だ。

彼としても、一時的な収入を得たとしても、興行的な継続性が見込めないなら乗り気にはなれないだろう。


「これをご覧いただけますか?」

景隆はそう言って、携帯端末を長麦に渡し、操作方法を伝えた。


「およ……これは……愛らしい声だな」

長麦が携帯電話の操作で棋譜を一手進めるたびに、「先手、2六歩」などと女性の声が再生された。

景隆が個人的に大河原に吹き込んでもらった音声で、棋譜の再生ソフトはプロトタイプ版だ。

長麦は大河原の声が気に入ったのか、孫にお年玉をあげる祖父のような表情を浮かべていた。


「このゲージと数値に着目してください」

「なんだね? これは」

「形勢の評価値です」

「ふむ、しかし……プロの形勢判断には及ばないんじゃないか?」


景隆は内心でほくそ笑んだ。ここまでは想定どおりだった。


「会長、この端末では対局もできます。一局指してみませんか?」

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