第225話 陳謝
「「申し訳ありませんでした」」
景隆と柊は深々と頭を下げた。
「そんな……頭を上げてください」
下山は恐縮そうに言った。
景隆は下山の個人情報は放送しないよう番組のディレクターに申し入れており、その場では承諾されていたので問題はなくなったと判断していた。
しかし、実際には下山と妻の時枝への取材内容がそのまま放送されてしまっていた。
放送後、景隆は抗議したが、メトロ放送側は取り付く島もなかった。
曰く、契約の対象は翔動であり、下山個人に対しては適用されないとの主張だった。
ここに来て、景隆は口約束で済ませてしまった自分の愚かさを痛感した。
そして、そこことを謝罪するために、下山の自宅を訪れていた。
柊も責任の一端を感じていたようで、同行を申し出ていた。
(そういえば、この法務図書もばっちりテレビに映ってたなぁ……ん?)
景隆は本棚にIT関連や法律関係の書籍が並んでいるのを見て、下山の自宅が全国放送で放映されたことを思い出していた。
番組を観ていた時、メトロ放送へ訴訟を起こすことがよぎったため、法務図書のタイトルが印象に残っていたのである。
しかし、IT関連の書籍があるのは理解できたが、法律関係の書籍が下山の自宅にあることが気になった。
「私たちが承諾したことですから、お気になさらないでくださいな」
時枝は温和な表情を浮かべながら言った。
下山によるとかなり理解のある奥方と聞いていたが、実際に会ってみるとその通りの人物のようだった。
「そうです。多少、脚色はあったかもしれませんが、放送で言っている内容は僕や妻の本心ですよ」
番組では、下山が翔動という会社に対して、強く感謝していることを熱く語っていた。
そして、時枝はこれに共感しており、部屋に花が飾られていた場面では感動的な演出が施されていた。
「そう言っていただけると助かります。現在、法的手段に訴えることもできない状況でして――」
「そうでしょうね」
「へ?」
柊は二人に翔動の微妙な状況を説明しようとしていた矢先に、意外な人物から意外な反応があった。
「おそらく御社はメトロ放送と独占取材契約が交わされていると思われます」
時枝は石動の意表をつかれた反応にも意に介さずに続けた。
「今の私たちのような小さな案件で揉め事になると、そちらの契約にも影響が出てしまうのではないでしょうか」
「お、おっしゃるとおりです……」
メトロ放送との具体的な契約内容はごく限られた人物しか知らないはずだ。
時枝は状況から推察して述べていると思われるが、その精度は恐ろしく正確だった。
「そして、資本提携をしている霧島プロダクションさんへの影響も懸念されていますよね?」
「ご明察のとおりです」
これには柊も舌を巻いていた。
雫石が主演し、神代が共演するメトロ放送による新ドラマが控えており、翔動が起こした紛争が霧島プロダクションへ波及する可能性もゼロではないことを柊は懸念していた。
景隆にとっても霧島プロダクションは大切なビジネスパートナーであるため、柊と同じ考えを持っていた。
つまり、景隆と柊は経営判断で従業員のプライバシーを犠牲にしたことを謝罪しに来たのだが、これを時枝に看破されたようだ。
「僕は拾ってくれた柊さんと、活躍の場を与えてくれている石動さんに本当に感謝しているんです。我々の露出で、会社に貢献できたのであれば本望ですよ」
「そう言っていただけると助かります。それにしても、奥様の洞察力には驚きました」
「時枝で構いませんよ。ふふ、おかげさまで無事に退院できましたし、仕事に戻っても通用するかもしれませんね」
「もしかして、お仕事というのは――」
「はい、弁護士をやっています」




