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第230話 将棋大会

「でかした」

柊は言葉とは裏腹に、疲れているような表情だった。


「ん? どした?」

「ちょっと生活環境が変わってな……まぁ、俺のことはいい」


白鳥ビルの会議室では、将棋AIの開発に向けた話し合いが行われていた。

パートタイムとはいえ、この場にいる全員が望んでいた鷺沼がこのプロジェクトに加わることになった。


「インフラのところはかなり頼りになるわね」

新田はSREテクノロジーズの案件で、鷺沼の実力を目の当たりにしている。


「それで、私はソフトウェアの開発に集中していいってこと?」

「あぁ、それなんだが、作ってほしいものがある」

「何よ?」

「将棋の学習ソフトだ」

「神代さんや雫石たちのか? そこまでコストをかけてすることか?」


景隆は柊にしては私情が入っているのではないかと疑問に思った。

二人が演技に並々ならぬ情熱を持っていることは知っているが、貴重な新田の工数を使ってまでやる仕事には思えなかった。

霧島プロダクションとは資本提携しているが、両社にとってかけたコスト分のリターンがあるようには見えなかった。


「光琳製菓杯という将棋大会に出ることになったんだ」

「なにそれ?」

「将棋のアマチュアの大会だ」

「それに二人が出場するってこと?」

「そうだ。そして、この大会は団体戦なんだ。チーム構成は男女二人ずつである必要がある。なので、成り行きで俺も出場することになってしまった」


景隆は何やら雲行きが怪しくなってきた気配を感じた。


「団体戦だったら、チームは奇数じゃなきゃ勝敗はつかないんじゃないの?」

新田の疑問はもっともだ。


「大将戦――五番目の対戦はペア将棋で行われるんだ」

「ペア将棋って?」

「ペアの二人が将棋を交互に指していくんだよ、男女ペアの場合は初手は女性が指すルールだ」

「へぇ、面白そうね」


「なんでそんな構成になってるんだ?」

景隆の知る限りではかなりユニークなレギュレーションだ。

新田が言ったように面白そうではある。


「女性の将棋人口を増やすための取り組みらしい。女性だけの大会だと、出場者もギャラリーも限られてくるからな」

「なるほど……ん? まさか……」

「そのまさかだ」

「ええええええっ! 俺も出るの!?」

「これにはちょっとした経緯がある」

柊は申し訳なさそうに言った。

色々言いたいことがあるが、柊が疲れた表情をしているのはそのためだろう。


「一応、聞いてやんよ」

「劇団ヒナギク――雫石が所属していた劇団の一つ上の前潟(まえがた)という子役がいるんだが、彼女も出場するんだ」

「将棋ができる子なの?」

「元奨励会員で、棋士になるか女優の道に進むかで迷って、結局後者を選んだんだ」

「そんなにか!」

「その前潟が将棋雑誌の取材の場で、雫石を挑発したんだ」

「なんか嫌な予感がしてきたぞ……」

「あぁ、雫石……と神代さんも優勝する気だ」

「正気か!?」


雫石と神代は将棋に関しては初心者だ。

話を聞く限りだと、その前潟という子には千回戦っても勝てないだろう。


雫石は将棋で新田に負けたとき、景隆がドン引きするほど悔しがっていたので、負けず嫌いな性格なのは間違いなさそうだ。

柊によると、神代も勝負事が好きなようだ。


「そこで将棋学習ソフトってこと?」

新田は特に不満はなさそうだった。

自分が出る必要がなくて、ほっとしているのかもしれない。


「あぁ、彼女らと石動も棋力を極限まで効率的に引き上げる必要がある」

「それにしたって……別に負けたっていいんじゃないか?」

「将棋雑誌の取材は将棋会館で行われて、プロ棋士にも知られることになった。この大会は間違いなく大きな注目を集める」

「そこで俺たちが無様に負けたとなると……翔動のブランド力が毀損されて、逆に金星を挙げれば……」

「そういうことだ。すまん……俺には止められなかった」

「ええええ」

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