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第227話 あの人

「えっ!? 将棋AIですか?」

よほど予想外の展開だったのか、下山は驚いていた。


景隆、新田、下山の三名が白鳥ビルの会議室に集まっていた。

柊は将棋会館に行っているため、この場にはいない。

この後、柊から景隆に強烈なお土産が渡され、景隆は仰天することになる。


景隆は、史上初の将棋AI対人間の頂上対決を世界初の大規模なインターネット中継で実現する企画を柊にぶち上げていた。

このためには、プロ棋士に対抗できる将棋AIの開発が急務だった。


これまで、将棋AIは景隆、柊、新田の三名による極秘プロジェクトとして進められていた。

極秘としていた背景には、柊が所有するスマートフォンの対局データを利用していたためだ。


新田はスマートフォンの対局データから強力な学習モデルを構築し、さらに発展させて、自社のマシンでの自己対戦による強化学習を実現していた。

柊によると、その進化は驚異的なものだったが、未来の技術を熟知していない景隆にはピンとこなかった。

開発フェーズがスマートフォンのデータに依存しなくなったことで、景隆は下山をプロジェクトに巻き込むことを決めた。


「――なるほど、インターネット中継の目玉企画ですか」

景隆の説明を聞き、下山は気分が高揚しているように見えた。


「下山さんには、このプロジェクトのリーダーをやっていただきたいんです」

「ええっ!? 僕がですか!? 将棋は小学生のときにちょっとやっただけですよ?」

「プロジェクト全体の管理ができればいいので、将棋の棋力は関係ないですよ。現に新田はルールも知らなかったほどですし」

「そうですか……」


景隆は新田が将棋でも恐ろしい才能を持っていることを言わなかった。

柊によると、将棋AIのブレイクスルーをもたらした開発者は将棋をよく知らない物理化学者だったようだ。

景隆としては、将棋を知らない人間がプロを打ち負かした方が世間に与えるインパクトは大きいと判断した。


景隆は有段者で、将棋連盟公認の免状を保有している。

したがって、景隆が前面に出てしまうと、AIの開発力よりも将棋の棋力で判断される可能性があった。


「べ、別にこれ以上目立ちたくないからじゃ……ないぞ?」

新田にジト目で見つめられ、景隆は思わず弁明してしまった。


「僕はなにをすればよいのでしょうか?」

「インフラ全般を任せたいわ。クラスタの規模がとてつもないのよ」


この時代のハードウェアの性能はディープラーニングに向いていない。

柊と新田はそれを補うべく、複数のマシンで計算を分担することで学習時間を短縮させていた。

そして、対局時にも計算時間を短縮するため、複数のマシンで分散して探索させるシステムを構築していた。


「新田は開発に専念させたいんですよ」

「たしかにこの規模になると、分担しないといけませんね」


この時代の技術でプロ棋士を打ち負かすほどのAIを実現するには、二つのクラスタ化が必要だと柊と新田は判断していた。

一つは学習モデルを作るためであり、もう一つは対局時に指し手を判断するための探索や評価だ。

これほどの作業を柊と新田の二人でやっていたことに、下山は驚愕していた。


「下山さん、必要なリソースは集めますので、何でも言ってください」

景隆はこのプロジェクトに社運を懸ける意気込みだった。

しかし、振り返ってみると、いつも社運を懸けているような気がした。


「そうですね……できれば()()()がいると心強いですね」

「あの人ね」

「あの人かぁ」


三名は同じ人物に思い至った。

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