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第231話 ざぁこざぁこ

「石動くん、これから昼でもどうだい?」

電話の相手は船井だった。


景隆はデルタファイブのオフィスでテンパっていた。

少しでも早く仕事を終わらせ、翔動の仕事に取り掛かりたかった。

これは会社を立ち上げてから同じルーティンで、残業をしている社員と同じ仕事をこなしていることから、上司の烏丸の景隆に対する評価はかなり高かった。


(うぅ……船井さんだと断りにくいなぁ)

船井とは交流が続いており、たまに食事に誘われたりしていた。

しかし、景隆の仕事は立て込んでおり、すぐにはいと言える状況ではなかった。


「実はね、今日は――」

「行きます!」


ランチに同行する人物の名前を聞き、景隆は即決した。

仕事は白鳥に任せることにした。

(スマン、白鳥……後で埋め合わせをするよ)


***


「前潟と言います。ぜひ知っておいてください」

前潟と名乗った少女は、その年齢に似つかわしくないほど貫禄があった。

柊に聞いた情報によると、中学二年生のはずだ。

その声色は、彼女の勝ち気な顔にぴったりなほど力強く響いていた。


船井が気を利かせてくれたのか、デルタファイブから徒歩でいける多機能施設のレストランで会食が行われた。

結婚式でも使われる施設であることから、レストランも高級感が漂っていた。

ちなみに景隆は利用したことはなかった。


「はじめまして、俺は――」

「石動さんですね。知っています!」

「えっ? そうなんですか?」

「そりゃあ……あのホワイトナイトと言えば、中学生でも知っているくらいですよ?」


景隆は自己紹介が省けたのはよかったが、何とも複雑な気分だった。


「前潟くんはエッジスフィア(うち)のメディア事業の広告塔になってくれているんだよ」

「そうだったんですね」

「彼女のブログは人気でね。うちのブログサービスの中でもトップクラスなんだ」

「それはすごいですね」


日本におけるブログサービスは霧島プロダクションが先駆けて行われた。

これには柊が関わっていて、現在この事業はサイバーフュージョンに売却されている。

つまり、メディア事業においてこの二社は競合関係にある。

動画配信事業でサイバーフュージョンと業務提携をしている翔動とも、今後は競合関係になる可能性もあるだろうと景隆は睨んでいる。


「前潟くんは将棋の腕がプロ級でね、えっと……なんて大会だったかな……」

「光琳製菓杯です!」

「あ、そうそう、ぶっちぎりの優勝候補なんだよ」


どうやら、景隆から切り出さなくとも欲しい情報が引き出せそうであった。


「もちろん、優勝するんですが、ちょっと気になることがありまして……」

「何だい?」

「私の元後輩に、雫石ひかりってのがいるんですけど」

「もちろん知っているよ」

(おぃおぃ、なんか雰囲気が怪しくなってきたぞ……)


「生意気にも、この私に立ち向かおうって態度だったんですよ」

「別に挑戦するのはいいことじゃないか」

「だって、ひかりは初心者もいいところですよ? 船井さんだって、起業したばかりの若造がエッジスフィアを超えるって言われたらムカつきません?」

(俺のことじゃねぇか……内心で思ってることだけど……)


船井は「まあまあ」と前潟をなだめていた。


「どうせ一回戦で負けるから、私たちとは当たらないんでしょうけど……もし、もしですよ? 組み合わせがよくて一回戦で当たったら、私が直接ボコボコにしてやるんです! 初心者の分際で、私に挑戦するなんて百年早いんですよ!」


「団体戦なんだろ? 雫石くんがチームを組む人間が強い可能性もあるじゃないか」

「もう一人は神代さんで、彼女も初心者だそうです。残りの二人? 雑魚に決まってるでしょう! どうせコネを使ってそれなりの人を連れてくるかもしれませんけど、私には将棋界の人脈がありますからね。負ける理由がどこにもないですよ!」

(なにおぅ!)


柊から光琳製菓杯の出場を決められた時、景隆は全然乗り気ではなかった。



――しかし、ただ今をもってその認識は覆された。

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