第233話 将棋連盟の会長
「何かもうひと押しほしいんだよなぁ」
休日の白鳥ビルで、景隆は将棋学習アプリケーションのテストをしながらつぶやいた。
翔動の役員は休日関係なく仕事をしている。
「なんだ?」
柊はインフラのメンテナンス作業を行っていた。
鷺沼が参加したことで、将棋AIのインフラ基盤は磐石になりつつあった。
平日は下山や鷺沼にインフラを任せているが、休日は柊に任せている。
役員には残業や休日という概念がない。
「今度、将棋連盟に乗り込むだろ? 目玉となるものがほしいんだよ」
「別にいまのままでいいんじゃないのか?」
「あのじいさん、派手好きだろ? 何かインパクトある企画を持っていったほうがいいと思うんだ」
『じいさん』とは将棋連盟会長の長麦のことを指す。
景隆は、長麦という名前が早口言葉みたいで、うまく発音できる自信がなかったため、『じいさん』と呼んでいる。
長麦は長い間将棋連盟の会長に就いており、その影響力は絶大だ。
柊によると、将棋連盟にはコンピュータに対して否定的な考えを持つ棋士が少なからずいるようだ。
持っていく方向を間違えると、将棋AIとプロ棋士の対局はあっさり破談になってもおかしくはないようだ。
そのため、慎重に進めていく必要があるが、柊が言うには長麦さえ押さえてしまえばどうにでもなるようだ。
「そうなのかもな……長麦さん、コンピュータとの対局を全面禁止にしたことがあるんだ」
「ええええっ! 聞いてないよォ」
柊の発言は巨費を投じて進めているプロジェクトがひっくり返るほどの衝撃的な内容だった。
「とりあえず、理由を聞いておこうか」
「当時……今は、プロ棋士が勝手に対局して負けるようなことになれば、棋士の地位やブランド価値が損なわれると言われていたんだ」
「あり得ない話ではないな」
「それに、長麦さんはコンピュータとの対局には商品価値があり、ビジネスになると判断したんだ」
「つまり安売りしちゃダメってことか」
「そのとおりだ」
「マジか! 俺たちと同じ考え方なんだな」
柊の話が本当であれば、景隆はチャンスがあると考えた。
長麦が単に名誉や地位を大事にする人物なら交渉の余地はなさそうだが、ビジネス的な考え方も持っているようだ。
「しかし、将棋連盟の会長って棋士が歴任しているだろ? ビジネス的な価値観を持っているのは意外だな」
「将棋はビジネスで考えたら斜陽産業だからな……会長としては連盟に所属している棋士を食わせていかなければならない責任がある」
エンターテインメントが多様化しており、将棋界はスポンサー確保が難しくなっているようだ。
さらにメインスポンサーである新聞社の収益が年々悪化していることも背景にある。
「つまり、長麦さんは棋戦のスポンサーなどを重視しているってことでいいのか?」
「そうなるな。ただ、交渉に長けている人だからな。二手三手読んだだけじゃ、ひっくり返されるぞ」
「うわぁ……強敵だな」
長麦にはエキセントリックな逸話がいくつもあり、良くも悪くも真偽不明なさまざまな噂が絶えない人物だ。
「対策を練り直すとして……お、来たみたいだな」
翔動のオフィスに、二人の美少女がやって来た。




