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第232話 英才教育

「優勝するぞ!」

前潟に「ざぁこざぁこ」と煽られた景隆は、デルタファイブの仕事を終え、いつもどおり白鳥ビルに直行していた。


「何よ急に?」

新田はデバッグ作業をしているのか、コーヒーを片手にモニターを睨みつけている。


彼女は甘い物を一切とらない。

その傍らで田村や上田は優雅にケーキを食べていた。

残業中の息抜きと思われるが、翔動の社員は慢性的な残業に悩まされているのが現状だった。

子会社のエンプロビジョンでは積極的に人材を採用しているが、翔動では人員をかなり厳選して採用している。


「光琳製菓杯だよ!」

「お前やる気なかったじゃん」


柊はナッツ類を新田とシェアしながら食べていた。

空きっ腹にコーヒーを飲むのはよくないという判断なのだろう。


「船井さんの紹介で、前潟って子と会ってきたんだよ」

「あぁ……なるほど……」


景隆がすべてを言わなくても、柊は瞬時に理解したようだ。

おそらく、前潟が雫石を挑発したときも同じような状況だったのだろう。


***


「そんで? どうする気だ?」

会議室に移動した柊は景隆に尋ねた。


「新田が作っている将棋学習ソフトを俺も使いたい」

「そのまま使えばいいじゃん」

「そなの?」


柊は神代と雫石の棋力向上のための将棋ソフト開発を新田に依頼していた。

二人に比べれば、景隆は一応有段者だ。

初心者向けのソフトが景隆にとって役に立つとは思えなかった。


「ソフトがユーザーの棋力を判定して、適切なアドバイスができるように作られているんだよ」

「うそん……」


柊の発言はにわかには信じられなかったが、新田と柊の組み合わせなら何ができても不思議ではなかった。


「それで、神代さんと雫石はどれくらい強くなったの?」

「女流棋士相手に四枚落ちでいい勝負だな」

「うそん……」


二人は景隆が将棋を覚えた頃と比べて、何十倍も速く成長しているようだ。

才能なのか、新田が作ったソフトの影響なのか――おそらく両方であろう。


「それ、すげー売れるんじゃね?」

「裏では膨大な計算資源で動いているのよ、採算が取れないわ」

「そりゃあ贅沢な話だな……」


神代と雫石にはプロ棋士の指導のほか、柊の未来の知識と新田の技術を結集した、最先端の数十台のハイスペックマシンで動作するAIがついている。

将棋を学ぶうえで、この世にこれ以上の環境は存在しないだろう。

前潟と会ったときは絶望的な差を感じていたが、これならなんとかなるかもしれないと景隆は感じ始めた。


「ふぅ、よかったぁ。これなら船井さんとの()()もなんとかなるかもな」

「ちょっと待て!」


終始穏やかだった柊の態度が、景隆の一言で一変した。

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